鐘の丘の夜
【エピローグ:拍のあとに】
夕暮れの丘。
戦いの余韻を抱きながら、風がそっと通り抜ける。
ユウキが空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……酒、飲みてぇ。」
よっしーがにやりと笑い、リュックをあさる。
プシュッ。
軽い破裂音とともに銀色の缶が光をはね返す。
「しゃーないなぁ。ほれ、“宝チューハイ”。
氷河期時代を生き延びたサラリーマンの栄養ドリンクや。」
「お前、それまだ持ってたのかよ。」
「時空も越えたし、賞味期限も越えたやろ。」
「ははっ、これ令和だったらアウトなやつだな。」
クリフがそっとユウキの肩を叩く。
重くも軽くもない、その一拍。
眼差しは静かに笑っていた。
「――おぅ、飲もう。」
その一言に、すべてがほどけた気がした。
ユウキは頷いて缶を受け取る。
よっしーは背負い袋から次々と缶を取り出す。
「さぁさぁ、異世界でも乾杯せんかい!」
あーさんが缶を手に取り、
「未来のお酒……泡が、まるで祈りの玉のようにございますわ。」
ひと口含んで目を細めた。「あら……やさしい味がいたしますのね。」
ニーヤは耳をぴくりと立てて、「少し苦いけど、心があたたかくなりますニャ。」
ツグリはおそるおそる口をつけ、「……こんな味、忘れてた。」と笑った。
ルフィは大はしゃぎ。「ダーリン! これ、ラブジュースなのだぞ!」
そして、よっしーがガガの前でしゃがむ。
「お嬢ちゃんには特別メニューや。チューハイちゃうぞ?」
彼が取り出したのは、同じ形の瓶に入った昔の炭酸飲料。
ラベルには、かすれたカタカナで「メロンソーダ」。
「これ、冷やしといたんや。気ぃつけや、ちょいシュワっとするで?」
プシュン! と音がして、泡が弾けた。
ガガが目を丸くし、舌に当たった刺激に肩をびくりと震わせる。
「ガガ、ダゾ!? 口の中で……星がはじけるダゾ!!」
その笑顔に、みんなが思わず笑った。
「ほな、いっせーのーで!」
「乾杯っ!!」
缶と瓶が軽く触れ合う。コトン。
夕陽の泡が星のように弾け、
その一瞬、戦いも痛みも遠ざかった。
ユウキが缶を掲げる。「……うまいな。」
「せやろ?」よっしーが笑う。「働いて、戦って、空見上げて飲む。――それが人間や。」
「……沁みるな、ほんと。」
風が二人の笑いを連れていき、
遠くの塔でひとつ、光が点った。
ミカの通信が届く。
『楽しそうですね。……いい音です。』
ユウキが缶を掲げる。
「ミカ、これが俺たちの“非致死報告”だ。」
白いカラスがカァと鳴き、
あーさんが二鈴を合わせる。
二拍。静けさと笑いが夜気に溶けていった。
塔の灯が呼応するように揺れ――夜が、始まった。
よっしーが缶を掲げ、「ほな、もう一周いっとこか!」
その瞬間、トレノ号のスピーカーから、
低いベースラインがゆっくり鳴り出した。
“Got a wife and kids in Baltimore, Jack…”
ユウキが目を丸くする。「おい、これ……スプリングスティーン?」
よっしーが鼻で笑う。「せや、“Hungry Heart”。人間は腹減っとるから生きてられんねん。」
クリフは聞き慣れぬリズムに首を傾げ、「ふむ、拍の取り方が面白いな。」
あーさんが目を閉じる。「西方の歌……異国の拍子に、どこか郷愁がございますのね。」
ユウキは空を見上げながら、小さく呟く。
「……分かるよ、腹も心も、ずっと“hungry”だ。」
ニーヤがくすりと笑う。「主、《あるじ》。なら次は、おにぎりでも持ってくるですニャ。」
よっしーが吹き出す。「炭水化物の拍やな、それ!」
歌声が夜風に溶け、丘の上に灯る拍がまたひとつ、温かくなった。
風がやみ、空が深くなる。
塔の灯が遠くに揺れ、頭上には無数の星。
誰も言葉を発しない。
それでも、拍は確かに生きていた。
よっしーが最後のウイスキーを掲げる。
「ほな……これで締めや。異世界と現代と、全部まとめて――乾杯や!」
ユウキが笑って頷く。
「おう、いい夜だな。」
「せやろ? もう寒いけど、心ぁあったかいやんけ。」
グラスと缶が小さく触れ合い、
コトン。
あーさんが二鈴を合わせ、
その音なき音が夜空に溶ける。
ニーヤがそっと囁く。「……星の音が聞こえるですニャ。」
クリフが空を見上げ、静かに言った。
「この世界も、ようやく息を吹き返したな。」
ルフィが無邪気に叫ぶ。
「ダーリン! 星も拍手してるのだぞ!」
ガガがメロンソーダの瓶を高く掲げた。
「ガガも、カンパーイ、ダゾー!!」
みんなの笑い声が風に乗り、
星々がきらめく。
泡が、光が、祈りが、すべてひとつになる。
――そして、
この夜、誰の鐘も鳴らなかった。
けれど、それぞれの胸で小さな拍が鳴っていた。
美しい星々とともに、乾杯。




