25 師匠ではありません
学校から帰って来たテオくんが差し出したのは「面談のお知らせ」。
「え…ええっ!てか待って、これ明日じゃんっ!?」
「うん」
うん、じゃない。うん、じゃないのよ。
「いつもらったの、このお便りは」
「先週」
「お便りはもらった日にお家の人に渡しなさいっ!」
「そんなに怒ることか?」
「怒ることなのっ!お便りをもらった当日に渡さないことは家庭における重大犯罪だよ!!靴下脱ぎっぱより重い罪!ティッシュを洗濯機に入れることと同レベの罪!」
「はぁ?意味わかんね」
私はおじいちゃんおばあちゃんと薬をくれた奥さん…アーデルハイドさんに明日の一時保育の代行をお願いして、急いで服にアイロンをかけた。そして翌日は朝からテオくんと一緒に学校へ向かう。
「まじで、お便りはもらった日に渡してくんないと…」
「もうわかったって」
「っていうか、今までテオくんがお便り渡してくれてなくて、私が知らなかった大事な連絡とかあるんじゃないの?」
「ないと思うけど」
この言葉が嘘だということは、面談の席について、私より明らかに若いカール先生が一言目を発した時点ですぐわかった。
「テオの親代わりのサティさん、ようやくお会いできましたね。何度もお手紙を差し上げたのですが」
「そ、そうだったんですか。誠にすみません…」
こんにゃろ…先生は何度もお便り渡したって言ってるじゃん。なんか集金漏れでめちゃくちゃ滞納してるとかないよね?私はテオくんを睨むけど、本人は涼しい顔をしている。
「男子にはよくあるので、そんなに恐縮されなくても。テストの結果は以前テオが持ち帰った通りで…ええと、ご覧になってますよね?」
「すみません、見てません…」
小中学生のお兄ちゃんをもつ保育園ママたちが愚痴っていたことを思い出す。
《男の子って、学校のこと全然教えてくれないんだよね》
《そうそう、女の子ママに言われてびっくりすること多すぎ。この前テストがあったとかさ!》
《わかる。今度テストがあるとかじゃなくて、すでにテスト終わってるんだよね》
今ならママたちの気持ちがめちゃくちゃわかる。わかりすぎる。
「そうですか。テストの成績はとても優秀だったので、今は第八学年で授業を受けていますが、期末の試験は第九学年で受けてもいいと思います。そうすれば今年で卒業できます」
「本人の希望に従います」
「あと第九学年の期末試験に合格したら上の学校に推薦できますが、どうしますか?」
「上の学校、ですか」
「ええ。カウンティ・タウンにある、伯爵様が運営されておられる学校です。私もそこの卒業生なんです」
私が答える前に、テオくんが「俺は行かない」と発する。そう言うと思ったけど、簡単に決めていいことじゃない。高校に行けばさらにできることも広がるだろう。
「少し考えさせてください。いつまでにお返事すればいいでしょうか」
「二週間後までにお願いします」
「わかりました」
テオくんがクラスメイトと仲良くしているとか、学校のストーブが壊れたときにテオくんが火魔法で学校を全館空調してくれて助かったとかいうほっこりな話をひとしきりして私が立ち上がろうとすると、先生は私を呼び止めた。
「あの!サティさんはテオの入学前、自宅学習を見ておられたのですよね?」
「はい…それが何か?」
先生はぱっと私の手を両手で握る。
「ここで働きませんか?」
先生は「女子生徒が徐々に増えているのに、女性教師が不足していて困っている」と私に訴えた。どうやら私がテオくんに提供していた「前世の小学生高学年レベルの読み書き計算のプリント」は、この世界の平民である人達にはかなり高度なものだったようで、先生は私が「高度な教育を受けてきた裕福な家庭出身の女性で、教師の適性がある」と思ったらしい。
「離せ」と、赤い顔のテオくんが先生と私の手を手刀で切り離す。
「サティはりんご園と保育園で忙しいんだ」
「テオ、味方になってくれよ…!学校と僕のためにも、どうか頼むよ…!」
先生は自身が男性であるがゆえに、女性生徒の気持ちがわからずに関わりにくいのだと訴える。
「女子生徒と親しくなろうにも避けられて…結局学校にひとりしかいない女性教師の周りに女子生徒が集まって、その先生の負担がすごく重くなって辛そうで…だけどやっぱり、僕が入ってもいけなくて…」
うむ。ちょっとわかる。状況はちょっと違うけど、例えば「乳児さんから見てるベテランの先生が持ち上がってきたときに、園児さんと先生の絆が強すぎて、新参者だと入っていけない」みたいな?
でもね、先生。それって思い込みだったり、自分で自分の限界決めちゃってたりするのが原因かも。
「先生、自分の中で”僕にはできないから”って線引きしないでください」
だって男性だから女の子との気持ちがわからないってことはないし、女性だから女の子の気持ちがわかるってこともないもん。
「男だから女だからとか思わずに、教師と生徒とか、人間同士だとか思って接してみたらどうですか。自分の気持ちを女子生徒の皆さんに説明してみるのもいいし、朝は必ず挨拶するとか、毎日少しずつ接する時間を作ってみるのもいいと思いますよ」
「先生が現状を変えるためにいろいろ考えておられるのは素晴らしいです。諦めないで」とファイティングポーズをすると、先生も小さく応えてくれた。
二週間後に「やっぱりテオくんは上の学校へは行かない」と伝えに行ったとき、先生の目はキラキラしていた。
「言われたとおりにやってみたら、女子生徒からも”この問題がわからないから教えてくれ”とか、家庭の悩み相談とかしてくれるようになったんです!」
「わ、良かったですね!私もすっごく嬉しいです!!」
「ララ先生の負担も減って、感謝されて、今後デートすることに…!」
「…あ…良かった…ですね…?」
「師匠!これからもいろいろと教えてください!」というカール先生に、私は「師匠じゃないです!」と学校をあとにした。自分の旦那さんも見つけられていないのに、なんで人の恋のアシストをしているんだ、私は。




