南へ――オルディカ街道の風
落ちた天使と氷のランス
乾いた砂を踏みしめるように、カセットが回り出した。
(BGM:J. Geils Band《Centerfold》)
軽快なリズムが車内を満たし、タイヤの音がドラムみたいに拍を刻む。
「懐かしいやろ?」
よっしーがハンドルを軽く叩いた。
「’89年、夏や。汗だくでエアチェックしてたん思い出すわ」
「え、これラジオ録音っすか?」
「せやせや。CMごと入っとるやろ? 味や」
俺は笑いながらミラーを直す。
外は白い。砂漠の陽光が空気そのものを焼いていた。
後部座席では、あーさんが掌に浮かべた水を一滴ずつすくい、
その表面をゆっくり撫でている。
「……音が、波と似ていますね」
「波?」
「ええ。水面も、空気も、揺れて拍を作るのです」
二鈴がふわりと鳴る。
鐘は鳴らさず、拍だけが整っていく。
よっしーがリズムに乗って鼻歌を交える。
笑っていたその時。
「キューイ!」
リンクが突然、シートの背に跳び乗った。
「クルルッ!」
ブラックが窓際へ飛び移り、鋭く鳴く。
「ど……どうしたニャ?」
ニーヤが杖を抱きしめる。
その瞬間、サイドミラーの端で“地面の色”が盛り上がった。
後方五十メートル。
砂を裂いて進む、巨大な影。
「うむ、アレはサンドワームではないか」
クリフさんの声が低くなる。
「ええー!? よりによって砂漠で!?」
よっしーがハンドルをぐいと切る。
車体が跳ね、砂煙が上がる。
エレオノーラが矢筒に手を伸ばし、
あーさんが掌の水を細くまとめる。
「これは……小型ではありません。四つん這いで八尺ほど」
「ひぃ……十分デカいニャ!」
ニーヤが舳鈴の布を指で撫でた。
額のひげが風を読む。
「リンク、座って」
「キュイ!」
旗を握り、俺は車の窓から半身を出した。
サイドミラーの中で砂が噴水のように吹き上がり、
ワームの額——鈍い甲が陽を反射した。
リズムが跳ねる。
その瞬間、杖が振り上がる。
「氷結槍魔法」
風を裂く詠唱が、ギターの裏に重なる。
舳鈴がキインと鳴った。
空気が一拍だけ凍り、
次の瞬間、氷の槍が透明な線を描いて走った。
ドンッ。
砂の下で爆ぜるような音。
サンドワームの額に槍が突き刺さり、動きが止まる。
砂が冬の硬さに変わり、
巨体がぐらりと揺れて倒れ込んだ。
「やったな!」
俺が右手を上げる。
「イエーイ!」
ニーヤと手のひらを合わせ、パチン。
乾いた音が砂に吸い込まれた。
彼女はそのまま後ろに振り返り、
あーさん・エレオノーラ・ミラ・キリアと順にハイタッチ。
リンクは喜びのサマーソルト。
ブラックが俺の頬を嘴で小突き、「ン」と短く鳴いた。
よっしーが片手運転のまま、懐から“写渡し札”を取り出す。
「さっきの魔法、動画で送っといた。
ウチの嫁はん、なんて言うかなぁ……」
数秒後、札がほの白く光った。
返ってきた言葉は短かった。
【異世界で旅なんて中々できへんね。
大変なことも楽しいことも、全力で頑張りや! 日本から応援してるで】
よっしーが、息を飲んだ。
ハンドルの上で手が震える。
俺は何も言えなかった。
テープの音が少し歪む。
サビの裏で、ニーヤがぽつり。
「……いい曲ニャ」
「うむ、明るいのに、少し寂しいな」
クリフが呟く。
あーさんが二鈴を小さく鳴らす。
風が一瞬だけ止まる。
「……それが、拍というものです」
誰も、次の言葉を探さなかった。
カセットがふっと静まり、
遠くで砂丘が溶けていく。
使用曲:J. Geils Band《Centerfold》(1981)
“風に混じるテープの音”をテーマに、
異世界の旅に初めて「音楽」が鳴った日の記録です。
明るい曲調の裏で、
それぞれが“帰る場所”を胸にしまい始めた——
そんな一日目の昼。
次回:「砂の底でチリチリしてきた」
(BGM:Roxette《The Look》)




