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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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ソラリスの塔編 第6話 少女の涙、父の声

眠り続けた白き少女が、涙とともに目覚める。

未来から届く父の声が、彼女の心を救う。

仲間たちは、その涙の意味を知る――「家族」の始まりの物語。

空気が裂けた。

 碧い拍動が一段、二段と速まり、研究棟の壁面が低く唸る。銀白の髪が風を孕み、眠りから立ち上がった少女――が、かすかに犬歯を覗かせた。


「……父ちゃんを笑うなって言ってるんだ」


 足元の床石が円形に沈み、そこから放射状に細い亀裂が走る。

 ヨッシーが一歩、前へ。砕けかけの盾を立てたまま、視線は逸らさない。


「全員、非致死の範囲でや! 飛び道具は顔と心臓は外せ、関節狙い!」


 ユウキの背にブラックが降り、羽を広げて風の幕を張る。リンクが短く「キュイッ」と鳴くと、梁の影に跳ね、いつでも飛び込める距離を取った。あーさんは二鈴を胸元で揃え、静かに告げる。


「皆々様、拍の乱れにございます。——鐘は鳴らさず、ほどほどに、でございますよ」


 少女の瞳が碧く閃いた。見た目よりずっと幼い声が、嵐の中心で震える。


「どけ。どかないなら、飛ぶぞ」


「来る!」


 ひゅ、と風の線が走った。

 クリフが弓を引き切る。矢尻に蒼い光が宿る。


「——くらえ、チャージショット!」


 光束めいて伸びた矢が直線で迫る。指先ひとつ、少女が空を撫でた。

 空間が屈折し、矢は真横へ逸れる。壁面に“く”の字の溝が刻まれ、霧のような火花が散った。


「ならば——炎弾魔法ファイアボール!」


 ニーヤの掌から放たれた紅い球が、空中でふくらみながら襲いかかる。

 少女は一歩、踏む。足裏から走った碧い紋が炎を切り裂き、爆風は天井へ抜けて蛍光の管を焦がした。


「はやっ……!」


 リナが短剣を低く構える。呼吸は乱れているのに、目は折れない。

 サジが木刀を、カエナが竹槍を揃えた。


「押す! いける、いまの隙!」


「合図、三――二――」


 ユウキの指が半拍、下がる。

 ヨッシーが盾で突き込み、リナと子らが左右から斜めに切り込む。

 同時。

 同時のはずだった。


 刹那、視界ごとズレる。

 少女の姿が揺らいだかと思えば、もう——目の前だ。


 甲高い金属音。

 ヨッシーの盾がひび割れ、表面に蜘蛛の巣のような白筋が走る。

 彼はそれでも踏みとどまり、片膝をつきながら盾を持ち上げた。


「ぐっ……重っ……!」


 圧が爆ぜる。

 サジとカエナが突きを延ばしたその腕ごと、斜め後方へ弾かれた。床を二、三度転がり、肩口で止まる。


「っだぁあ!」「いてぇ……!」


「下がれ!」

 ユウキがラバー靴で床を蹴り、二人の前に滑り込む。ブラックの風幕が追い風になって滑走を助け、リンクがサジのこめかみに軽く頭突きを入れた(——下がれの合図だ)。

 少女の髪がふわりと舞い、碧光がもう一段強くなる。


「あかん、数字の話やない。格が違う……」


 クリフは弦を緩めた。狙いすら成立しない。狙えば仲間が死ぬ。

 ニーヤは炎の連弾をやめ、足元に防壁の紋を描きはじめた。


「主あるじ、いったん退くニャ! この圧では術が暴れる!」


「まだ、退かない」


 突然、光が部屋全体を包み、モニターが一斉に点灯する。

 ノイズ交じりの映像が浮かび上がり、そこに映ったのは――

 白衣の男、平塚太一。


 〈やぁ、ルフィアーナ。これを見ているということは……何かあったんだろうね。

 そっちに行けなくて、すまない。君を一人にしてしまったのなら、本当に、すまない。

 でも、どうか泣かないでくれ。君は、君のままでいてほしい。

 人は、愛したもののために泣いていい。

 もし心が壊れそうなことがあっても、

 憎しみの中で、自分を見失ってはいけない。

 少女。君の笑顔は、世界を照らせる。どうか、忘れないで。〉


 光の粒が舞い、映像が静かに途切れた。

 少女の頬を、一筋の涙が伝う


ヨッシーは踏みとどまり、前に出た。

 その瞳に、怒りではなく、優しさが宿っていた。


「なぁ、お前……うちらと家族にならへんか?

 つらいも、楽しいも、うまいも、しんどいも――みんなで分けたら、ええんや」


 その言葉に、少女の瞳の光が一瞬ゆらぐ。

 拳が震え、次の瞬間、ふらつくように歩み寄り――ヨッシーの胸に飛び込んだ。


「……かぞく。うん、家族」

 その小さな声は、どこか安心した子どものようだった。


 クリフが頷き、息を吐く。

「うむ……一件落着だな」


 リナが腕を組んで、サジとカエナを睨んだ。

「ええ、……と、その前に。あんたたち、ちゃんとこの子に謝りなさいよ」


 二人は顔を見合わせて、声を揃える。

「……マジか」

「マジだな……」

 リナ、あーさん、クリフが無言で頷く。

 その空気に押されて、二人は慌てて口を開いた。

「わ、悪かったな!」

「チッ……悪りぃ、謝るわ!」


 少女は涙の跡をぬぐい、笑って答えた。

「……いいよ。もう、いい」


 あーさんが静かに手を合わせる。

「……明治の世においても、“家”とはかくありたし、でございますね」


 よっしーが優しい瞳で少女の髪を撫でる。

「ワイにもな、これくらいの歳の娘がおる」


 ユウキは苦く笑った。

「……俺には縁遠い話だな。派遣、独り身、低賃金……“繋ぐ”とか“護る”とか、縁起でもねぇ」


 そのとき、ブラックが羽を揺らし、静かに鳴いた。

 少女の目にまた光が灯る。

「ねぇ、家族って……いいなぁ」


その時、部屋の隅で微かな電子音。

 倒れていたメイド服の少女が、ゆっくりと身を起こした。

「……予備バッテリー起動……再起動、完了。……アレ? みなさんどうされました?」

 ヨッシーが照れたように頬を掻き、

「えぇと、そのな。この子も家族になったんや」と笑う。


 少女は目を瞬かせ、そしてにこりと微笑んだ。

「家族……いい言葉ですねぇ。……そういえば、この先の階層に、マスターの家族写真があったはずです」


 ユウキが息を整え、前を見据える。

「じゃあ、次の目的地は決まりだな」

 クリフが頷き、弓を背に戻した。

 あーさんの二鈴が、やさしく音を立てる。


 ――塔の灯がまた、ゆっくりと明滅を始めた。

 その光は、まるで新たな家族の旅立ちを祝福するように見えた。

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