決戦の地にて 魔法神の加護と本気の長谷部2
森の中を巨大な物体が歩ていた。
一見すると直方体に細長い手足が生えているようにも見えるその機械は、意外にも俊敏な動作で森を移動している。
巨大なずんぐりとした胴体に細長い手足を付けたようなその機械は『破壊者』と呼ばれる。
黄色く光る二つのカメラアイを動かし、付近を見渡している破壊者は、ついさきほどまで自らよりも大きな人型魔道兵器から逃げまわっていた。
何もかもを破壊する破壊者だが、自分が壊されるのは御免被るということなのか、破壊者は、注意深く付近を監察し、追手がいないか警戒していた。
やがてもう追ってくる様子がないことを確認すると、破壊者はその場で自身の修理を始めた。
手慣れた様子で、自身の体から取り出した工具を用い、他の機械のパーツで自身の壊れた場所を治していく。
修復は丁度朝日が登る少し前に終わっていた。
破壊者にはとある習性が3つある。
人や物を壊す
より強いものを狙う
機械はなるべく壊さないの三つだ。
二つの習性が競合した場合、後者が優先される。
破壊者は、相手がたとえドラゴンであれ、神獣や魔王であれ躊躇なく向かっていく。
自身が壊れることなどお構いなくだ。
ただしそれは機械以外相手の場合だ、人型魔道兵器は魔法技術も用いられているのだが、破壊者にとっては獲物に該当しないのか、人型魔道兵器が目の前に現れた場合、攻撃せず逃げようとするのだ。
ゆえに破壊者は、ついさきほど見つけた商隊を諦め、人型魔道兵器が逃げること選択していた。
こうやって逃げ切った今、破壊者は強者を求め再び徘徊する。
破壊者はやがてなにかを感じたのか、ふいにその場で真横を向いた。
破壊者には、
隠密性能はおせじにもたかくはないが、力を探知する力があった。
破壊者が二つのカメラアイを向けた方角は、それは長谷部とルティアが戦いを繰り広げている方向だ。
商隊を壊すこともできなかったのだし、できるなら大物を狙いたいとでもいうのか
クラッシャーは迷わずその『力』の方向へ移動を開始した。
戦いこそがその機械の存在意義であるとでもいうかのように。
ルティアサイド
(気配が二つにわかれたわね)
ヤマダから聞いた、創生魔法とやらは、疑似的な命自体を創り出す魔法なのだろう。
その新たに表れた気配は、長谷部から離れており、だいたい昨日の長谷部と同じ程度の魔力が感じられた。
確かにすごいものだ。自分自身が二つあるなど魔法でもそうできるものでもない
だが、それがどうしたというのか。
その程度で自身の障壁は傷つけることもできない。それどころか創生魔法を使用したせいで、長谷部は
その力を明らかに減らしている。
(なにを狙っているのか知らないけどね……っ!)
ルティアは気にせず、本体を狙い、攻め続ける。
光の嵐のような攻撃に長谷部は防戦一方で風魔法で致命傷だけを避けてなんとか生き残っている有様だ。
その様子にルティアは強い違和感を覚えた。
なぜまだ生きているのだろう?と
(おかしいわね、普通ならとっくに死んでいるはずなのに……)
強い違和感に頭を内心かしげていると
ルティアの目の前、前触れなく障壁の内側に複数の様々な刃物が現れていた。
さらにそれらの刃物であるナイフや剣、斧など無数の武器が踊るように動き出しはじめる。
(空間魔法!?)
空間魔法とはこの世界にある魔法の一つであり、文字どおり空間を操る力がある魔法だ。
その力により空間を超えて攻撃や防御を行えるため、この世界では、空間魔法の使い手は総じて
手ごわいとされている。
(仲間がいたのねっ!)
刃物は高速でルティアの心臓に迫る。
短い距離であり、回避も手で受け止めるのもとても間に合わない。だから
「防壁!」
ルティアは、心臓を狙い放たれたそれを新たに自らの胸部を中心に体中に障壁を纏わせるように展開することで防ごうとした
だが、
(ちっ、ちょっとかすっちゃったわね……っ!)
心臓への攻撃を失敗するのを悟った瞬間、脇腹を刃物の一つが切り裂いたのだ。
「ちょっと、ちょっと、横取りとか卑怯ですよぉ!」
「助けられたくせに文句をいうのはどうかと思うよ?」
長谷部が声を上げた方向にブレザーの学生服を着た男がいた。
男は、穏やかな声とは裏腹にわざわざ襟を立てたり、髪をリーゼントにしている一風変わった姿をしている。
(一人増えただけとはいえ、厄介ね)
ルティアは思わず歯噛みしていた。
彼女が苛立ちをあらわにする中、長谷部は男に対して助けてもらったにもかかわらず、言葉でつっかかっていた。
「道明寺さん、相変わらず趣味悪い格好ですよねっ!」
「ひどいな、これでも君が、彼女の魔法を受けるときも、僕の空間魔法で威力を半減させてあげたんだけどねぇ」
「へぇー、それはどうもありがとうございましたー(棒)」
「それまったく感謝してないよね、はぁ……ん?」
道明寺と呼ばれた男は何かを見つけたのか、真上を見上げた。
3人の目の前にずんぐりとした胴体に無骨な手足がくっついたような塊がものすごい速度で落ちてきていた。
「うわっ、なんですか、あれ……おっきいサイコロの魔物?」
間の抜けた声をあげる長谷部。
「あれは……」
遠目でもわかる巨体と姿にルティアはある機械を思い出していた。
つぎの瞬間、漆黒の直方体が、3人の目の前の地面に激突。
どしん!という重厚な音ともに地面が揺れるほどの巨大な振動音が響き渡る。
長谷部の言う通り巨大なサイコロのような図体を持つそいつは機械だというのはすぐにわかった。
特筆すべきは大きさだ。
昨日討伐した貴族殺し(マジシャンキラー)が大人の背の高さ程度なのに比べると、この機械は胴体だけでも軽く家の大きさをはるかに超えている。
きゅいー、きゅいいーーと駆動音をさせながら、
まるでサイコロが開いたかのように、胴体からいくつもの手足が伸びていき、あっという間に立ち上がってしまう。
細長い、黄色いカメラアイがついた頭部に、肩にある細長い四角く細長い棒のようなものに、右手の銃剣の形をしたライフル、左の金属盾。
まるで人の冒険者ののような武器と防具を装備したその姿は、ある種機械が人をまねたような不気味な異様さを見るものに感じさせる。
人型魔道機械ほどではないものの、その背丈の半分程度はありそうなその機体は、現れた頭部の二つの黄色いカメラアイでルティアと長谷部を静かに見下ろしていた。
ルティアはその機体に見覚えがあった。
自らの父と共に冒険者が、景色を絵にするマジックアイテムで映したとある機械の姿にそっくりだったからだ。
「破壊者……」
ルティアがそうつぶやくと、破壊者はそれに反応するようにルティアの方を向き動き出した。
破壊者は、左手の盾を振り上げていた。
巨大な巨人のような機械の振り下ろしはそれだけで威圧感がある。
もちろんそんな巨人の腕を落とされれば、破壊力はいうまでもないだろう
ルティアはその振り下ろされた盾に向けて、光の魔法を唱える。
「『アルマ』」
長谷部にも放ったあの光の魔法だ。
一瞬にして視界を覆い尽くすように現れた光の洪水。
木々が溶け、大地がさらにえぐれ、人などあとかたもない破壊の奔流。
・・・・・・
だが、クラッシャーはその光にあろうことか真っすぐとびこんできていた。
(こいつ……避ける気がないのっ!?)
光の海に自身を突っ込ませ、破壊者の体からべきべきと破砕音が響くが、木々などと違いその体は巨大で分厚く、装甲も頑丈なのか、すぐには崩壊していない。
そのまま光の中から右腕が突き出してきて、ルティアにその銃口の先を向けられていた。
(まずい、距離が近すぎて……)
銃口の先端から青白い火花とはばちばちとした音ともに、引き金が引かれる。
「っ!?『フォースシールド』」
咄嗟に常時展開している障壁だけでは不足を感じ、ルティアは自身で下級の多重防御魔法を詠唱。
そのまま一瞬にして4重の障壁がルティアと破壊者の間に現れる。
ぱしん!という空気が破裂するような音ともに同時に蒼い光線が凄まじい速度で常時展開していたルティアの一枚目の障壁を貫通していた。
念のため、展開した多重防御魔法に蒼い光線が激突し、1枚、2枚と割り、3枚目に当たると一際強く明滅した後、消滅する。
「なんてやつなの……くっ『フォースシールド』』」
戦慄と共にルティアが、見れば破壊者の左腕が溶けておち、左足もなくなっている。
にもかかわらず再度ルティアは多重防御魔法を詠唱。
その先には、ぼろぼろの体のまま破壊者の肩にあった細長く巨大な砲口が、ルティアに向けてその中身を高速で吐き出していた。
ルティアのいた場所にめがけて、放たれたのは一見して黒い鉄球のようなものだった。
それが残っていた障壁に激突し、ルティアの目の前で大きく破裂を起こす。
間近で体中を震わせるほどの爆音が響き渡り、あっという間に5枚の障壁を破壊してしまう。
(念のため、防御魔法を重ねてよかったわね、グレネード……確か破壊者のメイン武装の一つだけど、こんなに強力とはね)
「えっ……!?」
そこでルティアの視界がゆがみ、体がぐらついていた。
(どうして?攻撃は防いだのに)
ふいに顔の真横に痛みを感じ、両手をあてがう。
そこで、顔に当てた手についた赤い色とつーっと耳から垂れている血を見て、急に静かになった周囲にルティアは気づく。
(そうか、音ね)
最後の障壁で防いだものの、至近距離で響き渡る爆音のせいで鼓膜が破れ、三半規管が揺さぶられた。
そのせいで彼女の平衡感覚は崩れ、音が聞こえなくなったのだ。
肌は、傷一つついていないというのに、平衡感覚を失いそうになる中、ルティアを狙い巨大な風の刃が、飛ぶ。
「なんだか、わからないけど、ラッキーですね!」
「舐めないでッ!『アルマ』」
長谷部の繰り出した山ほどの風を光があっさり飲み込む。
(早く、体勢を立て直さないと)
続いて風の魔法でルティアは自身を加速させる。
だが、ジェット機のような音が聞こえ、次の瞬間、ルティアの腹部を巨大なハンマーに叩かれたような激痛が襲った。
(なに?こいつもしかして飛んできたの?)
(こいつこんな図体で飛べるのね!?)
馬鹿みたいにでかい図体のくせにそのブースターの出力と加速は風の移動魔法を瞬間的にしのいだのだろうか。
見れば、破壊者の胴体の背面から蒸気と炎が噴き出しているのが見えた。
ルティア自身の光が視界を包む中、ルティアは長谷部を迎撃したせいで、いつのまにかブースターを展開し、迫ってきていた破壊者の体当たり
をまともに受けてしまっていた。
「……っがはっ!?」
ぎぃぎぃと耳障りな音を立てながら、ルティアにぶつかった破壊者はサイコロのように地面を転がっていく。
二度もルティアの光をうけた破壊者の両手両足はもうない、それでも自身の
動きがやがて止まると肩にあるグレネートキャノンをルティアに向けていた。
対して地面に叩きつけられる寸前で風魔法で激突だけはさけたものの、ルティアの腕や手足のいたるところから出血していた。
「……はぁはぁ」
さらに長引く攻防のせいでルティアは、隠していた疲労困憊が隠せなくなってきていた。
「あれあれもしかしてスタミナ切れってやつですかぁ?」
「返り討ちになって、機械に助けられたくせに君はなんでそう強気になれるのかねぇ?」
「うるさいですね、勝ては官軍なんですよ、過程がいくらひどくでも勝てば全部許されるんですぅ!」
これみよがしに馬鹿な会話を行い、馬鹿にしているとしか思えない2人を前にしてルティアの戦意はまだ衰えてはない。
(もう勝ったつもり?ふざけないでよっ!)
(まだよ、目はかすむし、なんだかふらふらするけど、まだ十分魔力はある)
内心の強がりとは裏腹にルティアの体は誰が見てもぼろぼろだった。
ローブはいたるところが破れ、出血のせいで杖も体も血まみれになっており、膝はがくがくと小鹿のように震え、いまに崩れ落ちてもおかしくないのだから。
(あれだけアイツに任せなさいって言って無様に負けられるもんですかっ!)
(負けて……たまるかぁっ!!)
それでもそんな状況になってもなお、彼女は気力だけで立っていた。




