異世界転生者? ああ、私ではなく聖女の方ですよ
アーサーは、ポカンと口を開ける。
間抜け面なのに可愛いとか、……腹立つ!
「そこで登場するのが、今、殿下のお持ちの『孤児院経営改善計画』です。――――実は、私に不幸自慢をした者は孤児なのです。孤児院の経営を改善して、誰も飢えたり凍えたりしないようにしてやれば、二度とそんな不幸自慢をしないようになると思いませんか?」
これぞ完璧な計画である。
聖女は、私たちと同じ五歳。
逆行転生前の調査では、彼女のいた孤児院は、彼女が七歳のときに経営が悪化した。
かなり酷い状況に陥って、栄養状態が悪い中、熱を出した聖女は生死を彷徨ったという。
(そのまま死んでくれたらよかったのに)
思うようにいかないのが、人生だ。
王子は、腕組みして首を捻った。
「…………うん。なんというか、相変わらずアマーリアの考え方は独創的だね」
それは、褒め言葉だろうか?
どうにも違うような気がする。
ムッとして睨みつければ、アーサーはヘラリと笑った。
「まあ、悪いことじゃないようだから、かまわないけれど。……でも、どうやって経営改善するつもりだい? 公爵家の私財を投入するにしても、見返りのない慈善事業だ。君の父上は、お金を出してくれるのかな?」
「そんなことするわけありませんわ。私だって、ごめんですもの」
キッパリと言い切れば、アーサーは困ったような顔をした。
「でも、だって……じゃあ、どうするんだい?」
私はニヤッと笑う。
アーサーが持っている改善計画の中の一枚を抜き出して、彼の目の前にかざしてやった。
「キーワードは、石けん、フワフワパン、それに製紙業ですわ」
「は?」
「“異世界転生チート”の定番なのだそうですよ。他にも化粧品や生活雑貨、あとそうですわね、メシテロは外せないそうですわ。ハンバーグとかポテトチップスとか」
「へ? …………なんだそれ?」
アーサーが戸惑うのも当然だ。
私だって、逆行転生する前の記憶が残っていなければ、同じように?マークを飛ばしていただろう。
――――実は、聖女は自称“異世界転生者”だった。
なんでも、こことは違う世界で生きた記憶を持っているのだそうで、その記憶を元にいろいろな発明を重ねて富と財を築いたのだ。
彼女が前世の記憶とやらを取り戻したのは、先ほど言った孤児院で飢えて熱を出し生死を彷徨ったとき。
それから、まるで人が変わったように、聖女の能力と発明の才を発揮して、私から王子の婚約者の座を奪ったのだ。
(悔しくて彼女のやったことを全部詳細に研究したから、よく知っているわ。今度は私がその知識を利用してやるのよ!)
今後聖女が起こすはずの事業を、先回りして私が起業。莫大な利益をあげて、高笑いしてやる。
「それらの事業は、やれば必ず儲かるものなのです。きっとお父さまも積極的に出資してくださるでしょう。事業の労働力としては、孤児や生活に困っている貧しい市民を積極的に雇うつもりでいますわ。一部の事業は孤児院そのものを事業主体とするつもりです。そうすれば、私も儲かって、孤児院の経営も改善し、私に理不尽な不幸自慢をする輩もいなくなる。一石二鳥でしょう?」
まさに完璧な計画である。
惜しむらくは、自分のアイデアを横取りされた聖女の悔しがる顔が見られないことだが……まあ、相手は横取りされたという事実にさえ気がつけないのだ。それを影で嘲笑い溜飲を下げることにしよう。
書類を見ながら私の話を聞いていたアーサーは……ニパッと笑った。
「うん。いいな、これ。俺も一口乗ろう!」
「へ?」
「俺も出資するって言っているんだ。いいだろう?」
なんで私がアーサーに、利益を与えてやらなきゃならないの?
「間に合っています!」
「ハハハ! アマーリアは、やっぱり面白いな。そう言わずによく考えてみろよ。俺が出資すれば、それだけでこの事業は王族お声掛かりの一大プロジェクトになるんだぞ。起業するのに、これ以上の宣伝はないだろう?」
私は、グッと押し黙った。
たしかにアーサーの言うことは一理ある。
いくら公爵令嬢とは言え、年端もいかない子どもが提案する事業に、協力を渋る者は必ず出るだろう。その際、王族も事業に参加しているという事実は、何よりの後押しになるはずだ。
「……仕方ありませんわね。少しであれば、協力させてあげてもよろしいですわよ」
渋々と、本当に渋々と私は了承した。
アーサーはニコニコと満面の笑みになる。
ものすごく可愛いとか……腹立つ!
「よし、善は急げだ。これだけ書類が整っていれば大丈夫だろう。早速、公爵を説得しに行くぞ!」
「え? これからですか?」
「ああ、俺が一緒にいるときの方がいいだろう? さあ行くぞ!」
私の手を取り立ち上がらせたアーサーが、グイグイと引っ張ってくる。
まったく、いつでも強引な王子さまである。
「ちょっと待ってください! その書類と、ああ、こっちも、これも持ってくださいね!」
私が押しつけた書類を両手いっぱいに抱えて、アーサーは嬉しそうだ。
(あなたなんて、一生私の荷物持ちにしてやる!)
腹立ち紛れに心で叫んだ私だった。




