15 秋の遠足は外せない
私は朝からサンドイッチのお弁当を作っている。
秋のイベントで外せないのは、やはり遠足。行き先はこの山小屋からさらに登ったところにある、大きなブランコ。おばあちゃんが「子どもには楽しいと思うよ」と教えてくれた。
レオくんはスケッチブックを抱え、クリスタちゃんは「ブランコっていっぱいゆらゆらするんだよね?楽しみ」と元気いっぱい。そしてテオくんは、私と荷物係を分担してくれている。頼もしすぎる。
大人の足なら歩いて十五分ほどということだったけど、やや体力のないレオくんには、きつかったみたい。我慢強くて「疲れた」「足が痛い」とは口にしないけれども、明らかにスピードが落ち始めた。
砂利の登り道だからおんぶするのはちょっと怖いし、レオくんを励まし、道端の棒を持たせながら、何とか登っていく。レオくんは室内遊びが好きだけど、外遊びももっと楽しくできるように工夫していかないとな、なんて考えながら。
ブランコが見えて、クリスタちゃんが「あれだ!」と走り出す。「走ると危ないよ、気をつけてね」という前に、テオくんが彼女の手をとってくれた。できる兄は尊い。ちらっと私を振り返ったテオくんに、GJサインと下手なウインクを送ったら、変な顔をされた。
「きれいな場所だねぇ」
木製の大きなブランコはちょっとした広場にしつらえられていて、ブランコの横に立つと集落やうちの小屋やりんご園を見落とせる。クリスタちゃんはテオくんに押してもらいながらブランコをこぎ、レオくんはスケッチブックを広げ始めた。みんなそれぞれに楽しそうだ。
レジャーシートなんて便利なものはないので、少し厚めの布を芝生に広げて、腰を下ろす。日差しにはまだ鋭さが残っているけれど、風は涼しい。すごくすごく気持ちがいい。思わずスカートの下であぐらをかいていたら、口うるさいテオくんに、「脚!」と言いながら脚をぱんとはたかれた。
「お昼ご飯にしようか」
「その前に脚をなおせよ」
「だってこれがラクなんだもん」
口うるさい小姑みたいなテオくんから逃れるために、クリスタちゃんとレオくんを招集する。濡れタオルで手を拭いて、サンドイッチを広げる。
「美味しそう!」
「手を合わせてください!」
「いただきまーす」
日本的な食前の挨拶も、すっかりこの子たちの生活に馴染んでいるなぁなんて考えていた、そのときだった。
「何の音?」
「なんか…鳴いてる?」
耳を澄ませる。確かに、かすかな「キュウゥ」という…鳴き声?声のする方向に見当をつけて探すと、いた。真っ黒の大きなとかげに、こうもりのような羽が生えた生き物。これはレオくんの絵で夕闇の迫る空を飛んでいた…
「ドラゴン?」
「まだ子どもみたい」
「実物は初めて見た」
自分よりずっと大きな人間四匹に取り囲まれて、赤ちゃんドラゴンは赤い目を細くして「ギギギ」と歯茎を見せる。威嚇しているのだろう。羽の付け根に傷があって、「怪我してる」と私が思わず手を伸ばしたとき、ドラゴンはぶわっと火を吹いた。とっさに避けたけど、長袖が焦げる。やだ、新しいの買わなきゃ。
「ドラゴンに手を出すとか馬鹿かよ」とテオくん。ごめん、この世界の常識がわからないんだよ。ペライチのマニュアルには「ドラゴンとの正しいコミュニケーション」とか載ってなかったし。
「でも、怪我してるよ」
「怪我して飛べなくなって、親に置いて行かれたんだろうな」
クリスタちゃんがしゃがみ込みそっと手を伸ばそうとして、「触っちゃだめ。火傷するかもしれない」とテオくんに制される。おいおい、私への言葉よりだいぶ優しくないかい?
と、クリスタちゃんを制したテオくんの腕に、ドラゴンが「クゥゥ」と頬を寄せた。
「あれこれ…もしかして懐いてる?」
「テオ兄上の魔力が火属性だから、仲良くなれるのかも」とレオくん。そうかもしれない、黒に赤い目で、色も似てるし。テオくんは慎重にドラゴンを抱き上げる。赤ちゃんドラゴンは彼の腕の中で静かになり、小さく「クゥ」と甘えるように鳴いて、彼の胸に顔をすり寄せた。完全に懐いている。
「サティ、このドラゴンどうするの?」とレオくんが聞く。「親とはぐれたなら、このままここに置いといたら死ぬかもしれない」とテオくん。だけどドラゴンって家で飼っていいものなのかな。「絶滅危惧種で条約の保護対象」とかではない?飼育したら処罰されるとか…
「このまま置いていくのはかわいそう」とクリスタちゃん&レオくんにキラキラした瞳で見つめられ、私は「とりあえず怪我が治って飛べるようになるまで、うちで保護しよう」と決めた。
「うちで飼うなら、名前つけていい?」とクリスタちゃん。
うーん、名前か。どうしようか。名前をつけて情が湧いたら、離れにくくなるかもしれないけど…と考えている間に、クリスタちゃんは「クロ」と安直極まりない名前をつけてしまった。テオくんに「クロ」と呼ばれると、赤ちゃんドラゴンは嬉しそうに小さな炎を吐く。
帰り道。陽が傾き始めた頃、クロはテオくんの肩に安定した姿勢で乗っていた。どうやら、すっかり安心しているようだ。
「テオくん、すごいね。火を吹くドラゴンと普通に触れ合えるなんて」
「怒らせなければ危険ってわけじゃないし」
きっと私は母性に満ちた顔でテオくんを見ていたのだろう。テオくんは「その顔やめろ」と、顔をそむけた。ママに照れちゃう思春期男子、良き。
小屋に戻って、子どもたちはあーだこーだ言いながらタオルとバスケットでクロの寝床をつくってやる。クロは嬉しそうにバスケットの中で丸まった。テオくんがクロにタオルをかけながら、ぽつりと呟く。
「怪我が治るまでなんだよな」
「野生に返してあげるのがいいと思う。でもここを離れても、テオくんのことは忘れないと思うよ」




