18 「えいや」で世界は変わるか
えいやって言われても、「えいや」なんてこれまでの人生で一回も言ったことないんだけどな。
そう思いながら、まずはクリスタちゃんの指輪を両手で握りしめ、「えいやえいやえいや!クリスタちゃんが魔力暴走を起こしたときに、他の人を傷つけないようにしてください」と祈る。
手を開いて指輪を見てみるけど、チート能力が付与されたとわかるような特別な挙動は見られない。浮くとか光るとか神秘的な模様が浮かび上がるとか、そういうの。
怪しみながらテオ君のブレスレットにも「えいやっ」と祈りを込め、テオくんを呼んでブレスレットをつけてみてもらう。
「その状態で火魔法が使えるか、やってみてくれない?」
テオくんも私がクリスタちゃんの触手をきれいさっぱり消したのは見てるから、「わかった」と素直に応じて、ブレスレットをした左手を天井に向ける。
何も起きない。クロが不思議そうにテオくんを見つめている。
「…できない」
「本当に?本当の本当に本気でやった?」
「ああ」
ブレスレットを外してやってみると、左手からキャンプファイヤーレベルの火が出て、クリスタちゃんとレオくんがキャッキャと大笑いし、クロも嬉しそうに火を吹き、小屋の天井がちょっと焦げた。つまりは、ほんとに私の「えいや」で、物にチート能力が付与できちゃったらしい。
テオくんは目を丸くする。
「これをつけてたら魔力暴走が起きないってこと、なのか?」
「たぶんね」
「自分の知らないうちに人を傷つけることもなくなる?」
テオくんの声がほんのちょっと震えて、私は彼が泣くのをこらえているんだと気づく。小さい子のお兄ちゃんになってくれる優しい子だもん。口と態度は攻撃的でも、自分の力で人を傷つけてしまうことを、後ろめたく思ってきたんだろう。
「そうだよ」
テオくんは泣き笑いのような顔で、「嬉しい」とたった一言だけ言ってくれた。私も嬉しい。両手を広げたら、珍しく素直にハグに応じてくれる。
テオくんの肩越しにマリウスさんが優しく微笑みかけてくれる。ああ、なんかいいなぁ。
クリスタちゃんの指輪も試してもらったら、やっぱり効果はあった。魔法を使いたいときはブレスレットや指輪を外せばいい。
テオくんは嬉しそうにブレスレットと指輪を見つめて、私に「えいや」のやりかたを聞いて、バレッタに火魔法を付与してくれた。火魔法が発動したら髪がちりちりになるんじゃないかと心配したけど、寒いときに温かくなる程度に留めておいてくれたから、カイロ代わりに使える。
のちにこの食玩たちは三つまとめて国宝になるのだけど、それはまた別の話。
マリウスさんが「魔力暴走で困っている知り合いがいるので、あなたを紹介していいですか」と言う。もちろんだよ。私の「えいや」で生きやすくなる人がいるのなら、いくらでも。
数日後、マリウスさんの知り合いだという身なりのいい人が、手首に入れ墨のある娘さんを連れてやって来た。奥さんの形見だという指輪に「えいや」して娘さんにはめてもらうと、やっぱり魔力は漏れなくなった。お父さんは泣きながら何度も何度もお礼を言って、大金を置いて帰ろうとした。お金は断ったけど、感謝してもらえるのは嬉しい。
「もらっとけばよかったのに」とテオくんがつぶやく。
「お金を払わないと助けてもらえない、なんて噂になったら、お金のない人たちが来られなくなるでしょ」
「…そっか」
噂が噂を呼んで一週間に数組の依頼者が訪れてくるようになったころ、うちの小屋を、蜂の薬をわけてくれた家の奥さんが訪ねてきた。背中に小さな子どもをおんぶひもで巻きつけていて、後ろには他の家の奥さんや、クワを持った旦那さんもいる。つまりは集団でうちの小屋に押しかけて来たかたちだ。
「あんた!魔力持ちを集めてどうするつもり!?」
「信じてもらえないかもしれないけど、私には魔力を無力化できる力があるみたいなんです。魔力持ちの人たちが魔力暴走を起こさないようにするために、アクセサリーに力を込めてお渡ししているんです」
「魔力持ちの人もそうじゃない人も、みんなが安心して安全に暮らせるためにやっていることだ」と説明するけど、なかなか納得してもらえない。「魔力持ちを村に呼ぶな」「呼んでるわけじゃない」と押し問答になっているとき、クリスタちゃんが進み出てきた。すうっと指を伸ばして、奥さんを指さす。
「人を指さしちゃいけません。失礼だと思う人も多いから、手のひらで示そうね」って注意しようとしたら…
「おばさん、身体の中に悪いものがいっぱいいる。うじゃうじゃいるよ」
アロイスさんのときみたいに、何かの病気に感染しているんだ、と思う。クリスタちゃんが「あの人も」「この人も」と、うしろにいる別の家の奥さんや旦那さんの顔も、次々と指していく。村のみんなが、集団感染しているということだろう。
「すごく悪いやつ。悪いものを殺さないと、みんな死んじゃうよ」
その言葉にぞっとする。
「みなさん!何かの病気に感染しているみたいです!!ここでクリスタちゃんが治療を…」
私がそう言うと「俺は元気だ!ピンピンしてる!魔力持ちに触られるほうが気持ち悪い」と男性の大きな声がした。
「そうだ。治療とか言って、全員殺すつもりじゃないのか」
「ああ怖い怖い、魔力が届かないところまで離れよう」
「早く出て行ってほしいわ」
そう言いながら、押し掛けてきた人たちはわらわらと帰って行った。クリスタちゃんがぼそっとつぶやく。
「クリスタ、嘘なんて言ってないのに」
「…わかってるよ、クリスタちゃん」
クリスタちゃんを馬鹿にした人たちが困ってしまえばいい。ただし子ども除く。
私は本気でそう思った。




