16 蜂の毒と世間の毒
今日は小屋の前でりんごのドライフルーツに挑戦している。
中腰がしんどくなって腰を伸ばすと、テオくんがクロにじゃれつかれながら勉強している。読み書きと計算くらいはできたほうがいいと、勉強を勧めたのだ。私が紙に書いた簡単な問題をこなしていくだけだけど、最近は自分で勉強を進められるようになっている。
その横で、クリスタちゃんがレオくんの髪に花をさしてあげていた。レオくんは真っ赤になって固まる。
私はにんまりする。これはきっと小さな恋。こないだふとレオくんのスケッチブックを見たら、クリスタちゃんらしき女の子の絵もあったしね。決して盗み見たわけじゃなくて、目に入っただけ。
「男の子が女の子に花をあげるんだよ、好きな女の子に」
「そうなの?じゃあレオがクリスタを好きなら、花をちょうだい」
「うん」
レオくんがドキドキしながらクリスタちゃんの銀髪を花で飾る。なんだか見ているこっちまでドキドキしてきゅんきゅんする。
「ありがと、レオ!テオにももらってくる!」
「う、うん…」
今のところはお互いの想いに温度差はありそうだけど、どうなるか楽しみだね。
りんごを干し終えた私は、私はおじいちゃんおばあちゃんが出かけている間に、彼らの家の洗濯物を回収。子どもたちの笑い声と、すっかり元気になったクロの鳴き声がする。
そんな穏やかな午後だった。
「平和だなぁ」「レオくんが来たり遠足に行ったりでりんごの収穫が予定より遅れてるから、明日は作業しないとなぁ」なんてぼんやり考えていたら。
「サティ!レオが!」
テオくんの声とクロの鳴き声ではっと我に返ると、レオくんが地面に倒れている。足首が赤く腫れ上がって…蜂だ。
「痛い…脚が熱い…」
クリスタちゃんは泣きそうな顔でレオくんの身体に触れるが、毒は生き物じゃないからクリスタちゃんの魔法じゃ殺せない。
「サティ、クリスタにはできないよっ」
「大丈夫だよ」
そう言ったけど、家にはポイズンリムーバーはない。おじいちゃんおばあちゃんの家にはあるかもしれないけど、どこにあるかわからないものを探している時間はない。私はレオくんの傷口を洗い流してから冷やすようテオくんにお願いして、小屋から少し離れた集落に走る。
一番近い家の扉を叩く。
「突然すみません!子どもが蜂に刺されてしまって…薬をお持ちじゃありませんか?あったら少しわけていただけないでしょうか?」
出てきた中年の奥さんは、顔をこわばらせた。
「あんたはクラウスおんじの…魔力持ちの子を預かってる家だよね」
「はい。でも今はそんなことより…どうか薬があったら少しわけてください!急ぐんです」
奥さんは腕を組み、家の奥をちらりと見て、首を横に振った。
「悪いけど…魔力持ちの子がいる家とは関わりたくないから」
「そんな…!子どもが苦しんでるんです。どうかお願いします!」
「悪いけど、帰って。うちの子にまで何か移ったら困る」
「魔力は病気じゃありません」
「あんたは本当の自分の子どもがいないから、そんな能天気でいられるのよ」
「何てこと言うんですか!!」
前世で子どもができないと告知されたときの絶望感と、親子連れやおむつのCMを見て感じた劣等感が蘇って思わず怒鳴ってしまった。
奥さんはびくりと身を引き、慌てて扉を閉めようとする。だめ。待って。私はポケットから金貨を取り出した。アロイスさんが置いていった金貨のうちの一枚。こんな田舎じゃめったにお目に掛かれない、ピカピカの金貨。
「どうかお願いします」
「…!」
扉が少しだけ開き、「本物だろうね」と疑うような声がして、ほんの少しの薬が差し出された。本当なら銅貨一枚でもお釣りがくるような薬に、金貨一枚。さらに「もう、来ないで」の一言。私は唇を噛みしめながら頭を下げて薬を受け取り、走って帰った。
言えばわかってもらえる優しい世界観だと思ってたけど、マリウスさんやパン屋のおじさんや、おじいちゃんおばあちゃんみたいな人ばっかりじゃない。そんな当たり前のことを、今更思い知らされる。
「レオくん!」
よかった、呼吸困難にはなってない。腫れもひどくはなってない。レオくんの傷口に薬を塗り、ベッドに運んで回復をひたすら祈る。医者もいない村では、それしかできない。薬を塗ってしばらくして、レオくんの息が穏やかになって、私はようやく肩の力を抜いた。
「テオくんもクリスタちゃんも、ありがとね」
よかった。間に合った。でも胸の中では、怒りが渦を巻いていた。魔力持ちがいる家の子は、助けない?そんなの間違ってる。望んで魔力をもって生まれてきたわけじゃないのに。
クリスタちゃんが小さくつぶやく。
「クリスタ、レオを助けられなかった。魔法じゃだめだった。もっと勉強したい。ぜんぶ助けられるように」
カウベルフェルトの街に行けば、学校はある。専門的な医学の勉強はできないかもしれないけど、基礎にはなるだろう。でも魔力持ちは学校に入ることすら断られるのが常だと、マリウスさんが言っていた。だから私はそっと彼女の頭を撫でて、こう言うことしかできない。
「クリスタちゃんなら、きっとできるよ。街で勉強の本を買おう」
「頑張る」
こんなに優しい真っすぐな心をもっている子を、どうして。魔力を人のために役立てることもできるのに、どうして。ごめんね、何も変えてあげられなくてごめんね。
外では優しい風が吹いていて、レオ君の寝息も何ごともなかったかのように穏やかだ。こんなに静かなのに、私の心だけが騒がしい。




