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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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-地底探検の章- 黒糸の核

前書き(ノクティア視点)


 祈りには二つある。

 ひとつは、救うための祈り。もうひとつは、救いを邪魔しないための祈り。

 この地下でわたしが捧げているのは、後者に近い――仲間の拍を乱さず、鐘を鳴らさず、蝶番だけを撓めるための、薄い薄い祈りだ。


 黒糸の門を越え、第一墓所を鎮め、さらに奥へ。

 空気そのものが「鳴ろう」とする層を降りるほどに、祈りは刃ではなく、絹であるべきだと知った。強く押せば鳴る。切れば叫ぶ。ならば撓める。ほどほどに封じ、ほどほどに通す。


 彼らは強い。

 ユウキは不器用に迷うが、最後に正しい場所へ指を置く。

 クリフは受けて流し、よっしーは白い線で足場を見える化する。

 ニーヤは叱咤で迷いを削り、リンクは風になる。

 あーさんの二鈴は拍を揃え、サジとカエナの小技は戦場の穴を塞ぐ。

 セドリックとイルマは理を読み、黒糸の結び目に触れる道を拓く。

 わたしは、薄絹を落とすだけでよい。十分だ。


 いま、地底の祭壇に「核」が脈打つ。

 糸は生き、影は息をする。

 鐘は、鳴らさせない。

 わたしは槍を握り、薄絹の祈りを重ねる。

 救うためでなく、救いを邪魔しないために。



祭壇は円形で、天蓋から垂れた黒糸が水晶核を吊っていた。核は脈動するたびに影を吐き、石壁の刻印がそれに小さく呼応する。近づけば近づくほど、胸骨が共鳴するような低い圧が増していく。


「……嫌な鼓動だな」

 クリフが呟き、弓を半ばまで引いたまま止める。


「見える化、入れるで」

 よっしーが白い粉線を床に引いた。円の外周から放射状に、踏める場所と踏めない場所が一目でわかる。


「我が主、火弾は使わないのです。光だけ散らす」

 ニーヤが掌に小さな光粒を浮かべ、核の表面でゆらめかせる。誘われた影の“目”が、わずかにそちらへ傾いていく。


「鈴、ふたつ」

 あーさんが二鈴を胸の前で重ね、ちり、ちり、と短く鳴らした。輪の拍がそろい、肩の上下が一つになる。


「……行く」

 ユウキは短剣の刃を下げ、指の腹を緩める仕草だけを確かめる。


 その瞬間、核の周りに黒い膜が走った。墓所の影が凝り、骸骨騎士と蛇影の混じった護り手が四体、祭壇の四隅に起き上がる。


「来たぞ!」

 クリフが一体を受け、剣を止めずに流す角度で押し返した。

「キュイ!」

 リンクが横から蹴り抜き、動きの根を揺らす。


「撒け!」

「おう!」

 サジが撒菱を扇状に散らし、カエナが竹槍で足甲の紐を突く。二人の小技で、護り手の踏ん張りの拍が崩れる。


「ふむ、核と護り手は同調。四拍、三小節目で張力が山だ」

 セドリックが床へ小印を刻む。「イルマ、三小節目頭で刺せ」


「了解。衝・針、薄手」

 イルマの指がはじけ、空気の細杭が護り手の面頬の継ぎ目へ刺さる。力比べに持ち込まず、角度だけを奪う。


「静環・薄絹」

 わたしは薄い光の膜を隊列に被せ、斬撃の圧を半呼吸鈍らせる。押し切られないための、ほんの薄さで。


「主様、正面ではなく、核と“空気”の間にある蝶番に触れるです」

 ニーヤが鋭く、しかし落ち着いた声で言う。


「ああ……」

 ユウキは白線の上から一歩も外れず、核を吊る黒糸の根に沿った“見えない蝶番”へ指を当てた。

 切らない。押さない。撓める。

 短剣にまとわる薄光が、張力の角度だけをそっと変える。


 核の脈動が、半拍だけ遅れた。


『――代償』

 核の奥から、擦れた声が漏れる。

『蝶番ヲ外スナラ、血カ、命カ、記憶カ……』


「代償は払わん。撓めるだけだ」

 クリフが低く言い切り、護り手の刃をもう一段、流した。


「ほな、代償の代わりにサービスや」

 よっしーが懐から銀色の缶を取り出す。

「煙、薄めにね」イルマが目だけで合図する。

「任しとけ」

 噴霧。白い霧が黒糸の走向を縁取り、張力の線がはっきり見えた。


「そこ……“鳴る糸”が一本」

 わたしの視界に、細い白糸が浮かんだ。触れれば鐘になる危険な線だ。

「ユウキ、白は避けて。周りの細糸を先に撓めて」


「了解」

 ユウキは呼吸を整え、白糸の周りに束ねられた細糸を、順番に、指でやさしく滑らせた。

 一つ、二つ、三つ……半音ずれた和音が、核のうなりから抜けていく。


 護り手の動きが鈍る。核の光が一段落ちた。

 しかしすぐに、祭壇の刻印が青白く光り、糸が増える。


「押し切る!」

 クリフが前に出、リンクが頭上から喉元を蹴る。

 サジの木刀が鍔元を叩き、カエナの竹槍が足の拍を崩す。

 セドリックの連鎖解糸が結び目をほどき、イルマの衝が山を削る。

 よっしーの白線は踏段を示し、ニーヤの視線誘導が“見られる痛み”から仲間を外す。

 あーさんの鈴が、輪の拍をひとつに揃える。


「今だ、ノクティア!」

「承知」

 わたしは槍を水平に構え、祈りの縫い目を核の縁へ落とす。「ほどほどの封、薄絹二重」

 封は刃ではない。黒糸の角度を、撓めるだけ。


「……行く!」

 ユウキが最後の蝶番へ指を伸ばした。白糸には触れない。

 周囲の細糸を撓め終え、白糸は自重で音もなく垂れた。


 核の脈動が止む。

 護り手が一斉に崩れ、黒い霧となって祭壇の縁へ吸いこまれていく。


 静寂。

 天蓋から垂れていた糸は、そのほとんどが細くなり、ただ一本だけ、髪の毛ほどの太さで、祭壇の中央からさらに下へと延びていた。


「……生きてる、けど、鳴らない」

 ユウキが囁く。


「鐘、鳴っておりませぬ」

 あーさんが二鈴を胸に戻し、静かに頷いた。「蝶番は撓みました。見事にござります」


「やった、のか」

 よっしーが肩で息をして笑う。「いやぁ、ほんま……心臓に悪いわ」


「紐、使っておけ」

 クリフが第一墓所で得た《刻印よけの紐》をユウキの手首に巻く。「次は深い」


「矢じり、点灯」

 セドリックが壁の印章を指さす。矢じりの刻印が二重に光り、髪の毛ほどの黒糸と同じ方向――地の底へ向け、道を示している。


「……まだ続くのですニャ。我が主」

 ニーヤが尻尾を揺らし、すこしだけ笑った。「でも、今の主様ならいけるのです」


「キュイ」

 リンクが胸をつつく。


 ユウキは深く息を吸い、吐いた。

「非致死。ほどほど。鐘は鳴らさない。……いつも通りで」


 輪の拍が揃う。

 一行は、髪の毛ほどに細くなった黒糸の導きを追い、さらに深い層へと歩を進めた。



短いあとがき/次章予告



黒糸の核は“鳴らさず”撓め、護り手は霧へ還りました。残ったのは、さらに下へと伸びる一本の細い導糸。

次章は、矢じり印章が示す第三層・王家の記憶庫。

触れれば鳴る“書板”と、影を記録する“鏡の回廊”。

ほどほどに、前へ。

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