21 二人はお知り合い?
「ハプニングシーンを見られて誤解される」と思って玄関に目をやるけど、誰も来ない。そりゃそうだ。こんな田舎の小屋なんて、おじいちゃんおばあちゃんかマリウスさんくらいしか来ないのだから。
玄関の反対方向からリビングに入って来たテオくんが、「いつまで触れ合ってんだよ!」と私たちを引きはなし、大人たちは我に返る。
「すみませんっ!」
「こちらこそ」
アロイスさんは私の手を離して、少し名残惜しそうに「では」と立ち上がった。
「もう行くんですか?レオくんと遊んでからでも…」
「実はもう少しでレオが安全に家…に戻れそうな状況になったので、少しでも早く必要な作業を進めたくて」
「そうなんですね。じゃあ…次にお会いするときは、レオくんのお迎えになるといいですね。お別れは少し寂しいですけど、そのつもりで過ごします」
アロイスさんはまた私の手にキスをして、背を向けて小屋から遠ざかっていく。
「はっ!」
私は大切なことを聞き忘れていたことを思い出した。「これだけは聞かなきゃ」と思ってたはずなのに、なにやってんだ。
「アロイスさん!待って!」
アロイスさんを必死で追いかけたら、子どもたちが謎に掘り返した穴に足をとられて転…
ばなかった。
アロイスさんがさっと抱きかかえて支えてくれる。動体視力と反射神経半端ない。いい匂いがして、胸板も硬くて、ドキドキする。ほんと異世界の男性陣ってどうなってんの?
「サティ殿、大丈夫か?」
「あ…すみません。ありがとうございます」
とそこへ、耳なじみのいい声がした。
「サティさん?」
マリウスさんだ。
キラキラ超絶イケメン・アロイスさんに抱きかかえられている私。そして目を丸くして私とアロイスさんを見つめている、穏やかイケメンのマリウスさん。どういう状況?
「あ、マリウスさん…どうもこんにちは。何か御用?」
「ええと…贈答用でりんごがかなり売れたので、ボーナスを…」
「わー、ありがとうございます」
私は棒読みでお礼を言って、アロイスさんから離れてマリウスさんからボーナスを受け取ろうとするが、アロイスさんが離してくれない。むしろ縦抱っこから横抱っこ…いわゆるお姫様抱っこにされて自由を奪われる。
「アロイスさん、そんな過保護にしていただかなくて大丈夫です」
「いえ、サティ殿。足首をひねったかもしれない」
「いや、全然痛くないですし…」
「用心するに越したことはない」
結局私はアロイスさんに抱えられながら、マリウスさんの手からボーナス入りの袋を受け取る。受け渡しが終わると、アロイスさんが即座にマリウスさんに背を向けた。まるで彼から私を隠すように。
「サティ殿、私に何か大切な話があるのだろう?必死に私を呼びながら追いかけてきたくらいだから」
そんなどうとでもとれそうな、誤解を招きそうな表現はやめてくれ。しかもレオくんのことだから、他人のマリウスさんの前でできるような話ではない。
「ここではちょっと…お話しできないことで」
アロイスさんはちょっと得意げにマリウスさんを見て、「ということだ、マリウス。お前の前では話せないことだから、用が済んだなら帰れ」と告げる。
「はい。では失礼します」
ん?アロイスさんとマリウスさんって、知り合いなんだっけ?
どこからどう見ても貴族っぽいアロイスさんと、果物屋のマリウスさん。アロイスさんの家にマリウスさんが果物を納めてた、とかなのかな…?そうだとするとアロイスさんはこの近くに住んでいることになるけど…
いつの間にか小屋に連れ戻されていて、「それで、話とは」というアロイスさんの声で我に返る。テオくんが「帰ったんじゃないのか」と毒づいている。お客様に対して、やめなさい。
「あっ!ええと、レオくんは何かあったときにすぐ自分を責めてしまう傾向があるようなのですが、ご家庭ではどのような関わりをされていましたか?」
「家庭…」
アロイスさんは口ごもる。単刀直入に聞きすぎて、責めているように感じさせてしまったのかもしれない。悪い癖で主任や園長先生にも注意されたけど、オブラートに包みすぎて伝わらないのも嫌だし…
「アロイスさんを責めているわけではありません。ただ指示命令が多かったり、失敗を非難したり、子どもの主体性を無視したりすると自責思考が強くなってしまうことがあるんです。絵の先生がレオくんの絵を直させたように」
「家庭がやや特殊だから、窮屈な思いをしていたとは思う」
マナーやルールを覚えるのは大切だ。だけどルールを守ることと、抑え付けられることは違う。
「自己否定が強すぎると、精神衛生上よくありません。私も彼をお預かりする者として頑張りますが、お父さんにも覚えておいていただきたくて。レオくんが健やかに育つように一緒に頑張りましょう」
「一緒に…」
「ええ、一緒に」
保育士だけが頑張ってもどうにもならないことって、やっぱりあるんですよね。逆に、お父さんお母さんがどれだけ頑張っても、できないこともある。だからこそ、一緒に。
アロイスさんは私の手を握る。柔らかく握っているようでいて力強くて、くすぐったくて手を抜こうにも、抜けない。不思議な強制力みたいなものがある。手から温かさが腕、顔へとのぼってくる。自分の頬が熱くなるのがわかる。
「アロイスさん…お父さん、あの…」
「もしレオが家に帰るときに、私とレオがあなたを必要としたら…」
「何してんだ!」とテオくんが私とアロイスさんの間に割り込んだ。顔が真っ赤だ。
「お前、サティに触れて困らせるの、俺が見ただけでも今日二回目だぞ!」
「サティ殿が困っていると、なぜわかる」
「一緒に暮らして、毎日サティの顔見てるからだよっ!レオが家に帰るために、急いで済ませたい用事があるんだよな?だったらここでサティにくっついてないで、早く行けって!!」
アロイスさんはまだ何か言いたそうにしながら、握手会で連行されていく質の悪いオタクのように、テオくんに押し出されていった。
「テオくん、ありがとう。助かったよ」
「あのまま手を握られてたら、うっかり恋に落ちてたかもしれない」と冗談めかして笑うと、テオくんは嫌な顔をして行ってしまった。




