王都地上編・その三 ギルドの呼び出し ― 地下の拍
ギルド本部の扉を押すと、空気が変わった。
紙と革と鉄の匂い。外の喧騒とは違う、
事務と戦場のあいだにある静けさ。
ユウキたちは受付の木札を見上げた。
“スタロリベリオ支部・王都連絡室”。
文字の端に、小さくひび割れがある。
そのひびは、今日だけのものではなかった。
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【受付】
「お待ちしておりました、相良殿。
支部長が上でお待ちです。急ぎでとのことです」
受付の女性が差し出した通行札を受け取り、
ユウキたちは二階へ。
階段を上がるたびに、
足元の木がきしみ、空気が少しずつ重くなっていく。
部屋の扉をノック。
「入れ」
重い声。
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【ギルド長室】
室内には大きな地図が広げられていた。
王都と、その周囲の地形。
森、丘、古道、そして下層へと伸びる洞窟群。
ギルド長・グラフトは、灰色の髭を撫でながら
地図上の一点を指で叩いた。
「――この地点だ。
昨日から、地下で“拍の乱れ”が観測されている」
「拍……やっぱり、か」ユウキが呟く。
「一応、測定士たちは“地鳴り”と報告しているが、
君らの報告と照らすと違う。
井戸の刻印、影の発生……
すべて繋がっている可能性が高い」
壁際の通信端末がピッと光った。
ミカの声が響く。
『こちらソラリス塔・学園長ミカ。
王都の地下拍、こちらでも微弱な反応を確認しています。
波形が塔の旧素子と酷似――人為的な干渉の可能性大です』
よっしーが腕を組む。
「まーた塔の残骸やな。ほんま、どこにでも転がっとる」
ギルド長が頷く。
「“どこにでも”では済まん。
今回の震源は……地下に掘られた旧坑道。
五十年前、閉鎖された鉱洞だ。
だが今朝、巡回兵が奥で光を見たという」
「誰かが動かしている……」あーさんが低く言う。
「はい。しかも、それを“隠して”いる。
我々の測定では拾い切れないよう、
拍律をずらしている形跡がある」
ユウキは地図を覗き込んだ。
円を描く坑道、その中心に“×”印。
見覚えがある配置だった。
塔の回路図、下層階層の循環線に酷似している。
「……誰かが、塔を模してる」
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【依頼】
ギルド長は羊皮紙を取り、正式な依頼文を置いた。
“地下拍調査任務・第一班:ユウキ一行”。
報酬は控えめだが、注記があった。
『危険度未定。非致死行動優先。』
ユウキはサインをして言った。
「了解。非致死・ほどほどで行きます」
ギルド長が小さく笑う。
「ほどほど……その言葉、気に入ったぞ」
よっしーが軽く敬礼する。
「ほな、王都名物・ほどほど行軍や」
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【ギルドを出て】
外に出ると、日が傾き始めていた。
石畳が橙に染まり、街の影が長く伸びていく。
遠くで鐘が鳴る。
けれど、彼らは誰も動じなかった。
“鐘は鳴らさない”のが、自分たちの流儀だから。
ルフィが空を見上げる。
「ダーリン、夜に飛ぶのだぞ?」
「ちゃうちゃう、地底に潜るねん」
「地底!? 夜より暗いのだぞ!!」
ニーヤが笑う。
「炎を灯しますニャ。怖くないですニャ」
ガガは興味津々に尻尾を揺らす。
「ガガ、下の音、きいてみたいダゾ!」
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【準備】
宿で装備を整える。
ユウキは短刀《静穏環刀イシュナール》を腰に下げ、
よっしーは腕輪型盾を起動。
あーさんは杖《明照》を磨き、
二鈴の紐を結び直した。
ニーヤは杖の星石を撫で、
クリフは剣を肩に担ぐ。
トレノ号は今回は待機。
ミカが遠隔監視モードに切り替え、
塔との通信を保証する。
『地上では有線範囲外になります。
ですが……あなたたちの拍は届いています。』
その声に、ユウキが微笑んだ。
「了解、ミカ。塔の方も踊るなよ」
『はい。今日は静穏律日ですから。』
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【出発】
王都南端、鉱山跡の入口。
鉄柵が錆びつき、封鎖札が風に揺れている。
“立入禁止”。
だが、札の裏に新しい刻印。
“研究区・進入可”。
あーさんが眉をひそめる。
「どなたか、勝手に許可証を……?」
よっしーが札の端をめくる。
そこに小さな刻印。
**“Ω”**の文字。
ユウキの背筋が凍った。
「……これ、塔の制御記号の一部だ。
あれを知ってるのは、内部の人間だけだ」
クリフが剣に手を置く。
「内部の、というより……元内部だな」
風が坑道の口を撫でた。
低く、唸るような音。
呼吸ではない。拍だ。
地下で、何かが息をしている。
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【下降】
ランタンを灯し、狭い通路を進む。
壁には昔の採掘の跡が残り、
金属の粉が光を反射する。
ガガが目を輝かせた。
「キラキラしてる……でも、音が、へんダゾ」
確かに。
ユウキの耳に、金属の響きではない
“呼び声”のような振動が届いていた。
「ユウキ……下だ」クリフが囁く。
「拍が……重なってる」
ニーヤが杖を掲げ、
炎の球を浮かべた。
光の下、床に描かれた魔法陣が現れる。
赤黒い塗料。新しい。
その中心で、光の欠片のようなものが
空気を震わせていた。
「……呼んで、いる?」
ユウキが一歩近づくと、
炎が“パチッ”と弾け、
床の陣が脈動した。
周囲の空気がひと呼吸遅れて波打つ。
「やばい!」よっしーが腕輪を展開。
「防御フィールド、即時展開!」
瞬間、光と音が反転した。
風が渦を巻き、石片が浮く。
黒い輪郭が、ゆっくりと形を取る。
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【出現】
それは、拍を喰う影だった。
声もなく、ただ存在する。
光を吸い、音を飲み込む。
まるで世界の余白。
ニーヤが呟く。
「……また、“あれ”ですニャ。拍を喰うもの」
ユウキは短刀を抜いた。
イシュナールの刃が淡く光り、
音のない音を響かせる。
クリフが横に並ぶ。
「非致死で抑える。――行くぞ」
光が跳ねた。
影が広がる。
そして、洞窟の奥から、
誰かの声が重なった。
「……成功だ。
あとは“神の音”を……」
その声は、ノイズ混じりの機械音。
だが、どこかで聞いたような冷たい響きだった。
ミカの通信がざらつく。
『ユウキさん、その声……解析中……ディー……ト……ハル……』
ノイズで途切れる。
ユウキの目に、怒りと迷いが一瞬に宿った。
「……ディートハルト、か」
影が膨らむ。
次の瞬間、拍が――裏返った。
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(次回・王都地上編その四「静音戦」へ)




