蟻地獄の口が開く
1)砂に沈む
砂の渦に飲まれた瞬間、世界が上下を失った。
車体がひしゃげる音、風のうねり、仲間の叫び――全部が混ざる。
砂粒が肌を叩くたび、静電のように痛い。
「ユウキっ、舵が効かん!」
よっしーの声が反響する。
「車ごと落ちてるんや!」
「……下から、吸われてる!」
あーさんが両手を合わせ、二鈴を前にかざした。
微かな光が広がり、砂の流れが一瞬だけ鈍る。
その隙に、俺は旗を掴み、斜めの床を踏みしめた。
「全員、落ち着け! 出口を探す!」
「そんなもんどこにニャああぁぁ!」
ニーヤの悲鳴が尾を引く。
次の瞬間、フロントガラスが粉を吹いたように曇った。
視界の向こうに、黒い顎――いや、“門”のようなものが見えた。
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2)磁の顎
それは砂でできた蟻地獄ではなかった。
中心に金属の節が回転し、砂鉄が渦のようにまとわりついている。
磁力が唸り、メーターが狂う。
「……こいつ、生きてるのか?」
「《アントリオン・マグネット》。魔力と磁の両棲種です」
クリフが剣を抜いた。刃に砂鉄が吸い寄せられて火花が散る。
「車の金属が引っ張られてる! 降りるぞ!」
よっしーがドアを蹴り開け、砂の流れに逆らうように飛び出した。
リンクとブラックが続く。
外気は熱い。
太陽の残光が砂に反射し、渦全体が金色に光っている。
だが中心は黒い。
まるで“磁石の目”がこちらを見ているようだった。
「うわっ、靴の金具まで引っ張られる!」
「動きを止めて! 踏ん張るより、“泳ぐ”方が早いです!」
あーさんが声を張る。
彼女の二鈴が低く震え、周囲の砂を粘土のように固めた。
「よっしー、離れろ!」
「いや、今や!」
彼が手を伸ばし、ダッシュボードから“何か”を引き抜く。
銀色の箱、黄ばんだプラのボタン。
「使い捨てカメラ、1989年製や!」
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3)フラッシュの閃き
「何する気ニャ!?」
「光でぶち抜く!」
よっしーが親指でシャッターを押した。
白光が爆ぜた。
閃光が砂と磁場に反射し、まるで雷のように地表を走る。
アントリオンの節が震え、渦が乱れた。
「今だ!」
俺が旗を構え、
「アイシクル・スピア・二式!」
氷の槍が光の線を引きながら顎を貫いた。
霜と砂鉄が弾け、爆音。
砂丘が跳ね上がるほどの衝撃が走る。
「うむ、見事だ!」
クリフの剣が追撃する。
黒い装甲を裂き、青白い光が内側から漏れた。
「倒した……?」
息を呑む。
だが、まだ終わりではなかった。
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4)風の果て
轟音。
砂の山を突き破って、巨大な影が舞い降りた。
翼だ。
漆黒の羽に赤い縁。
空から降り立つ猛禽――ヘルコンドル。
「今度は上かよ!」
よっしーが叫ぶ。
ブラックが羽ばたき、迎撃に向かう。
白と黒の影が、砂上で交錯した。
リンクが地を蹴って跳躍、
後ろ脚の刃でコンドルの脚腱を切り裂く。
俺は旗を支点にして体を回転させ、
「フリーズ・ランス・ゼロ!」
氷結の刃が翼を貫いた。
悲鳴。
ヘルコンドルが砂丘をえぐりながら空へ退く。
追うように砂煙が尾を引いた。
静寂が落ちた。
夕陽が傾き、砂漠に橙の線が伸びていく。
「……勝ったのか?」
よっしーが息を吐く。
リンクが「キュイ」と鳴き、ブラックが肩に戻った。
「あーさん、鐘は?」
「鳴らしません。今日は……風の音で十分です」
彼女が微笑み、二鈴を軽く揺らす。
微かな風が、渦の跡をなでて通り過ぎた。
Roxetteの《Crash! Boom! Bang!》が、
砂の上でゆっくり流れ始める。
テープのざらつきが、静けさの中に溶けた。




