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「決め手は、かけうどん」

まえがき


はじめまして。


この作品を見つけてくださって、ありがとうございます。


この物語は――


全員、いたって真面目です。


ただし、


やっていることは、だいたい茶番です。


……たぶん。


主人公は、犯罪心理学者・神崎零。


アメリカで学び、FBIでの経験を持ち、現在は大学で教鞭を執る、いたって優秀な人物です。


そんな彼には、ひとつだけ、妙なこだわりがあります。


食べること。


特に、おいしいものには目がありません。


そして、そんな神崎のもとで起こる、


「予約していた店が突然休業する」


「楽しみにしていた料理が食べられない」


「なぜか行く先々で食事がうまくいかない」


という、どう考えても事件としては小さすぎる出来事。


ところが、それが北海道を舞台に、少しずつ、とんでもない事件へとつながっていきます。


果たして「食べ物の恨み」は、本当に怖いのか。


そして神崎零は、無事においしいものを食べることができるのか。


……たぶん後者の方が、本人にとっては重要です。


本作は、ミステリーのような、サスペンスのような、ロードムービーのような、それでいてどこか壮大な茶番劇です。


登場人物たちはいたって真剣です。


作者もいたって真剣に書いています。


ですので、どうか真剣に笑っていただければ幸いです。


それでは――


神崎零の「食べ物の恨み」を、どうぞお楽しみください。

※本作品は「カクヨム」でも掲載しています。

「先生、どうして永青大学を選んだんですか?」


 大学の研究室。


 アメリカ帰りの犯罪心理学者、神崎零は学生の質問に顔を上げた。


 永青大学心理学部准教授。


 若干三十八歳にして、都内でも名門として知られる永青大学心理学部の准教授。


 犯罪者の心理分析、とりわけ尋問技法とプロファイリングを専門とする。


 アメリカの大学・大学院で犯罪心理学を学び、卒業後はFBIに所属。 数々の難事件において、容疑者のわずかな心理的な綻びを見抜き、供述を引き出してきた。


 日本に帰国してからも、その能力を買われ、日本警察からたびたび助言を求められている。


 複数の大学から熱烈な招聘を受けた。


「今すぐにでも学部長に」


 そう推す声も少なくない。 しかし本人は、今のところ、その気はない。 もう少し、この立場で自由を謳歌していたいと思っている。


 そんな神崎に、学生が尋ねた。


「やっぱり、研究環境ですか?」


「違う」


 即答だった。


「では、教授陣?」


「違う」


「給与?」


「論外だ」


 また即答。


「わたしは投資でそれなりの利益を得ている。金銭には、そこまで執着していない」


「では、一体何なんです?」


 学生は半ば諦めながら尋ねた。神崎は少しも冗談めかすことなく、極めて真剣な顔で答えた。


「学食のかけうどんだ」


 一瞬、その場の空気が凍った。


 学生たちの顔に、あからさまに、


「この人、何言ってんの?」と書いてある。


「……はい?」


「出汁が一番うまかったんだ」


 沈黙。学生たちは互いの顔を見合わせた。理解ができない。 神崎の思考回路が、まるで分からない。


 しかし、当の本人はいたって真面目だった。


「明和大学、経世大学、多瀬田大学、帝国技術大学。その他にも招聘があったいくつかの大学を見て回った…」 神崎は淡々と続ける。


「どの大学も設備は申し分なかった。研究環境も素晴らしい。教授陣も優秀だ」


「……」


「しかし、この大学の学食のうどんの出汁は、昆布と鰹節の配合比率が極めていい」


 学生たちが黙って聞いている。


「関東風ほど醤油が強くなく、関西風ほど淡くない。塩味、旨味、香りのバランスもいい。あれは完成度が高い」


「……」


「君は食べたことがないのか?」


「ありますけど……」


「なら、なぜ研究環境だと思ったんだ?」


「え?」


「わたしは、その思考に至った経路に興味がある」


「いや、先生。普通はそっちを重視するもんですよ!」


 神崎は、本気で不思議そうな顔をした。


「研究はどこでもできるだろう」


「はい……」


「だが、うまい出汁はどこにでもあるわけではない」


 神崎はそこで一度言葉を切った。


「もちろん、インスタントや冷凍食品の製造技術が発達していることは言うまでもない。しかし――」 神崎は少し遠くを見るような目になる。


「ここの学食の調理員は、料理に対するきめ細かな配慮が行き届いている。出汁だけではない。麺の茹で加減、湯切り、盛り付けの温度管理。うどんに限らず一つ一つのメニューに、毎日食べる学生のことを考えて作られている丁寧さが分かる」


 そして、満足そうに頷いた。


「わたしは、あの仕事に感服しているよ」


「……」


「……」


 学生たちは黙り込んだ。 誰も何も言わない。


 やがて、一人の学生が、隣の学生に聞こえないよう小さく呟いた。


「……マジか、この人」


 神崎は聞こえていない。 いや、聞こえているのかもしれない。


 だが、特に気にしていない。 彼にとっては、いたって合理的な判断だった。


 研究は、どこでもできる。 しかし、うまい料理はどこにでもあるわけではない。


 うまい料理がある場所があれば、そこにいくのが当然。


 それが―― 神崎零という男だった。

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