ソラリスの塔編 第8話 里への帰還 ― 報告と夕影
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ポータルの光がふっと消え、代わりに湿り気を帯びた風が頬をなでた。
竹の葉がさらさらと鳴り、夕焼けに照らされた瓦屋根が朱く染まっている。忍びの里――塔での冒険を終えた俺たちは、懐かしい土の匂いと共に戻ってきた。
「お館さま!! ただいまぁーっ!!!」
カエナとサジが勢いよく駆け出し、門前に向かって叫ぶ。その声が、竹林の奥で反響した。
静寂を破るように、奥の母屋から障子がガラリと開く。
「おぉ……元気だねぇ。うるさいったらありゃしねぇ」
低めの声。現れたのは、特徴的なツンツン髪の女――ジョージア・フォン・ギルバート子爵。
羽織を無造作に引っかけ、片手には煙管、もう片方に木の湯呑。
目尻のしわが笑い皺になっていて、照れくさそうに口の端を上げた。
「よく帰ってきたじゃねぇか。……ほら、立ってねぇで座れ。腹減ってんだろ」
言葉はぶっきらぼうだが、声の奥に安堵が滲んでいる。
「……ジギーさん、まずは一杯、いいすか?」
ユウキが控えめに言うと、ジギーは一瞬だけ目を細め、口角を吊り上げた。
「まだ日は沈んでねぇ。報告してからだ」
「……了解っす」
ユウキが肩をすくめて笑う。
俺たちは母屋の土間を抜け、里の食堂へと向かった。軒先の行燈が揺れ、かすかに味噌と煮干しの香りが漂う。
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Ⅱ 和食堂の午後
食堂の中は木のぬくもりに満ちていた。
障子越しに差す夕陽が、座卓の上の親子丼を黄金色に照らす。
他にも猪の煮魚定食、ほうれん草の胡麻和え、湯気を立てる味噌汁――まるで日本の定食屋そのものだった。
「おお……懐かしい匂いだ」
ユウキが息を漏らす。
あーさんは湯呑の茶を両手で包み、うっとりとした目で湯気を見つめていた。
「ええ、……明治のわたくしからしても、ここは懐かしゅう感じますね。それに湯気が……優しい」
よっしーが笑う。「ほな、おかわり頼んどけ。優しさは腹から入るもんや」
その横で、カイルが妙に落ち着きのない目で周囲を見回していた。
そして――ミカエラと目が合った瞬間、ニヤリ。
「なぁ、ユウキ。あのねーちゃん、絶対オレに惚れてる」
「は?」
「いや、今の目線。あれはもう落ちたやつだろ」
「いやいや、どう見ても“在庫の棚”を見てただけだろ」
そのやりとりに、ニーヤが尻尾をぱたぱた揺らしながら呆れた顔をする。
「……バカなオスですニャ」
そんなやりとりをよそに、ミカエラが立ち上がった。
「決めました。わたしも食堂をやります!」
「はあ?」
全員の視線が一斉に集まる。ミカエラは微笑みを絶やさずに言葉を続けた。
「塔で見た“家”の記憶を、少しでも再現したいんです。ここなら、皆さんの笑顔を見られる」
その真っ直ぐな声に、リナがぽつりと「いいと思う」と頷いた。
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Ⅲ ダーリン騒動
その時、ルフィが胸を張って声を上げた。
「ダーリンの仲間だぞ!」
箸を持つ全員が固まる。
「……ダーリン?」とジギーが眉を上げる。
「ぎゃはは! ダーリンだってよ!!」
カエナとサジが転げ回りながら笑い、テーブルを叩いた。
「うっふんダーリン〜♪」
「こら、やめなさい!」リナが額に手を当てる。
ユウキは半眼でその様子を見ながら、ぼそっと呟いた。
「なんだよ、ダーリンって……」
その視線に気づいたクリフが、静かに隣に座って肩をポンと叩く。
「ユウキ。人は、誰かと笑うために生きている」
「……へっ、説教くせぇな」
あーさんが首を傾げて小声で、「せっきょう、とは?」と囁いた。
それにユウキが少し笑って、「いや、なんでも」と返す。
そんな空気の中、ルフィはケロリとした顔で両手を腰に当てる。
「だってダーリンがルフィって呼んでくれたんだからな! 特別な仲だぞ!」
「誰がダーリンやねん!」とよっしーがツッコミ、カエナとサジが再び笑い転げる。
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Ⅳ 報告
わいわいとした空気が一段落した頃、廊下の方から足音がした。
襖が開き、ジギーの後ろにエリンとラキが並ぶ。
エリンは手帳を、ラキは湯呑を持っている。
「さて……塔の報告、聞かせてもらおうか」
ジギーが腕を組み、真顔に戻った。
クリフ、ユウキが姿勢を正し、淡々と説明を始める。
スカルナイトとの戦闘、第二層の発見、機械仕掛けの家、平塚太一の研究室、
そしてルフィアーナとミカエラとの出会い。
ジギーは途中から何も言わず、じっと黙って聞いていた。
話が終わると、短く鼻を鳴らした。
「……上出来だな」
短い言葉だったが、温度があった。
「塔はまだ眠ってる。だが、確かに息づき始めてる。あんたらが鍵を動かしたんだ」
エリンが頷く。「次は第三層ですね。解析班を送ります」
ジギーは「そうだねぇ」と応じ、湯呑を持ち上げる。
「生きて帰ってきた。それが一番の報告だ」
夕焼けの光が障子を透かし、湯気を紅く染めた。
カエナが小さく「あったけぇ」と呟き、サジが「だな」と頷く。
笑い声と湯気の匂いが混じり合い、里の一角は、穏やかな夕風に包まれた。
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後書き
夕暮れの忍びの里。塔の報告を終えた彼らの顔には、戦いを終えた安堵と、次への決意が交錯していた。
“家に帰る”――その意味を少しずつ掴みはじめた夕影の中で、風が二拍、鈴を鳴らした。
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続く。
次回:「夜の里、鍋と星と、とっておきの酒」




