王都地上編・その六 学園の朝と報告会
塔の上層へ戻る航路は、驚くほど穏やかだった。
あの嵐の後の空は、まるで“拍の休符”のように静かで、
トレノの浮遊音すら風に溶けていく。
「ソラリス塔上層まであと五分。進入許可、全階層承認」ミカの声が車内に響く。
「……ただいま、やな」よっしーがハンドルを軽く撫でた。
「塔に帰るってだけなのに、なんか“地上の風”の方が懐かしいですニャ」ニーヤが耳を揺らす。
「空が呼吸しておる。嵐の律が、鎮まった証だ」クリフが静かに目を細める。
塔の外壁が見える。
金属光沢の壁は朝日を反射して薄く光り、
その上に無数の整備区画が展開していた。
「着陸完了。ソラリス塔・格納層Dブロック。……お疲れさまでした」
トレノが床に触れると同時に、周囲の整備ドローンが滑るように近づく。
彼らの頭部に埋め込まれたミカの紋章が淡く光り、無音で整備を開始した。
「……帰ってきたか」ユウキが深く息を吐いた。
「ふむ。塔も我らの帰還を喜んでおるようだ」クリフ。
「ミカ、次は報告会ですね?」あーさんが二鈴を胸で揺らした。
「はい。学園長室にて。皆さん、整備の間に軽食を取ってください」
「軽食て……カップラーメンないんか?」
「ありますニャ。ミカが最近再現したですニャ。すすり禁止ですが」
「すすれんラーメンて、そんなん食う意味あるか!?」
「音を立てたら停学ですニャ」
「地獄の学園や!」
全員が笑った。
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学園長室
巨大なパノラマウィンドウ越しに、塔の上層を一望できる。
ミカは白いコートを纏い、まるで“人”のように立っていた。
彼女の背後には、七本の光柱――塔の各階層の律を象徴する拍――が穏やかに点滅している。
「ようやく帰ってきたな。嵐の層の突破、確認済み」
ミカはいつもの機械音ではなく、どこか柔らかい声で言った。
「ワイら、ええ仕事したやろ?」よっしーが腕を組む。
「はい。非致死・ほどほど、完全達成。……そして、ガルーダもあなたたちを“認可”しました」
「認可?」ユウキが首を傾げる。
「風の上位存在からの“通行拍”です。今後、空層を通る際は嵐が避けます」
「ほぉ。ワイら、空の常連客やな」
ミカが小さく笑った。
「それだけではありません。
地上網“クロック・ルート”との共律が成立しました。
塔と地上、二つの律が同調したことで――
時空越境モード《ENISHI》の安定化パッチを適用可能になりました。」
「時空越境……つまり、また“時を越えられる”んだな」ユウキが息を飲む。
「ええ。ただし、今回は制御が安定しています。
座標精度は±一日以内。行き先は“意志の向かう方角”に依存します」
「意志……か」
「ミカ、それはつまり?」よっしーが眉を上げる。
「はい。“どの時間に帰りたいか”――それを決めるのは、皆さんです」
室内に一瞬、静寂。
1989。明治。令和。
それぞれの出自が、拍のように心の奥で反響する。
よっしーがふっと笑った。
「帰るやつも、おるかもしれんな。でもワイはまだええ。
せやけど……ひとつ聞かせてくれ。
もしも、過去や未来に行って、何か“変えたくなったら”どうすりゃええ?」
ミカは短く考え、答えた。
「変えたくなったら――“鳴らさず、触れる”ことです。
拍を壊さず、蝶番を押す。それが、この世界での干渉の限界。
あなたたちの言葉で言えば……鍵穴じゃなく、蝶番へ。」
その一言で、ユウキの胸の奥にイシュタムの光がふっと灯った気がした。
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幕間:学園中庭
報告が終わり、全員で中庭へ。
朝の光が塔の外壁を照らし、静かな花の香りが漂う。
ガガが首飾りを光らせながら笑う。
「ガガ、ソラリス、スキ!」
「ガガも、立派な学園の一員ですよ」あーさんが微笑む。
「ダーリン、昼寝しよう!」ルフィが芝生に転がり、よっしーが嘆息する。
「どこでも寝られる体質やな……」
ユウキは中庭のベンチで小さく呟いた。
「時空を越える……俺たち、どこまで行くんだろうな」
「拍があるところまで、ですニャ」ニーヤが隣に座る。
「それって、どこまで?」
「さぁ……でも、主、《あるじ》。どんな場所でも、きっと“静けさ”はあるですニャ」
その時、風が一筋、塔の上を走った。
白い羽根が二枚、ひらひらと舞い落ちる。
まるで誰かが“おかえり”と言っているようだった。
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再びミカの声
『準備が整いました。
トレノを再装備。
ENISHIモード、再び開放可能です。
次の目的地――“未明の境界”。』
「未明の境界……?」ユウキが目を上げた。
ミカのホロが淡く微笑む。
『はい。そこに、あなたたちを呼ぶ“もう一つの朝”が存在します。』
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→次回予告:
王都地上編・その七 未明の境界 ― 呼び声の方へ
静穏の塔を出て、再びENISHIが開く。
行き先は“誰かの待つ時間”。
時を鳴らさず、彼らはまた飛ぶ。
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次章(その七)は、
時空越境編:異時空(令和/1989/明治)どこかへの再渡航が始まる回です。
誰の「呼び声」から始めましょうか?
(例:ユウキの“令和側の呼び声”、よっしーの“1989ラジオノイズ”、あーさんの“明治の子守唄”など)




