厄介な奴……一生知りたくなかったわ
そんなことがあった私とアーサーだが、その後、特段仲が深まるようなことにはならなかった。
ただ、処刑される前の人生より、ちょっぴりお城に招かれる回数が増えたり、それが面倒くさいと無視していれば、王子が勝手に我が家に押しかけてきたり、というおかしな現象は増えたが――――それだけだ。
その程度のことは、変化の内には入らないだろう。
「なあなあ、こいつはなんだ?」
王子は、相変わらず愚劣で無価値だし、私はそんな王子を嫌っている。
「なあっ、てば。この『孤児院経営改善計画』って、なんだ? なんでお前が、そんな計画をたてている?」
それなのに、なんで我が家の私の部屋に、“こいつ”はいるのだろう?
馴れ馴れしく話しかけてくる王子に、キレた私は、バン! と最高級のマホガニー製の机を叩いた。
「五月蠅いわね! どうして、あなたは勝手に私の部屋に入っているのよ!?」
椅子に座っている私の脇に立ち、たった今まで書いていた書類を無作法にも覗きこむアーサーを、怒鳴りつける。
「やっとこっちを向いた。――――やあ、アマーリア、久しぶり」
怒鳴られたアーサーは、ニパッ! と嬉しそうに笑った。
王子の威厳なんて欠片もない笑顔である。
「なにが久しぶりよ! 一昨日会ったばかりでしょう」
「ああ、丸一日以上会わなかったんだ。久しぶりだろう?」
(前世では、私とあなたは一ヶ月に一度会うか会わないかぐらいだったわよ!)
そう言ってやりたいが、意味は通じないだろう。
無駄に整った可愛い笑顔なのが、腹立つ!
「その一昨日も、勝手に部屋に入らないでって、私は言いましたよね?」
「勝手に入ったりしてないさ。ちゃんと公爵夫人の許可はいただいた」
いけしゃあしゃあと話すアーサーを、私はジロリと睨む。
「今度はなにを賄賂にしたのですか?」
「賄賂なんて人聞きの悪い。母上の使っている化粧品を取り扱っている商人を教えただけさ」
私の母と王妃は、同年代。それぞれまだ嫁ぐ前から、美と若さを競うライバルなのだそうだ。
そんな女性の美への探究心と競争心を利用するなんて、なんて怖ろしい子どもだろう。
私は、アーサーのやり口と、そんな彼の手に乗って、やすやすと娘の部屋への侵入を許した母の両方に呆れた。
「まったく――――今日は、いったいなんの用ですか?」
仕方ないので、私はそう聞いた。
母の許可を得ているのなら、追い出すわけにもいかないからだ。
アーサーは、笑みを深くする。
スタスタと歩いて、部屋の中央にある応接ソファーに腰かけた。
ポンポンと自分の隣を叩くのは、私にここに座れと言っているのだろうか?
「用なんてないさ。ただアマーリアに会いたかっただけ」
そんな理由で、度々お城を抜け出してこないでほしい。
大きなため息をこれ見よがしについた私は、彼の隣――――ではなく、向かい合わせのソファーに移動した。
ムッと顔を顰めたアーサーは、自ら立ち上がり場所を移動する。
途中で机から先ほど書きかけだった書類を持って、私の横に腰かけた。
「……で、この『孤児院経営改善計画』って、なんだ?」
書類を差し出し聞いてくる。
空より青い目が、興味津々にキラキラと輝いていた。
――――こうなった王子は、自分が納得する答えを得るまで諦めない。
悲しいかな、私はそれがよくわかるくらいには、アーサーとつき合ってきていた。
(まったく厄介な性質よね。以前はお互い疎遠すぎて、こんな面があるなんて気がつかなかったわ)
できれば、一生知りたくなかったことだ。
もう一度大きなため息をついた私は、渋々ながら口を開いた。
「……私、ある人に、言われたことがあるんです。――――『アマーリアさまは、飢えなんて知らないでしょう! お腹が空きすぎて、泥だらけの雑草や木の皮を奪い合う生活がどんなに惨めなものか! アマーリアさまには、絶対わからない! 寒くて疲れて眠いのに、明朝、目覚められるのかどうかが不安で寝られない恐怖を、感じたことがありますか!?』――――てね」
それは、逆行転生する前の聖女のセリフ。
贅沢三昧だった私の生活を糾弾し、そう言ったのだ。
当時を思い出し、言葉の内容だけでなく口調や声の強弱も再現して見せた私に、アーサーは、ドン引いたようだった。
「……それは、誰から?」
眉間にしわを寄せ、聞いてくる。
「今は、そこは重要ではありませんわ。重要なのは、この“私”が、そんな“理不尽な不幸自慢”をされてしまったということです」
「…………理不尽な不幸自慢」
アーサーは、目をパチクリと瞬いた。
「ええ、そうですとも!」
フンと鼻を鳴らして私は頷く。
「私は、生まれながらの公爵令嬢です。当然飢えたこともなければ凍えたこともありませんわ。ですから、そういう意味では、この言葉は間違っていません。……でも、それのどこがいけないんですか? 飢えないことも凍えないことも、本来そうであるべき“正しい”ことでしょう? なんでそれで私は責められなくっちゃいけないんですか?」
胸に手を当て、私はアーサーに訴えた。
私同様、飢えたことも凍えたこともない王子さまは、額に手を当て考えこむ。
「……相手が責めているのは、そういうことじゃないんじゃないのかな?」
自信なさそうに答えた。
私は、首を大きく横に振る。
「相手の思惑なんて、関係ありませんわ。重要なのは、言われた“私”がどう受け取ったかです」
「……そうなのか?」
「ええ。世の中とはそういうものなのですわ」
なんで私が、敵意をぶつけてきた相手の真意を慮ってやらなければならないのだ?
そんな親切、してやるつもりは欠片もない。
「ともかく! 私は、もう二度とこんな不幸自慢を聞かされたくありませんの。そんなこと言えなくしてやるつもりですわ」
「…………それは、どうやって?」
アーサーは、心配そうに聞いてきた。……やがて、ハッ! とする。
「まさか、自ら飢えたり凍えたりするつもりなのか?」
なんで、そんな結論になる?
「馬鹿を言わないでください。どうして私がそんなことをしなくっちゃいけないんです。私は、自分が“正しい”と言いましたでしょう? つまり間違っているのは、飢えたり凍えたりする相手の方です。ならば、正すべきはそっちでしょう!」
私は、堂々とそう言った。




