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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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風神の秘宝篇 その二 高空の断層《ワイバーンエリア》



 トレノ号が風鳴きの都を離れたのは、朝の七つ刻。

 塔の上層を抜けると、空は一気に蒼から群青に変わった。

 雲が下へ沈む。代わりに耳が痛む。

 気圧の壁を突き抜けるたび、エンジンが低く唸った。


「うわぁ……これ、完全に雲の上やんけ」

 よっしーがハンドルを軽く叩く。

 タッチパネルには風向と高度が円弧で描かれ、指で弾くと旋回が応じる。

 空中モードの感覚にも、もう慣れたらしい。


「ダーリン! 雲の海なのだぞ!」

 ルフィが後部ハッチから身を乗り出して、両手を広げた。

「危ないから座れや!」

「だいじょーぶ! 飛べるし!」

「せやから危ないっちゅうねん!」


 トレノ号の外壁が淡く光る。浮遊コイルの音が微かに低くなり、

 風が、まるで何かを伝えたがっているように唸った。

 あーさんが窓に手を当てる。


「風の拍が、乱れておりますわね……」

「乱れ?」ユウキが振り向く。

「ええ。まるで――誰かが、呼んでいるような」

 二鈴が、チリン、チリリンと短く鳴った。


「ミカ、上空の情報は?」


『通信不安定。高度六千から八千の間に“風断層”を確認。

自然発生ではありません。強い魔素が風向を歪ませています。』

「歪ませてる……?」

『原因不明。ただ、飛翔系魔物の反応も複数。』


 よっしーがモニターを切り替える。赤点が七つ、十、十五――増えていく。

「……来るで。」


 そのとき、雲の層が裏返るように波打った。

 轟音。風そのものが悲鳴をあげる。

 そして、現れた。


 ――ワイバーン。

 青銀の鱗が陽光を弾き、翼の縁から電光が走る。

 群れは十五、いや二十を越えていた。

 彼らの瞳は怒りではなく、怯えを映している。


「乱れてる……風が怖がってるですニャ」

 ニーヤが杖を握りしめる。「主、《あるじ》!」

「わかってる、倒すんじゃなくて――落とさず鎮める!」

「非致死・ほどほどやな!」よっしーが舵を切る。「いくで!」


 トレノ号が急旋回。

 尾翼のフラップが開き、リングコマンドに風術モードが点灯する。

 ルフィが外に飛び出し、翼を広げたワイバーンの背に着地した。


「ダーリン! こっち任せるのだぞー!」

 そのまま翼の根元を拳で軽く叩く。「落ち着くのだぞー!」

 ワイバーンが低く唸る。

 ルフィの拍が風を揺らし、数頭が速度を落とした。


「ようやるわ……! リンク、サポート!」

「キューイ!」

 暴れウサギが跳ね、空中で回転しながら二段ジャンプ。

 尻尾でワイバーンの翼を軽く叩き、風向を変えて衝突を防ぐ。


 ユウキは短刀イシュナールを抜いた。

 刃が淡く光る。

 風を切らず、撫でるように払う――それだけで周囲の乱気が整っていく。

「……拍を合わせるだけで、風って、静かになるんだな」


「主、《あるじ》、上ッ!」

 ニーヤの声。真上から一頭が急降下。

 ユウキは身を屈め、刃の平で風を押し返す。

 突風が反転して、ワイバーンの軌道がずれる。

 そこへ、よっしーの盾腕輪が輝いた。


「リバース・ガード!」

 空気の壁が跳ね返り、衝突の衝撃を風に変える。

 爆音が消え、風だけが旋回した。


「ええ拍ですわ」

 あーさんが杖を掲げ、二鈴を鳴らす。

 響きが波紋となって、空を包み込む。

 鱗がきらめき、ワイバーンたちの瞳が順に静まっていく。


「ふむ……乱れが消えた」クリフが呟いた。

 守律剣カデンツァの刃先が淡い風をまとう。

「やはり、彼らは暴れていたのではなく――苦しんでいたのだ」


「ガガ、怖いけど見たダゾ!」

「偉い偉い」よっしーが笑って頭を撫でる。「ほら、もう大丈夫や」


 その瞬間。

 空が――裂けた。


 青空と群青のあいだに、一本の白い亀裂。

 そこから放たれる光は風そのものの色。

 そして、声が響く。


 > 「……我が子らの拍、なぜ乱れた。」


 風が形をとる。

 十翼の巨影。

 翼膜が雲を裂き、虹のような尾を引く。

 ――風神ガルーダ


「出たぁぁぁぁ!!」よっしーが叫ぶ。「これ、ボス戦やろ!?」

「うむ……でかすぎる」クリフが呆然と呟く。

「ダーリン! あれ、たぶん怒ってるのだぞー!」

「たぶんじゃなくて確実や!」


 ガルーダの眼が、ユウキたちを見下ろす。

 だが、その奥には――怒りよりも“悲しみ”があった。


「地に縛られぬ翼よ、なぜ拍を歪める」

「……我らは歪めてない。むしろ整えに来た!」ユウキが叫ぶ。

「ならば、示せ――風を鳴らさずに。」


 嵐が巻く。

 トレノ号が大きく揺れ、よっしーが操舵を押さえる。

 「ニーヤ、風魔法! 対流をずらせ!」

 「了解ですニャ、《ウィンド・カーヴ》!」

 風が蛇行し、突風の流れを二重螺旋に変える。


 あーさんの二鈴がそこへ重なり、旋律の蝶番ができた。

 ユウキはイシュナールを構える。

「非致死・ほどほど……いくぞ」

 刃が風を裂かず、ただ“触れる”。

 その一撃が、風の核を共鳴させた。


 > 「……人の子が、風を置くか。」


 ガルーダの翼がひとつ、静かに閉じた。

 暴風が止み、ただ穏やかな上昇気流だけが残る。

 ユウキは刀を納め、ゆっくりと息を吐いた。

「……やっぱ、鳴らさなくても届くんだな。」


 ガルーダは風環を一つ残して姿を消す。

 それは羽の欠片のように輝き、ユウキの掌に落ちた。


「ダーリン! 勝ったのだぞー!」

「勝ちっていうか……鎮めた、やな」よっしーが笑う。

 トレノ号が安定し、雲海を抜ける。


 ウィンドフォールの街が見えた。

 風管塔が奏でる旋律は、もう乱れていない。

 あーさんが窓を開け、静かに言った。

「風は、ようやく笑っておりますわ」


 ミカの通信が再接続される。


『観測完了。風鳴きの都、安定化を確認。……皆さん、お見事でした』

『ただし、南方海域に異常気圧。潮の拍を検知。』


「潮、か……」ユウキが空を見た。

「次は、海の音だな」

 リンクが「キューイ!」と鳴き、ブラックがカーと短く応えた。


「よし」よっしーがスロットルを握る。「リゾート編、開幕や!」

「ダーリン! 水着いるのだぞー!」

「……水着どこに売ってんねんこの世界!」


 笑い声が風に混じり、トレノ号は南へ進路を取った。

 空の拍が、次の潮を呼んでいた。



→次章予告:風神の秘宝篇 その三 風神顕現ガルーダ


風を鎮めたはずの空で、なお鳴る微細な拍――

それは風神そのものの“声”だった。

ユウキたちは風環の奥に、次なる試練の形を見る。

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