73 男の約束
王城の中庭。
レオくんが木製の剣を手にわくわくしている。七歳になったので、今日から剣術の稽古が始まるのだ。レオくんから「見に来てくれる?」と可愛く聞かれたので、もちろん見学に来た。
講師はアロイスさんにも剣術を教えたというベルント伯爵。御年七十歳だが、こと剣術指導に関しては右に出るものがいないらしい。
レオくんの希望で、稽古にはアドリアンくん、ユリウスくん、ルカスくんも参加。子どもたちが一列に並んで、ベルント伯爵に礼をする。
「師匠、よろしくお願いしますっ」
おお、なんか武道っぽいな。
と、ベルント伯爵の目が、ユリウスくんに止まった。
「リヒターフェルトの次男だな」
「はいっ!ユリウス・ミュリエル・フォン・リヒターフェルトです!」
いつも通り元気に答えたユリウスくんに、ベルント伯爵はぬうっと顔を近づける。ゼロ距離。
「クリスタの周りをちょろちょろしおってからに…」
「だって、クリスタのことが大好きなんです!」
「ぬかせ…っ!わしは認めん!クリスタに近づきたくば、わしの屍を超えていけ!」
あああ、娘に好きな男の子ができるのを認められないお父さんムーブ。それを歴戦の勇将であるベルント伯爵がやっちゃうと、説得力と威圧感がすごいのよ。
でもそこはさすがユリウスくん。
「わかりました。クリスタのためにベルント伯爵を倒します!」
「言ったな…覚悟しろよ。特別厳しく鍛えてやるからな」
アドリアンくんが「伯爵が特別心を配るべきは王太子殿下では?」と的確につっこむけど、ベルント伯爵はアドリアンくんを睨みつける。
「師匠はわしだ。稽古の方針はわしが決める」
「…わ、わかりました」
ええんか、それで。
「まず基本の形を覚えるぞ」
「はいっ」
日に日に稽古は進み、子どもたちはベルント伯爵や騎士さんたちと、剣を交えるくらいになった。
「右、左、右、左…そうだ。相手がどこを狙っているのか、身体や目の動きからわかるようになってくる」
「はいっ」
とはいえ子ども対大人だからゆっくりゆっくり。女子ズやお母様方が見学に来たら目に見えて張り切り出す男子ズが可愛かったりもする、いたって平和な空間だ。
そんなある日の休憩中、ユリウスくんが木刀を手にベルント伯爵の前に立った。
「師匠、俺、強くなったと思います!手合わせをお願いします!」
「ほう…」
「僕が勝ったら、クリスタを僕にください!」
なんだなんだこれは。「娘さんを僕にください」的な。女性はものじゃないとか、クリスタちゃんがいないところで決めるなとか、つっこみはいろいろあるけど、相当ときめく。
ルカスくんが「わざわざ勝負しなくても、僕たちが大人になるころには伯爵はこの世にいません」とのたまい、レオくんとアドリアンくんに口を塞がれる。
伯爵はぬうっと立ち上がった。
「いいだろう」
ひゅるっと風が中庭を通り抜け、二人が剣を構える。伯爵の低い構えからは、ずずず…とオーラが漏れ出している。まさか本気…?
「やああああああ!」
ユリウスくんの雄たけびのあとに「パアン」と剣と剣が当たる音がしたと思ったら、ユリウスくんの剣は弾き飛ばされていた。
「馬鹿正直に正面から来ても、勝てるわけがなかろう」
それはそう。でも大人として、ちょっとくらい付き合ってあげてもいいんじゃないの?お相撲さんがちびっこ相撲でわざと押し出されるみたいにさ。
ユリウスくんは、じんじんする指と転がった剣を交互に見る。思わず「お父様、さすがに大人げないですって」と声をかけたけど、ベルント伯爵は首を振った。
「家では騎士たちがわざと負けてやっていたのだろう。しかしわしはそうはいかんぞ。弱き者にクリスタはやれんからな」
ユリウスくんはきっと唇を引き結んで、飛ばされた剣をとりに走り、また構えた。
「もう一回、お願いします!」
「おお、いい顔をする」
ユリウスくんは何度も剣を弾き飛ばされながら、「もう一回」と伯爵に挑む。最後の一回、伯爵の剣が当たっても剣が手から離れなかったとき、ユリウスくんは転がりながらも「勝った!」と大声をあげた。
「それはルールが違うだろう」
「でも剣を守れました!諦めませんでした!」
伯爵はふっと息を吐いた。
「甘い。剣を弾き飛ばされたり、今のように大きく体勢を崩されたりしたら、諦めようが諦めまいがその時点で命は尽きる。お前はリヒターフェルトの男として、そういう場所で生きていくのだ」
武勇の誉れ高いリヒターフェルト侯爵家。想像なんてしたくないけど、ユリウスくんもいつかは戦場に出る。
「じゃあ、鍛えて誰よりも強くなります!」
「それも甘い。どれだけ強くなっても、力だけでは敵わぬ相手は必ずいる。自分よりも強い相手にどうやったら勝てるのか、考えることが大切だ」
「考える…?」
ルカスくんが「目を砂で潰したり、剣に毒を塗ってかすっただけでも殺せるようにしたり…」と呟き、レオくんとアドリアンくんにまた「ユリウスが自分で考えなきゃ」と口を塞がれる。
「お前には考える訓練が必要だ。力任せ一辺倒では、いつかクリスタのところに帰ってこられなくなる。そんな男にクリスタはやれん。可愛い娘を悲しませたくないからな」
ベルント伯爵はユリウスくんの頭に、ぽんと手を置いた。
「クリスタを泣かせない男になれば、認めてやろう」
「…頑張りますっ!」
クリスタちゃんのあずかり知らぬところで男同士の約束が爆誕してしまい、私は手のひらを空に向けたのだった。




