7章:答合
「次はあなたの番ですよ、ミユキさん。」
真剣な表情で少し責めるように言った。
彼は体重をシーソーに掛けていたので、彼女は宙ぶらりんになっていた。
文字通り、吊るし上げられていた。
「次は私の番ですね、奏くん。」
彼女は嬉しそうな表情をした。
まるで子犬が喜びで尻尾を振るように、上空で足をぶらぶらしている。
「まず私はあなたに謝らなくてはならない。私は本当は世界の在り方を初めから知っている。だって、その歯車として私は生み出されたのだから。」
彼はそっと腰を浮かせた。
彼女はすっと地上に降り立った。
並外れた低体温の由来について聞きたかったが、どうやら話は想像よりも簡単なものではないことがわかった。
そして彼女の奇怪な話に付き合う必要があるようだ。
仮に虚構で偽物語だとしても面白そうだった。
「一体どういうことなんでしょうか。今までの議論の結論をあなたは知った上で、茶番を演じていたのですか?」
「茶番だなんて言わないで。私はあなたの考えを素直に聞きたかったの。」
風が吹いて彼女の髪が靡く。
おでこが露わになったが、見かけに反してこじんまりとしていた。
「世界はさっき言った通りに、円形で非効率を無性に嫌う。人間が効率主義に次第に転じてきたのも、本能的にその方向性を理解していたからかもしれないわね。しかし、駒を毎回新規導入していてはエネルギーが勿体無い。そこで、世界は重要な転機のトリガーをリサイクルすることを思い付いた。」
まともな人間ではない。
気が狂った人間と取らえられても文句は言えないだろう発言だ。
「そして私は季節のトリガーを担っている。冬が本格化すれば消えてしまう。プログラミングされた私自身のアポトーシス。」
彼女は彼に抱きついた。
僕は驚きのあまり言葉を失っていた。
先程とは異なり、体温は調和しながら混じり合う。
「あなたと一緒で死ぬまでの猶予が与えられてる。自分ではどうしようもない力に捩じ伏せられる。」
気付くと、彼女の目には涙が溢れていた。
堰き止められてたダムの貯水は重力に従って流れ落ちる。
「そして、私ね、何度も何度も死んでる。生まれて来てはまた死ぬの。笑えるでしょう。蝉でももっとマシな生き方をしているのじゃないかしら。そうしたら、あなたを見つけた。死を見つめている人。自分の運命を知る人。私はこの呪縛から解放されたい。」
しばらく彼女は彼のセーターに顔を埋めていた。
彼の高熱は彼女の体温に変換され、苦しさが緩和されたように感じた。
「やはり信じ難い話です。しかし、あなたの涙は氷柱のようで、体は雪の結晶のように冷え切っている。死んだ筈の感覚が確かにあなたの存在を感じている。僕は確かに生きていて、あなたも同様に生きている。」
彼女の小さな顔を覗き込んだ。
この話は嘘でも本当でも問題はない。
僕は彼女と一緒にいたいと思う。
「あなたの話が本当なら僕も一緒に循環しましょう。二人なら怖くないでしょう。」
彼女は顔を上げ、目を輝かせた。
解決策は必ずしも存在しない。
答えのない問いもある。
もしも妥協点に辿り着けたならば、それは僥倖以外の何物でもない。