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黄昏に鳴らぬ鐘、イシュタムの魂を宿すさえない俺  作者: 和泉發仙


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鳴らさぬ鐘の術



 夜。城の影は黒を濃くし、三の刻が近づく。

 監察官ロディスは詰所で待機し、勇者団隊長は不承不承、外周の見張りを命じられた。

 一行とミレイナは鐘楼の梁へ“座”を渡し、足場を静かに移す。

「来る」ユウキの金眼が一瞬だけきらめく。イシュタムの魂が鼓面を撫でるように内側の鳴りを示す。

 ――ギ……ギギ……と、逆向きの音。三の鐘の軸に、紙のように薄い影がまとわりつく。

 あーさんが二鈴を重ね、半拍だけ世界を遅らせる。「今なら、ほどほどに届きましょう」

 よっしーはタイラップと可逆クランプで軸の遊びを固定し、ニーヤは“水の糸”で影の輪郭を浮かび上がらせる。

「人? いや……記録が人の姿を模している」クリフの斧が置き斧になり、逃げ道だけを塞ぐ。振らない武器は、扉にかかる重りのように影を座へ座らせた。

 ミレイナが震えながら巻物を開く。「鐘守の誓詞……“三の刻は祈りのために空ける。鳴らさぬ願いを運ぶために”」

 ユウキは頷き、指を一本、影の胸へ。

「鳴らないのは不正じゃない。残したいからだ。お前は、忘れられた願いの写しだろ」

 影は微かに波打つ。

 イシュタムが囁く。(奪えば静まる)

(奪わない。返す)

「――返礼札」ユウキは札を逆位相で貼った。奪うのではなく、戻す。

 影のひだがほどけ、紙片は鐘の内箱へ吸い込まれて、静かに消えた。

 三の刻、鐘は鳴らなかった。けれど、町じゅうの窓に薄い灯りがともり、人々は胸に手を当てた。鳴らさぬ鐘は、確かに届いている。


 下で見張っていた勇者団の若い兵が駆け上がる。「何をした! 鳴らなかったじゃないか!」

 ミレイナは彼に向き直り、短く言う。「だから、守れたの。祈りを」

 兵は口を開けたまま、次いで小さく頭を下げた。彼の目に映るのは、剣ではなく、蝶番。

 遅れて来た隊長は歯噛みしたが、監察官ロディスが手帳を閉じる。「記録する。“外来冒険者一行、非致死・非破壊にて鐘の逆位相を鎮め、祭祀規定を保全”。功労、書記ミレイナ同行」

 よっしーが肩をすくめる。「よっしゃ一杯やろか」

「今は鳴らさぬが良い」あーさんが微笑む。「鐘も、杯も」

 クリフはユウキの背にポンと手を置いた。「よく返した」

「うん。兄貴」反射で口にして、ユウキは気恥ずかしそうに頭をかく。

 ニーヤが尻尾を揺らした。「主殿、兄が増えたニャ」

「増やすな」クリフが苦笑し、ロディスまでも吹き出した。


 夜明け前、鐘楼に薄金の光。

 ミレイナが見送りに来る。「ありがとう。わたし……書類だけの人になりたくなかった」

「紙も扉も、蝶番が大事」ユウキが答える。「よかったら、また一緒に座を置こう」

 彼女は頷き、勇者団の紋章を外套の内側へしまった。外ではなく、内側に。

 城門を出ると、谷風が背を押した。

 鐘は鳴らない。けれど心は、静かに鳴っている。


――完――

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