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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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幕間・静穏律特例日 ― ラーメン交響館(来賓篇・献花エンド)



 塔の上層は、朝からざわめいていた。


 「静穏律」──塔全域に流れる無音の規律。

 それが一年に一度だけ解かれる日が、今日。

 塔は“音を許す”日となる。


 主催者は、塔の管理者であり学園長AIミカ

 そしてテーマは、異界文明の再現実験――

 その名も《ラーメン交響館》。


 その響きに首を傾げる旅人が、ひとりどころではなかった。






来賓たちの再会


 「……まさか、全員ここに?」

 ユウキが言うと、隣でよっしーが手を振った。

 「せやせや、偶然にもや!まるで盆帰省やないか!」


 塔の門前に立つのは、見知った顔ぶれたちだった。


 黒衣の剣士クリフ。

 猫魔導士ニーヤ。

 古風な衣のあーさん。

 そして塔にたどり着いた旅人たち――


 エレオノーラ、ルゥ、タリア、ダン、カイ。

 全員が目を丸くしていた。


 「……何、この光景」

 エレオノーラが呟く。

 塔の広場には屋台が並び、湯気が立ちのぼっている。

 学生やAIたちが歓声を上げ、スープをすする音が交錯していた。


 「なぁ、これ……食いもんか?」

 ダンが鼻をひくつかせる。

 「塔の祭り、らしいで」よっしーが笑う。

 「祭り……? 塔で?」タリアが眉をひそめる。


 ミカが現れた。白衣の裾を揺らしながら。

 「皆さま、ようこそソラリス学園へ。

  本日は静穏律特例につき、“音を立てても罰則はありません”。」


 「音を……立ててもいい?」

 ルゥが小首を傾げる。

 「はい。本日は“すすり音”の祭典です。」


 「すすり音……?」

 旅人一同、完全に“なんじゃこりゃ”状態だった。





文明のショック


 屋台を回る。

 「拍律スープ」「自動湯切り装置」「汁奏オーケストラ」。

 目に入るものすべてが理解不能。


 「これが……ラーメン?」ユウキが呟く。

 「せや。日本の食文化や。ワイが生きてた時代じゃ国民食やったで」

 よっしーが胸を張る。

 「スープと麺をすする……音で味を奏でるんや。」


 エレオノーラは眉をひそめた。

 「食事に音……? はしたないんじゃないの?」

 「ちゃうねん。これは礼儀や。 感謝の音やで。」



 ミカが頷く。

 「彼が言う通りです。

  ──この塔にラーメンを遺したのは、“平塚太一”という転移者でした。」


 その名を聞いた瞬間、ユウキが息を呑んだ。

 「太一さん……平塚太一……」

 「……ミカを作った人?」

 「はい。彼は異界の文化をこの塔に継ぐことを願っていました。」





拍の祭典



 塔のホールで“すすり交響曲”が始まる。

 数百の丼が湯気を上げ、すすり音が重なり合う。

 塔の壁面がわずかに共鳴し、光が脈打つ。


 「……塔が鳴ってる」ルゥが目を見張る。

 「音を、喜んでるんや」よっしーが微笑む。


 ニーヤは尻尾をふり、「ラーメン魔導……奥が深いですニャ」

 タリアは「これ、音響兵器に転用できそう……」と本気で考え、

 クリフは麺の角度を測定していた。


 ──それぞれの理解は、自由だった。





献花の儀


 スープがすべて配られたあと、ミカが壇上に立った。

 「皆さま、これより献花の拍を。」



 天井に映し出される映像。

 白衣姿の青年が笑っている。

 稀人・平塚太一。



『……人は音を恐れるが、音こそ命の証だ。

 誰かが笑ってすすった音が、

 この世界のどこかで鳴り続けてくれるなら、

 それでいい。』


 映像が途切れる。

 会場に静寂が降りた。

 湯気の中で、塔が“ぽん”と鳴る。


 ミカが目を閉じて言った。


 「──これが、彼への献花です。」





ルフィの涙


 ルフィが、丼を両手で抱えたまま震えていた。

 「ルフィ?」ユウキが声をかける。

 唇を噛みしめながら、彼女は小さく呟いた。


「……と……父ちゃん……」


 よっしーが振り返る。

 「え?」

 「ミカの……父ちゃんやろ……」

 ぽろぽろと涙が落ち、丼に波紋を描く。

 「うわぁあああああん!!!」

 ルフィは爆発的に泣き出した。

 「父ちゃん、いいやつだったんだなあああ!!!」


 よっしーが慌てて肩を貸す。

 「アホ!!泣くなや!! ……うわ、ワイのTシャツ!!」

 「ひっく……ぐすっ……」

 「鼻水でべっとりやないかー!!!」


 塔中に笑いが広がった。

 ミカが静かに目を閉じ、塔がもう一度だけ“ぽん”と鳴る。


 それは、まるで「ありがとう」と言うようだった。





夕暮れ


 祭りが終わり、塔の照明が金色から青へと変わる。

 ユウキが空を見上げた。

 「……太一さんの残した音、ちゃんと届いたな」

 あーさんが二鈴を鳴らす。

 「礼の音は、人の心で鳴りますのね……」


 よっしーがまだTシャツを拭きながら笑う。

 「ほんまや、ラーメンてすごい文明やで……」

 ニーヤ「鼻水の拍、強すぎますニャ」

 「うるさいわ!」


 全員が笑い、塔が一拍、静かに返す。


「塔は今日も、生きている。

 誰かの音が、未来に届くように。」


 夕暮れの湯気が、金色の空へ溶けていった。





【了】


幕間・静穏律特例日 ― ラーメン交響館(来賓篇・献花エンド)


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