41 待たないでください
王城に来て一カ月あまり、生活のリズムも安定してきた。
私は子どもたちの授業を覗きにいったり、ブルーノ先生の授業を受けたり、マグダレーナ先生に叱られながらマナーレッスンを受けたり、アロイスさんにつくってもらった遊び場で子どもたちと遊んだりしながら過ごしている。
そして子どもたちの養育のほかに、私には大切な仕事がもうひとつ。
それは「えいや」である。週に二回ほど、魔力暴走に悩む魔力持ちの皆さんを対象に、王城で「えいや」をしているのだ。来てくれるのは、魔力を自分でコントロールできないお子さんが多い。
「えいや付与済みのアクセサリーをつけたら、本当に魔力が出なくなる」とわかると、魔力持ちのお子さんをもつお父さんお母さんは涙を流して喜んで、感謝してくれる。テオくんのように「もう人を傷つけなくて済む」と泣く子もいる。
感謝してもらえるのはありがたいし、役に立てるのも嬉しい。だけど「魔力は封じ込めなきゃいけないものなんだろうか」っていう疑問もある。
「でも今はお腹が空きすぎて何も考えられない…」
随分前に、「えいや」のあとはお腹が空くことに気付いた。とくに今日は希望者の人数が多かったから、もうお腹がぺこぺこ。
メイドのイヴォンさんが「お待たせいたしました」とおやつを運んできてくれる。王城パティシエのパウロスさんに「こういうの作れます?」ってお願いしたハイカロリーなドーナツが山盛り。
「美味しそう!いただきま…あ」
そうだった。「いっぱい食べる自分が好き」の気持ちで、手で持って口回りが汚れるのも構わずにかぶりつきたいけど、この時間もマナーのレッスンを兼ねている。だから私はドーナツをお皿に乗せて、ナイフとフォークでドーナツを一口大に切って食べる。肩が凝るったらない。
「うーん、食べ方はあれだけど美味しい…さすが王城パティシエ…」
ドーナツと一緒に、前世だったらデパートで個包装されて売られてるような、大きくて真っ赤ないちごが目に入る。「クリスタちゃんの誕生日に、マリウスさんがいちごを用意してくれたな」と思い出す。
マリウスさんが用意してくれたいちごは、こんなに赤くも大きくもなかった。
だけど苦労して手に入れてくれた、季節外れの貴重ないちご。
泣きそうになる。だから思い出さないようにしてたのに。
マリウスさんは今日も果物屋さんの店頭に立って、カウベルフェルトのみんなと朗らかに会話を交わしているのだろうか。
彼の隣には、誰か、いるのだろうか。
きれいで、気立てのいい、マリウスさんにお似合いの誰かが。
《いつかここに帰ってきますか》
カウベルフェルトを離れるとき、マリウスさんはそう聞いてくれた。
《帰ってきたいとは思っていますけど、いつになるかはわかりません。レオくんが私を必要としなくなるまでは、王都にいるつもりです》
《サティさんが帰って来るなら、いつまでもここで待っています。帰ってきたら、俺と一緒に生きてくれませんか》
嬉しかった。
でもいつ帰れるかもわからないのに、「待っててほしい」なんて言えなかった。
だってそうじゃない?日常生活でだって、「何時に帰るかわかんないけど、起きて待ってて」とか言わないでしょ。
それにマリウスさんだって、前世の彼と同じように、子どもがほしいかもしれない。いつ帰ってくるかわからない私を待ってたら、その願いは一生叶わないかも。
《貴重な人生を、私なんかのために無駄にしないでください》
それがマリウスさんとの最後の会話だった。
ここに来たことを、後悔はしてない。もし時間が巻き戻ったとしても、私は同じ決断をする。
だけど「もう旦那様候補じゃなくなっちゃったな」って口に出したら、胸がズキッと痛んだ。
「自分で選んで自分で断ったくせに、未練がましすぎるって」
ふるっと頭を振ってマリウスさんの映像を消したとき、アロイスさんがやって来た。
キャラじゃないけど、立ち上がって「国王陛下」と頭を下げる。だってそうしないとマクダレーナ先生に怒られるし。
アロイスさんは嫌な顔をして、さっと手を振った。マクダレーナ先生とメイドさんは音もなく部屋を出て行く。
「二人きりだから、いつものサティ殿でいてくれ」
私はアロイスさんしかいない部屋の空気を思い切り吸い込んで、深呼吸した。
「窮屈な思いをさせてすまない」
「場所が場所ですから」
マグダレーナ先生が教えてくれる貴族のマナーは、正直面倒でしかない。アロイスさんを「国王陛下」、レオくんを「王太子殿下」って呼ぶのも違和感がある。だけどレオくんのそばにいるために必要だというのなら、やらないと。
それに「国王がいきなり王城に連れてきた、マナーのなってない平民女」なんて、異世界じゃ破滅フラグしか立たないじゃん。ベルント伯爵の養女になっても素性の怪しさはどうにもできないけど、マナーや常識はどうにかなる。つまり何とかレディらしく振る舞うのは、生存戦略。
アロイスさんはテーブルに乗せられたカップの中を覗いた。中身はイヴォンさんおすすめのローズヒップティー。色は可愛いし美容にはいいらしいけど、正直好みじゃない。女性が全員ハーブティー好きだなんて、偏見だからね。
「コーヒーは?」
「粉はありますけど、お湯がなくて」
「用意させればいい。何も遠慮する必要はない」
アロイスさんが合図すると、イヴォンさんが牛丼屋並みの提供スピードでお湯を持ってきてくれる。無限生成のインスタントコーヒーにお湯を注ぎ、二人でほうっと息をつく。脳がカフェインを歓喜で迎える。
「はああ…沁みる…」
「ああ、やはりこれだな」
アロイスさんと視線が交わって、お互いの満ち足りた表情に思わず笑い合ってしまう。
「ところでアロイスさん、どんな御用で?」
「コーヒーが飲みたかっただけだ」
「ならわざわざここまで来なくていいように、粉をわけましょうか?忙しいんでしょ?」
「いや、そういうわけではなくてだな…」
アロイスさんはちょっと口ごもってから、こう続けた。
「コーヒーはサティ殿と飲むのがいいんだ」




