34 レオくんとのお別れ
「一緒に来てくれないか。私とレオの家へ」
ええと、それは「安全になった家にご招待」という軽い感じではないよね?こんな密着して肩に顎を乗せながら言うんだから、「一緒に暮らそう」レベルのお誘いだと思って差し支えない感じだよね?そう考えたら、さっきからドキドキしていた心臓が、また一段階張り切ってバクバクし始めた。
「念のため確認ですが、アロイスさん。それって…その、ええと、一緒に暮らそうということですか?」
「そうだ。レオにも私にも、あなたが必要だから」
私はちょっと肩透かしをくらったような気持ちになって、次に逃げ場を見つけたような気持ちになって、ほっとした。私は彼にとって、保育士や相談相手として大切なんだとわかったから。まかり間違って「好きだから」とか言われたら、どうやって断ろうか困っていたところだ。
保育士なら、変わりはいくらでもいる。
「ごめんなさい、アロイスさん」
「永遠に小屋を離れないといけない」と思っておじいちゃんに背を向けたときの気持ちを、大事にしたいから。私はここが好き。ここで子どもたちを育てたい。だから、行けないの。
私はアロイスさんの唇にうっかり触れてしまわないように、慎重に顔を横に向けて、アロイスさんの目を見る。
「私はここに残ります。小屋を建て直すか、空き家に移るかしてでも…あの村もりんご園も好きなんです」
アロイスさんは一瞬止まってから、「わかった」と寂しそうに笑った。
「でもでも!いつかレオくんに会いたくなって、お家にお邪魔することがあるかもしれません」
「そうなったら、いつでも来てくれ」
「アロイスさんとレオくんも…またここに来られることがあったら、ぜひ寄ってくださいね」
「そうさせてもらうよ」
「会おう会おう詐欺みたいな、社交儀礼じゃないですからね!」
「…ああ」
アロイスさんはカウベルフェルトの門の前で馬を下り、私を馬から下ろしてくれる。門にはなぜかマリウスさんが待っていてくれた。
「忘れないでくださいね。アロイスさんは立派な叔父さんであり、お父さんですよ」
「ああ」
「あと、絵の先生みたいにならないように、レオくんのそばに置く人の人選はしっかりしてくださいね」
「わかっている」
私はクリスタちゃんとテオくんに「レオくんはアロイスさんと一緒にお家に帰る。だからここでお別れだ」と説明して、レオくんに向き直る。レオくんは大きな不思議な色の目をしっかり開けて、私たちを見ている。まるで私たちの姿を目に焼き付けようとしてるかのように。
私が腕を広げると、レオくんは私に飛びついた。私はぎゅうっと彼を抱きしめる。濃くて柔らかい金髪が、頬に触れる。優しくて繊細で愛に溢れたレオくん。
寂しい。
「大好きだよ。叔父さんと一緒に、元気で暮らしてね」
「…うん」
「会いに行くからね」
「…うん」
私たちはアロイスさんとレオくんが見えなくなるまでカウベルフェルトの門で見送った。ほんの少しだけ、風に春の香りが混じっている日だった。
ーーー
私たちは、小屋を建て直すまでマリウスさんのお家に延泊させてもらうことになった。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ないです」
「いいえ、迷惑ではないですよ。お土産のお返しもしたかったですし」
温泉土産のペンのお返しが豪華なお食事付きの居候だなんて、どう考えても釣り合いがとれていない。そう考えて、私はペンに「えいや」させてもらった。まあこれで、ただの温泉土産よりも価値は上がったでしょう。
「それにしても、広いし…きれいなお家だな」
果物屋さんの奥にあるマリウスさんのご自宅は広くて、家具もアンティークで質のいいことが、前世でも今世でも庶民な私にだってわかる。そして料理人だとかメイドさんだとかっていう、使用人さんまでいる。果物屋さんって儲かるんだな。
そう言えば、あの小屋を建て直すってどうしたらいいんだろう。それこそ創造神さんがちゃちゃっと建て直してくれないかな?前より広くてきれいな小屋にしてさ。
「…さん」
っていうか、命の危険があるような場面で、なんで創造神さんは出てきてくれないわけ?私たちが死んでもよかったの?ひどくない!?寝てるの!?
「サティさん!」
私ははっとする。マリウスさんが呼びかけてくれていたのに、気づかなかった。
「ごめんなさい。考え事をしていて…」
「無理もありません。あんな恐ろしい目に遭ったのですから」
「あ、いえ…テオくんとアロイスさんが守ってくれたので、そんなに怖くはなかったですよ」
ザルな創造神さんへの怒りで爪が手のひらに食い込んでいるなど、言えるわけもない。そんな私に、マリウスさんはちょっと表情を歪めた。
「私もその場にいられたらよかったのですが」
魔力持ちでもハイスぺ騎士でもない果物屋のマリウスさんがあの場にいたとて、私と同じで急いで逃げるしかなかっただろう。
「気持ちは嬉しいですけど、私はマリウスさんに危険な目には遭ってほしくないです」
マリウスさんは胸に手をやって、その手をぎゅっと握る。
「ところで、何の御用でしたか?」
「小屋を建て直すのであれば知り合いの大工を紹介できますよ、とお伝えしたくて」
本当にこの人は。いつでもどこでもタイムリー。ありがたすぎないか。
「とても助かります」
でもこの世界に住宅ローンってあるのかな。たぶん一括払いはできないよ。そう考えていると、マリウスさんはふっと笑った。
「お金のことは心配しなくて大丈夫だと思いますよ」
「え、なんでですか?」
「でん…アロイス様が住宅再建用として私に十分な額を渡していかれたので」
「!?」
っていうか、家が建つくらいの大金を預けるってやっぱり…
「マリウスさんとアロイスさんって、お知り合いなんですか?」
マリウスさんはぎくりとした表情をした。聞いちゃいけないことだったのかな。
「ごめんなさい。ただの好奇心なので、言いにくいことなら聞きません」
「あ、いえ…いつかは聞いていただきたいと思っていましたし、今なら言えるので」
マリウスさんが緑の目に決意を秘めて「実は私は」と私を見たとき、外から大きな声がした。
「マリウス!マリウス、開けてくれ!!」
「この声…アロイスさん?」




