カフェテリア・ブランチにて
――事後報告(学園都市・運営執務室)
中央塔最上階。
学園都市の全域を俯瞰できる、運営執務室。
朝の光が、大きな机の上に差し込んでいる。
ミカエラは学園長席に腰掛け、端末の表示を静かに追っていた。
学園の長であり、同時に――
この都市全体を統括する運営責任者。
「……被害報告は以上です」
そう締めくくったのは、ルメルだった。
冷静な口調で、必要な情報だけを正確に並べる。
「人的被害、施設損傷ともにゼロ。
警備隊および学園パトロール部隊は、全員通常配置へ復帰しています」
「侵入は?」
ミカエラは、視線を上げずに問う。
「未成立です」
即答だった。
「侵入兆候は複数確認されましたが、
いずれも“濃くなる前”に断念しています」
その横で、リメラが端末を操作していた。
運営側の分析担当。
感情を挟まない数字と傾向で、状況を語る役だ。
「狩人側の行動ログを照合しました」
リメラが淡々と続ける。
「学園都市は、
コストに対して得られる成果が低すぎる
と判断された可能性が高いです」
ミカエラのペンが、止まった。
「……つまり」
「“非効率”です」
リメラははっきりと言った。
「侵入難度が高い。
排除までが早い。
しかも被害が出ないため、学習効果が薄い」
「狩り場としては、最悪ね」
ミカエラは小さく息を吐いた。
「はい。
今回の件で、その評価はほぼ確定と見ていいかと」
ルメルが補足する。
「警備隊と学園パトロール部隊の連携も、想定どおり機能しました。
冒険者の介入はありましたが、
最終的な処理はすべて制度側で完結しています」
「それでいい」
ミカエラはきっぱりと言った。
「英雄に頼らなくていい。
それが、この街の前提条件よ」
椅子から立ち上がり、窓の外を見下ろす。
下では、学生たちがいつも通り登校している。
昨夜、何が起きかけていたのか――
知る必要すらない日常。
「街は?」
「通常運用です」
ルメルが答える。
「講義、研究、生活、すべて問題なし」
「なら、問題なしですね」
ミカエラはそう言って、端末を閉じた。
「次に備えましょう。
“何も起きない一日”を、今日も成立させるために」
三人の間に、短い沈黙が落ちる。
それは安堵ではなく、確認だった。
学園都市は――
今日も、静かに回っている。
昼前のカフェテリアは、思った以上に賑やかだった。
天井は高く、壁際には大きな窓。外の中庭から差し込む光が、白いテーブルクロスを柔らかく照らしている。
その中央――
一つのテーブルだけ、明らかに様子がおかしい。
「……なんやこの量」
よっしーが、素直な感想を漏らした。
テーブルいっぱいに並ぶ皿、皿、皿。
串に刺さった肉、香草の匂いが強い白いソース、油で艶のある米料理、見慣れないソーセージ、焼き色のついた煮込み皿。
さらに、ワインの瓶とビールのジョッキが堂々と鎮座している。
「朝昼兼用やからって、限度あるやろ……」
「え? 足りへん思たけど?」
さらっと返したのはヤスだ。
椅子に深く腰掛け、すでにフォークを手に取っている。
「いや、量の問題ちゃうねん。
ジャンルが暴力的やねん」
よっしーが皿を一つ指差す。
「これ、肉やろ。
で、こっちも肉。
あ、これも肉やん」
「せやで?」
「誇るな」
そのやりとりを、少し離れたところから見ていたハッサンが、苦笑しながら最後の皿を置いた。
「注文は全部、この方です」
ヤスを指差す。
「運ぶ側としては、正直、楽しかったですがね」
「楽しむな」
クリフが、目の前の料理を一通り眺めてから、ゆっくりと頷いた。
「……うむ。
これは、なんとも豪勢だな」
中世基準なら、王侯貴族の晩餐レベルだ。
それが昼前の学食で出てくる。
「学園都市、恐ろしいところですニャ……」
ニーヤが、皿の山を前にして耳をぴくりと動かす。
「一人前の定義が、明らかにおかしいですニャ」
ユウキはワインのグラスを手に取り、光に透かして眺めた。
「……ホント、なんでもあるよね。
このワインもさ、向こうじゃ見たことない味だし」
香りを確かめて、一口。
「安っぽくないのに、変に気取ってない。
飲みやすいっていうか……」
「それ、完全にハマのオッサンのコメントやで」
よっしーが即ツッコむ。
「え? そう?」
「せや。
“赤は赤やな”とか言い出す前兆や」
「言わねーよ」
ヤスがビールを一気に飲み干し、満足そうに息をついた。
「いやぁ、ええ場所やなここ。
騒がしくもないし、飯はうまいし」
「観光客みたいなこと言うな」
「観光やろ?
命張ったあとのメシやぞ?」
その言葉に、テーブルの空気が一瞬だけ緩む。
誰も否定しなかった。
戦闘は終わった。
警備は警備が引き継いだ。
だから今は、何も考えずに食っていい時間だ。
「いただきますニャ」
ニーヤがそう言って、慎重に一口。
目が丸くなる。
「……美味しいですニャ」
「そらそうや」
ハッサンが肩をすくめる。
「学園都市の食堂は、学生の胃袋を掴めなければ淘汰されますから」
「怖い理屈だな」
クリフが苦笑する。
ユウキはフォークを置き、少しだけ背もたれに体を預けた。
「……なんかさ」
ぽつりと。
「こういう時間、久しぶりだな」
誰も返事をしない。
けれど、空気がそれを肯定していた。
外では、学園都市の日常が、何事もなかったように回っている。
少なくとも、今このテーブルの上では。
…多分
料理もだいぶ減り、グラスの中の泡が落ち着いた頃。
「……あれ?」
背後から、少し間延びした声がした。
「もしかして、ユウキ?」
振り向くと、作業着姿の青年が立っている。
袖をまくり、土の匂いをそのまま連れてきたような格好。
「ロウル……?」
「やっぱり。
中央塔で見かけた気がしたんだよな」
《蒼角》ロウル。
今は学園都市・農業区の管理に回っている。
「こんな時間に、珍しいな」
「そっちこそ。
農業区、今日は休み?」
「午前だけな。
納品終わって、腹減ってさ」
テーブルを一瞥し、目を丸くする。
「……なんだこの量」
「それは全員の感想や」
よっしーが即答する。
「相変わらずだな、この街」
ロウルは苦笑して、ユウキに軽く手を振った。
「じゃ、邪魔したな。
俺は向こうで軽く食ってくる」
「おう」
それだけ言って、ロウルはカウンターの方へ消えていった。
――ほんの数分後。
「……あ」
今度は、はっきりした足音。
「やっぱり、こちらでしたか」
落ち着いた声とともに現れたのは、ツグリだった。
きちんとした服装。姿勢も整っている。
「クリフ様」
クリフが顔を上げる。
「ツグリ?
どうした」
「訓練後にお見かけして。
昼食はもうお済みですか?」
テーブルを見て、一瞬だけ言葉を失う。
「……済んでいないようですね」
「量の話なら、もう諦めろ」
ヤスが真顔で言う。
ツグリは一度だけ息を整え、改めてクリフを見る。
「でしたら……
今夜、夕食でもご一緒できればと」
一瞬の沈黙。
「――あ、いや」
クリフが、ほんの少しだけ間を置く。
「今夜は……予定があって」
「ご予定?」
「……ユウキと」
その場の空気が、一拍止まった。
「え?」
ユウキが素で声を出す。
「え?」
ツグリも同時に首を傾げる。
「……仕事の話だ」
クリフは即座に補足する。
「学園の件でな」
「そ、そうでしたか……」
ツグリは一応納得したように頷くが、
目は明らかに疑っている。
「プッ……」
よっしーが、耐えきれずに笑う。
「クリフ、今の苦しすぎるやろ」
「顔に出てるで」
ヤスも続く。
「ユウキ巻き込むんは反則や」
「……静かにしろ」
ニーヤは、くすくすと笑いながら言った。
「我が主人、予定に組み込まれておりますニャ」
その時だった。
「――あら」
少し疲れの混じった、しかし張りのある声。
「ずいぶん賑やかだね」
作業着姿の女性が二人、立っていた。
工場帰りらしく、袖には油の跡。
「母さん?」
クリフが立ち上がる。
「久しぶり」
「おう。
元気そうじゃないか」
同僚がテーブルを見て笑う。
「なにこれ、すごいねぇ」
「学園の食堂です」
クリフが答えると、
「……え?」
ツグリが、はっと息を呑んだ。
「お母様……?」
空気が固まる。
「えーと……?」
母が困ったように首を傾げた、その次の瞬間。
「未来の義理娘です」
ツグリが、きっぱり言った。
「ブッ――!!」
クリフが完全にワインを吹いた。
「ツグリ!!」
「ふーん」
母は一瞬黙り、にやりと笑う。
「アンタ、モテるねぇ」
「違う!」
「否定早すぎ」
同僚が笑う。
よっしーとヤスは完全に面白がっていた。
「これは祝杯やな」
「ワイン足りる?」
ハッサンまで苦笑する。
その喧騒の中で、ユウキは少しだけ視線を落とした。
(……別世界だな)
誰かに想われるとか、
家族がどうとか。
自分の人生には、ほとんど縁がなかった話。
ニーヤが、そっと声を落とす。
「我が主人、無理に混ざらなくていいですニャ」
クリフも、視線を逸らしたまま言った。
「……お前は、ここにいればいい」
それで十分だ、と。
ユウキはグラスを持ち上げ、軽く息をついた。
「じゃあ……もう一杯だけな」
騒がしい昼は、まだ終わらない。
今回の話は、戦いのあとに残る「日常」の時間を描く回でした。
学園都市という場所は、
英雄が暴れなくても回る街であり、
同時に、英雄たちが「ただの人」に戻れる場所でもあります。
ブランチの場面では、
•よっしーとヤスの大阪ノリ
•クリフの家族という地に足のついた存在
•ツグリの暴走気味な真っ直ぐさ
•そして、場違いになりがちなユウキの立ち位置
それぞれの「人生の距離感」が、同じテーブルの上に並ぶように配置しました。
ユウキは特別モテるわけでもなく、
誰かの中心にいるわけでもありません。
けれど、
「そこにいること」を否定されない。
ニーヤやクリフの、さりげない一言は、
この世界でユウキが“居場所を持っている”ことの証明でもあります。
次回は視点を切り替え、
あーさんとノクティア側の物語へ。
静かな鍛錬の中で、
夜を生きる者が、また一段階、姿を変えます。
——戦わない時間もまた、物語の一部。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




