4 魔力持ちの男の子
私にぶつかって尻もちをついた男の子は、「ババア!邪魔すんな、どけよ!!」と暴言を吐く。
「ババア…だと…?」
この世界の独身二十四歳は行き遅れなのかもしれないけど、元の世界ではまだ大卒二年目の若手保育士だったんですけど!ババアはいくら何でもひどくない?子どもでも言っていいことと悪いことがあるし、もう小学校中学年なら善悪の判断もはっきりしてきていいころだよね?
薄汚れた顔をよく見たら黒髪にルビーみたいな赤い目がきれいでなかなかのハンサムくんだけど、それでほだされる私じゃない。「あなたね、二十四歳は…」と説教しかけたところへ、叫びながら走ってきたおじさんが、息も絶え絶えにようやく追いついた。
「…こいつ…が!パンを…!盗んだパンを返せ!!」
おじさんが男の子の身体を激しく揺さぶって、「ちょっとちょっと」と赤ちゃんではないとは言え揺さぶられっこ症候群が心配になる。ぽろぽろっと彼の半袖シャツの中に隠されていたパンが落ちた。ふたつ。
「お前、何回目だ!」
「うっせえ!知るかよ!」
「今後こそ衛兵につきだしてやるからな!この薄汚い…」
男の子はおじさんをひっかいた。おお、なんとも反抗的な常習犯。でもこの年齢で常習犯ということは、おそらく親がいないか放置されてて、万引きしないと生きていけない環境にいるということでもある。私はすっとおじさんと赤い目の男の子の間に入った。
「この子が盗んだパンのお金は、私が払います。いくらですか?」
マリウスさんにもらった袋からコインを出して、おじさんに差し出す。おじさんは受け取ろうとしない。
「あんたが払うことないよ。こいつにはガツンと痛い目みせなきゃわからないんだ」
「痛い目見せても、お腹が空いたら、背に腹は代えられずまだ万引きするんじゃないですか?そうしないと彼は生きていけないんじゃないんですか?叱るだけじゃお腹は満たされません。盗まないと生きていけないような子どもは、大人が守ってあげないと」
おじさんは渋い顔をしながらも、「まったく甘いな。だが気をつけな、この手のガキは一度助けると離れねぇぞ」とお金を受け取ってくれた。おじさんの言葉に「確かにそうかもしれないけど」と思いながら振り返ったら、もうあの男の子はいなかった。落ちていたパンもきれいさっぱり消えている。離れないどころか、お礼もババア呼ばわりの謝罪も言わずに消えやがった。
「お、おじいちゃん、あの子は?」
「サティとパン屋の親父が話してる間に、走って逃げちまったよ」
「おじいちゃん、私ちょっと…あの子を探したい」
「二十四歳はまだババアではないし、本当にババアの年齢でも女性に対してそんな口をきくものではない」と伝えなくては、気が済まない。あの子がこれから大人になるうえで重要なことだ。それにこのままだとまたあの子は万引きする。あのおじさんより怖い人に捕まったら、ひどい目にあうかもしれない。
私はおじいちゃんの体力を考慮して門のところで待っていてもらい、おじいちゃんが見たという、あの子が逃げた方向に向かって、きょろきょろしながら引き返す。そこへ「サティさん」と耳馴染みのいい声がした。
「あ…マリウスさん、先ほどはどうもありがとうございました」
「配達の帰りなんです。サティさんはお買い物?」
「いえ、実は黒髪に赤い目の男の子を探していて…」
「万引きの子ですか?」
「知ってるんですか?」
「この街では有名ですから」
あの子はある日突然この街にやってきて、万引きを繰り返しているらしい。盗むのは高価なものではなく、主にパンなどの食べ物。それが彼の困窮を意味していることはわかるので、大目に見てきた商店主も多いという。ハム屋の主人は彼のために切れ端をまとめておき、マリウスさんの店でも傷物やおつとめ品の果物などをカゴにいれて置いているのだそう。
「この街の人は優しいんですね」
「優しさと言うよりも、怖がっていると言ったほうがいいかもしれません。あの子を怒らせるとよくないことが起きるんじゃないかと…」
「あの子を怒らせるとよくないことが起きる」という因果関係がよくわからなくてキョトンとしていると、マリウスさんが説明を続けてくれる。あの子は「魔力持ち」なのだと。
この世界では、魔力は厄災をもたらす忌むべきものという考えが根強い。だから魔力をもって生まれた人は魔力封じの入れ墨をされる。それで封じ込められればいいのだけれど、魔力が強いと入れ墨では封じきれずに、強い怒りや悲しみや動揺を感じたときに魔力が暴走し、周りの人を傷つけることがある、と。
ちなみに傷や病気を癒す「聖力」と呼ばれる力をもつ人も少数いて、こちらは聖人や聖女として崇め奉られている。異世界から来た私には魔力も聖力も不思議で便利な力に思えるから、区別する理由がわからないけれど。
とにかく街の人たちは、魔力持ちであるあの子をうとみながらも、彼の機嫌を取らなくてはいけない。危ういバランスで何とかつないでいるのが現状のようだ。だからあの子は、よくないことをしていて嫌われているとわかりながらも、ここで生きているのかもしれない。
しかし最近は盗む量や頻度が増え、さっきのパン屋のおじさんのように、何度も被害にあっている店はストレスが溜まっているのだそうだ。それでパン屋のおじさんも堪忍袋の緒が切れて追いかけてしまったのかもしれない、マリウスさんは教えてくれた。と、そのとき…
「あ、いた」




