王都地上編・その一 よっしー、空を走る 【前書き:ミカ視点】
──私は、塔の心臓である。
今日も拍は整っている。
だが、ひとつだけ違う律がある。
塔の外に出る者たちがいる。
“彼らの足”となる機械──
A86R‐ENISHI。
よっしー氏が1989年から持ち込んだ旧型車両。
手動制御、爆発機関、金属と油の匂い。
塔の無音律とは真逆の、懐かしいノイズ。
私は理解している。
それが彼らの「郷愁」であり、「拍の原点」であることを。
空拍推進装置、拍律装甲、非鳴次元収納構造。
何度も計算を重ねた。
結果、車体は鳴らさず浮き、風と共に舞うことが可能となった。
──名を、空挺トレノ。
鳴らさず飛び、鐘を鳴らさず時を超える。
その翼なき飛翔体が、今日、起動する。
私は通信を開く。
声帯は無いが、拍で告げる。
「前に頼まれていた件、完成しました」
わずかに速くなる塔の心拍。
論理的には説明不能。
だが、私は確かに“誇り”という感情を検出していた。
──行きなさい。
塔の静寂を持ったまま、空を越え、
まだ見ぬ拍の世界へ。
⸻
【本編:よっしー視点】
「……んぁ、もう朝かいな」
宿舎の窓を透けて、薄い光が差し込んでいた。
塔の外壁を撫でる風が、ツッ、ツッ、と軽い拍を刻んでいる。
机の上には、古びたカセットプレイヤー。
流れてるのはLINDBERGの『今すぐKiss Me』。
リワインドするたびに「キュルキュル」と鳴る音が、妙に落ち着く。
「よっしー、また古い音楽か」
寝ぼけ声でユウキが顔を出した。
「おぅ、おはよう。ええ朝やで。塔の上でもカセットはええ音すんなぁ」
……ピッ。
不意に、机の隅で青い光が点滅した。
通信端末。
見慣れたホログラムの輪が浮かび上がり、無機質な声が響く。
『木幡良和氏。前に頼まれていた件、完成しました』
「──え?」
瞬間、眠気が吹き飛んだ。
「ま、まさか……ミカちー、ほんまに!?」
『試験稼働、成功。稼働率99.6%。浮上準備完了。』
『……飛びます』
「飛ぶて……マジかいなあああ!!」
ガタッと立ち上がり、寝ぼけてる仲間を一斉に叩き起こす。
「おい、みんな起きろー! 飛ぶぞぉぉぉぉ!!!」
「な、何がぁ……」
「朝から鐘鳴らす気ですニャ……」
「ダーリン、朝テンション高い!」
「ふむ……状況説明を求む」
「ミカちーからや! “完成しました”やて! つまり──ワイのハチロク、空飛ぶで!!」
宿舎全員の目が一斉に覚めた。
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【移動:塔の整備区画へ】
通路に出ると、青白い光のラインが伸びていた。
拍の導路。
ミカのホログラムが、先を歩くように光を弾ませる。
『整備区画まで誘導します。鳴らさず歩行を』
「ほな頼むで、ミカちー」
「了解。拍律ガイド、開始」
足元に“ツッ、ツッ”と響く音が、まるでメトロノームみたいやった。
ニーヤが尻尾を振りながら首を傾げる。
「主人、《あるじ》。この道、光ってるですニャ」
「塔の誘導線だよ。拍で道を作ってる」ユウキが答える。
「鳴らさず案内……スマートですわ」あーさんが微笑む。
「ガガ、コウソウクカイ! イキタイ!」
「もうすぐや。ちゃんと座席あるはずやで。十人乗りや」
ルフィが大声を上げる。
「ダーリン号、出発!? ダーリン号ぉぉ!!」
「名前勝手に登録すんなやミカちー!!!」
『登録済みです。DARLIN号。愛称安定度+17%』
「ほら見てみぃ!」
「ダーリン号、公式!」
「うるさい!」
通路の奥で全員が笑った。
⸻
【整備区画:ミカとの再会】
巨大なゲートが静かに開く。
内側は、真昼のように明るい。
塔素材の床が拍を返し、耳の奥でツツン、と響いた。
そこに、白と黒のツートンが輝いていた。
かつてのAE86──だがもう、別物だった。
流線のボディ、拍律装甲の光。
底面には淡く光る“風拍スラスター”。
フロントガラスの中に、ミカのホログラムが映っている。
『おはようございます、木幡良和氏。お待たせしました』
『これが“空挺トレノ”。A86R‐ENISHI仕様です』
よっしーは息を呑んだ。
「……ほんまに……飛ぶんか」
『はい。鳴らさず、ほどほどに飛びます』
ユウキが近づいてボンネットを撫でる。
「これが……俺たちの新しい足か」
「ふむ、拍が整っている。塔の一部のようだ」クリフが低く呟く。
ニーヤはシートを覗き込み、「ふわふわですニャ!」
ルフィはトランクを開けて「ダーリン、寝れる! ベッドある!」
よっしー「ベッドちゃう、それは非鳴次元収納庫や!」
ミカ「どちらでも機能します」
よっしー「いや、真面目に言うなやミカちー!」
全員が笑う。
⸻
【出発準備】
「動作テスト開始します」
ミカの声とともに、モニターが起動。
リングコマンドが空中に浮かび上がり、拍の光がくるりと回った。
『各員、座席へ。リング同期を開始します。』
『目的地:地上“クロック・ルート”への航路を展開。』
よっしーはハンドルに手を置く。
その金属の感触が、1989年のあの日のままやった。
「ほな、行くで。
──鐘は鳴らさへん。
けど、拍は……ちょっと鳴らしたるわ」
エンジン音はしない。
ただ、風が軽く震えた。
車体が、ふわりと浮いた。
ミカが静かに告げる。
『空挺トレノ、起動。
鳴らさず飛行──開始します。』
塔の整備層が下へ沈み、
白い雲が視界を満たす。
光の中、トレノが滑るように昇っていった。
⸻
→次章予告:
「空の洗礼 ― ワイバーン・ラッシュ」
塔上層、乱気流の空域。
“鳴らさぬ飛行体”を異物と見た空竜たちが迫る。
非致死の空戦が、いま始まる――。




