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結婚詐欺? どうでもいいけれど、私に迷惑はかけないでね?

 それからしばらく経った後、部屋に昔懐かしい侍女が入ってきたことで、私は自分が子ども時代に戻ったことを確信する。


(だって、この侍女って、私が七歳のときに結婚詐欺にひっかかって、私の宝石を盗みクビになった()だもの)


 たしか名前はエイダ。

 馬鹿な娘だと嘲笑った記憶がある。

 その後どうなったかは知らないが、主人の物を盗むような使用人の末路など知れている。

 野垂れ死んだか娼館送りか、いずれそんなところだろう。


「アマーリアお嬢さま。今日はどのドレスになさいますか?」


 そんな彼女が、今は元気よく働いている。

 これが逆行転生でなくてなんなのか。


「そうね。そっちの空色のドレスにするわ。アクセサリーは、この前お父さまにいただいたサファイアがいいわ」


 そのサファイアは、エイダが盗み損なう宝石だ。


「はい! きっとよくお似合いですよ」


 ニコニコと笑う彼女は、十代半ばのはず。

 結婚詐欺を仕掛けた男は、何年にも渡り公爵家の侍女たち数人を誑かし、信用を得てから犯行を起こさせたと聞いたから、既に毒牙にかかっているのだろう。


(能天気に笑っている場合じゃないでしょうに。まあ、だからって親切に教えてあげる気なんてないけれど。……ああ、でもちょっと待って。あの時は一度に何人もの侍女をクビにしたから、ちょっとたいへんだったのよね)


 公爵家ともなると、侍女にもそれなりの能力が求められる。

 主の好みを熟知して一々指示しなくとも動ける使用人を育てるのは案外たいへんなのだ。


(たとえ結婚詐欺にひっかかるような間抜けでも、侍女としては、みんなそこそこ一人前だったのよね。主人の宝石に手を出したのは問題だけど、でもそれは私が気をつければいいことだし。……だとすれば、ここで彼女を助けておくのも悪くないかもしれないわ)


 エイダのためではない。

 私のためだ。

 盗難については、絶対そんな気が起こらないように、躾けるのも一興だろう。

 侍女程度の調教ならお手のものだ。


 私はクスリと笑みをこぼした。


「まあ、お嬢さま、ご機嫌ですね。なにかいいことがありましたか?」


 私の髪をとかしながら訪ねてくるエイダに、無邪気な笑顔を向ける。


「ええ。さっき窓から外を見ていたらイザーク(・・・・)とミリアが仲よくお散歩しているのが見えたのよ。とっても楽しそうだったから、私もお散歩したら楽しいだろうなって思ったの」


 イザークとは件の結婚詐欺師だ。

 公爵家の庭師をしている。

 ミリアはエイダの侍女仲間。

 一緒に詐欺にかかる間抜け同士である。

 二人を見たなんてもちろん嘘だが、似たようなことをきっとしているはずだから、問題ないだろう。


 エイダの顔は、みるみる強張った。

 頭がギクシャクと窓の方を向く。



「――――イザークとミリアが?」


「ええ。イザークには、仲よしのお友だちがたくさんいるから羨ましいわ。アリサともベスとも一緒にいたところを見たことがあるのよ」


 アリサやベスについても、言うまでもないだろう。

 私の髪に触れているエイダの手がプルプルと震える。

 ここまで動揺するということは、彼女にも心当たりがあるということだ。

 それをずっと嘘で宥められてきたのだと思う。


「そういえば、イザークがスーザンと物置小屋から出てくるところを見たこともあるわ! あの中には、きっと楽しいおもちゃ(・・・・)がたくさんあるのよね」


 おもちゃはおもちゃでも、大人のおもちゃだろう。

 スーザンは寡婦の料理人。

 年齢は四十代後半だ。

 まったくイザークの守備範囲の広さには呆れるばかりである。


 エイダは……般若のような顔になっていた。


「……お嬢さま。申し訳ございません。少し気分がすぐれないので他の者と交代してよろしいでしょうか?」


「まあ、もちろんよ。お大事にね、エイダ」


「はい。すぐに代わりの侍女を寄こしますので、しばらくお持ちください。それでは失礼いたします」


 エイダは、静かに歩いて部屋を出ていった。

 しかし、ドアがパタンと閉まった途端、ダダダッという足音が聞こえたので、多分駆けだしたのだろう。



 これからどうなるかは、彼女次第。

 結婚詐欺師と縁が切れるのか、それともズルズルと騙され続けるのか。

 私としては、どちらになってもかまわない。


(騙され続けるようなら、被害が出る前に、みんな順番にクビにするのもありよね? 少しずつなら不都合も出ないでしょうし)


 こういうとき、我儘幼女は便利だ。

 理由なんてなくたって解雇のし放題なのだから。


 コンコンとノックの音が響いた。

 どうやらエイダの代わりの侍女がきたらしい。


「どうぞ。入っていいわよ」


 私は上機嫌に返事をしたのだった。


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