78 出口
「お姉ちゃん、私から離れて!」
女の子の手から火が噴き出し、子どもたちは「火だ!みんな焼け死ぬ!」とパニックになる。火を出している張本人もパニックだ。
「どうしよう…消せないの、どうしよう…」
でもここはサティにお任せ。なんと言ってもチートだからね。こういうときしか使えないけどさ。
「大丈夫だよ」
私はにっこり笑って、彼女の熱い手をチートを込めて包み込む。あっさりと火は消えた。テオくんの火よりもかなり弱い。触れただけでそうわかるくらいには、私も魔法に慣れてきたらしい。
「消えた?」
「うん、消えたね。私には魔法の火を消せる力があるの。だから怖がらなくて大丈夫だよ」
女の子は「本当に消えた…」と、今の今まで火を吹いていた自分の手をくるくるひっくり返して不思議そうに見つめる。
あとでネックレスにえいやしてプレゼントするつもりだけど、それよりも今は。
「私はサティ。お名前、教えてくれる?」
「エルマ」
「可愛い名前だね。エルマちゃん、ね、もう一回火を出してみてほしいの」
「え、なんで…?」
彼女の火でバーナーみたいにドアのかんぬきの部分を焼き切れば、ドアを開けて外に出られるからだ。
「火を人差し指だけに集中させることはできそう?」
「…わ、わかんない。そんなのやったことない」
「そうだよね」
きっとこの子は、今までずっと「魔力があることは悪いことであって、隠さないといけないし、使うなんてもってのほか」と思い込まされてきたはず。
「だけど魔法は悪いものじゃない。いいことにもたくさん使えるんだよ。今はエルマちゃんの力で、みんなを助けられるかもしれないの」
こんな小さな子にみんなを救うミッションを与えていることが、相当大人げないという自覚はある。だけど道に落としたドレスの切れ端だけじゃ正直心もとない。
「失敗しても私が消火するから危なくないし、できなくてもいいからやってみてほしいの。一緒に」
「一緒に?」
「そう、一緒に」
エルマちゃんはぎゅっと人差し指を握りしめて、こくっと頷いてくれた。
「お姉ちゃんと一緒なら、やってみる」
「ありがとう」
私はエルマちゃんの後ろに立ち、彼女がかんぬきに向かって差し出した人差し指の周りを両手でガードする。
「お姉ちゃん、行くよ」
「うん」
人差し指から四方八方に火が飛び出し、私の手にあたって消えていく。
「お姉ちゃん、熱くない!?」
私を気遣ってくれる、優しい子。
「大丈夫。火を前に真っすぐ伸ばすイメージを持ってみて。指先から火が出て、伸びていく感じ」
魔法師団の訓練を見学したとき、テオくんは「魔法を正確に使うときには、イメージが何より大事だ」と新人さんたちに教えていた。確かに私も、「物に力を込めて、何となく丸めて留める」というイメージだけでえいやを乗り切っている。
「あ…!」
エルマちゃんの指からまっすぐに火が伸びた。
「わお、いい感じ!上手!」
他の子どもたちが「すげぇ」「もうちょっともうちょっと」と見守る中で、エルマちゃんの指が、厚い木の板に焦臭い茶色の切れ目を入れていく。
「できた!」
横長の長方形に切り抜かれたかんぬきの部分を押して外したら、ドアがぷらんと外側に開く。外は右側に畑、左側に森の田舎道といった風情だ。きっと山ルートなんだろう。エルマちゃんがふらっと私のほうに倒れてきた。
「疲れた…」
そうだよね。無理させてごめん。頑張ってくれてありがとう。私は目を閉じた彼女を抱き上げた。
「さて、ここから飛び降りるわけですが…」と地面を見る。馬車の床板から地面って、けっこう遠い。
「ことこと程度の速度とはいえ、走っている馬車から飛び降りるだなんて恐怖では?」と思う暇もなく、子どもたちは「イエーイ!」「ひゃほー!」と軽々道へ飛び降りていく。
「待って待って!勝手に出ないで!ちょ…気をつけて、ケガするよ!」
誰か私に統率力を与えてくれ。あっという間に馬車に私と私に抱っこされたエルマちゃんだけが取り残されて、道に降り立った子どもたちと離れていく。
「お姉ちゃんも早く早くー!」
「わかってるけど抱っこしながらジャンプするなんて、怖いんだって!私は君たちみたいに身軽じゃないの!」
ようやく決心して飛び降りようとした瞬間に、馬車が止まった。慣性の法則で、あやうく前にこけそうになるのを堪える。
「おい!何してる!」
やばい。人攫いたちにバレた。そりゃ「イエーイ」とかって騒いでたら、どんな人でも気づくわ。
「みんな、森に隠れて!」
子どもたちはぱっと森に姿を隠した。さすがというかなんというか、路地に暮らし盗みで生きている子たちは、逃げると決めたら早い。
「くそ、お前は逃げたガキを追え!」
二人組の片割れが仲間に指示をして、壊れたドアから荷台に入ってくる。この男は多分普通の人間だから、私のチートは何の役にも立たない。武器は何もない。
だとしたら肉弾戦しかない。
「ちょっとだけ待ってて。絶対に連れて帰るからね」
「お姉ちゃん…」
私はエルマちゃんをそっと床に寝かせた。
「はっ…そんな細っこい身体のお嬢さんが、俺に勝てるとでも思ってるのか」
「勝てなくてもやるの!」
せいぜい油断しててくださいな。
先手必勝。私は男に向かって足を蹴り上げた。




