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手抜きしやがったな!

よろしくお願いします。

 翌日、朝7時にベッドから抜け出した。休日にしては早起きである。二日酔いでまだ頭がクラクラするけど、取りあえず前夜の残骸を片付けた。狭いシンクで洗い物をする時、フミカの残したマグカップを丁寧に洗った。


 昨晩の夢のような出来事は(前提が夢の中だけど)感情の乱れが呼び起こした幻想かとも思ったが、確かに彼女の痕跡は存在していたのだった。


 うーん、いくら考えてもわからない。クスリでラリってたわけでもないし、そもそもクスリやんないし。確かに深酒し過ぎたとは反省してるけど。


 暫くして、俺は考えるのをやめた。だって、こんな非科学的な事象を考え続けたって、解答など見つけられるはずがないのだから。



 気を取り直し、一通り身支度を整えて本屋に行った。西高東低の気圧配置で天気はすこぶる良かったけど、冬の空気はやっぱり冷たくて鼻にツンと来る。こんな日は室内で過ごそうと思い、小説の一冊でも手にしようと足を向けたのだ。たまには純文かなと思ったけど、やっぱりいつものラノベコーナーに赴いてしまった。


 まだ少し気持ちが浮ついてるのかも知れない。所詮俺ってラノベ向きだしね。でも、転移ものは好きだけど、転生ものはイマイチなのが弱いとこなんだよなあ。だって、それまでの過去をないがしろにするようでイヤだもん。そりゃ知識として残っててもさ。


 やっぱり現実は絶えず過去と向き合い続けてるもんだし、それが自分の軌跡だと受け止めるしかないもんな。まあ、実際振られた直後の俺は、気持ちだけでも異世界へトリップしたいのが本音だけどね。



 その日の俺は、せっかく外出したんだからと昼食をオサレな喫茶店のサンドウィッチセットで済ませることにした。少しくらいベジタリアンになろうと別品で野菜サラダの盛りも付け加えた。


 男の一人暮らしは確実に野菜が不足する。たいてい主食のみで、付帯物など用意しない。単品ってことだ。洗い物が増えるし手間が面倒くさい。確かにスーパーで刻んだ野菜の袋詰めも売ってるけど、盛ること自体が億劫になるのだ。お陰で丼物とかカレーが多い。もちろんそれだってご飯を炊くだけでレトルトだ。あとは冷食でチンするものを加えるのが精々である。それも気の向いた時にのみだ。やっぱり料理が得意だと女の人の武器になる。別に高級食材で作らなくていいし、スーパーシェフの味付けなんていらない。ただ、レパートリーは多いにこしたことはない。人間は毎日食べるくせに、何故か飽きっぽいからだ。ここが野生の肉食獣と違うところだと思う。


 店内は恋人同士とか女の人の小集団、時折り幼児を連れた若夫婦のような人たちもいる。みんな楽しそうで羨ましい。もちろん俺はカウンターの片隅でひっそりとランチを流し込んでいた。ブレンドコーヒーはちょっと酸味が強いタイプだけど、その分香ばしい芳香を放ってくる。セットメニューだし嗜好からずれたくらいで贅沢は言えない。最後にカップに残しておいたコーヒーを一飲みしてランチを終えた。オサレな店でシャレた物を食しても傷心が癒えるわけでもないし、俺は何も変わらない。



 スーパーに寄ってお一人さま用の食材を買い込みワンルームへ戻った。もちろん、昨晩空になった「バランタイン」を籠に入れるのは忘れなかった。ついでに〇ョーヤの三年物熟成梅酒もだけどね。何で俺の愛飲ウイスキーより高いんだ!という声をむりやり抑え込んでだぞ。



 夕方までの三時間ほどは買って来たラノベを読んで過ごした。そこそこ面白かったけど、ハッピーエンドの結末は現況とのギャップを感じてへこまされた。買ったことを少し後悔した。振られた事実は当たり前に寂しい物である。



 夕食はインスタントラーメンで済ませた。もちろん小鍋からダイレクトにかっ込んだ。これも洗い物を増やさないための知恵だと手抜きを納得しながら。


 食後にコーヒーを淹れようとしたけど、やっぱり「バランタイン」をソーダで割ることにした。俺って若くしてアル中まっしぐらだよ。イカン!俺の理想は酒でなく愛に溺れることなのに。まあ、溺れ過ぎてドロドロしちゃうと引くけどさ。


 簡単に片づけを済ませ、さっさとシャワーを浴びた。冬なので少し寒かったけど、浴槽洗いの回数を減らすために我慢だ。そして布団に入る。まだ9時半だぞ!早過ぎてちっとも寝付けなかったけど、羊さんの力を借りてウトウトした。うっすらと意識が有るような無いような、ちょっとフワフワした不思議な感じ。でも、布団にくるまって温もりを感じているのは何とも言えず心地良い。


 ホンワカ気分に浸っていたら、ふと明日の会社での光景がよぎり鬱になる。何でフミカは来ないんだよォ!?イヤなこと考えちゃったじゃないかァ!


 ガバッと身を起こしたら壁の一部がメリメリと崩れ出し大きな穴が開いた。やっとえんじぇうさまのお出ましである。冬場に壁破るなって。風邪引いちゃうじゃん!


「フミカちゃん、遅いって!せっかく早く眠りに就いたのにィ!」


「何言ってるのよ!私は定刻通りだよ。勤務時間は午前零時から5時までだもん。ウチは管理がしっかりしてるからね。ブラックじゃないんだよ」


 タイムカードとかを総務課が管理してるのか?と思わず訊きたくなってしまった。まあ、五時間勤務なんて社畜の俺から見れば楽なもんさ。天神衆とか言ってたけど、こいつ本当に選ばれしエリートなのか?まさかパートさんじゃないだろうな?バイトとか?ブラックじゃないってことだし、しっかり時間外付けてもらってキッチリ面倒見てくれよ。


「何よ!文句でもあるの!?恨めしそうな目で見ちゃってさ。ホント情けない奴に当たったもんだわ」


 吐き捨てるようなフミカの罵声にムカッと来たが、せっかく現れたのにいきなり機嫌を損ねるのはマズイ気がする。ここはひとつ冷静になろう。肉を切らせて骨を断つだ。うん?何か違うよな。まあいい。せっかく熟成梅酒も買って来たことだし、お出ししてご機嫌取りが先決だな。営業職の接待みたいだけど。


 俺はそそくさとキッチンに出向いて、ホット梅酒をトレイに乗せ戻った。実家から送って来た梅酒ビンより一粒取り出しカップに入れるのも忘れてない。


「どうぞ召し上がれ。昨日の自家製と違って、フミカちゃんのために熟成梅酒を買って来たんだよ」


「うむ、苦しゅうない。その心掛け、中々見上げたもんだぞ」


 チェッ、早速上から目線かよ。ホント生意気なえんじぇうさまだぜ。しかし、天使にしては変な格好してるよな。昨日と同じタイトミニだし背中に羽が生えてない。天使も制服変わったりするのか?


「あのさあ、少しフミカちゃんに訊きたいんだけどいいかな?」


「いいぞ。何でも訊いてくれ。力量差が歴然のお前に隠すことなど無いからな」


 どうせ俺はショボい奴だけど、偉そうに言うなよ。こいつ、ツンデレか?いや、デレがないって可能性もあるけど。


「何で背中に羽が生えてないの?一応天使なのに、タイトミニっておかしくない?」


「仕方ないだろう!ゼウスさまが好みで作った制服なんだから!羽根なんて最初から無いぞ。私たちは移動に超光速モバイルバイクを使ってるからな。バタバタ羽根なんか羽ばたかせてたら勤務に遅刻しちゃうでしょ?これでも忙しい身なんだからねッ!」


 だからねッ!って言われても、こっちが知るわけないじゃん。しかし、本当に制服だったんだ。実によくわからん世界だぜ。それにしても扱いの難しい天使だよな。チッパイのくせに生意気だし。


「ところで、今夜は俺の未来を見せてくれるんでしょ?すごく楽しみにしてたんだよ」


「うん、見せるよ。私の持参したDVDデッキでディスクを再生するだけだ。相変わらずダラダラ過ごしているから、割愛編集してダイジェスト版を作って来てやったんだぞ」


 相変わらずダラダラで悪かったなあ。好きでやってるんじゃないんだよ。俺だって本当はエキサイティングに日常を過ごしたいんだってば。


 フミカは持参したトートバッグの中から、ポータブルDVDプレイヤーと小さなモニターを取り出した。何でパ〇ソニックって書いてあるんだろう?地球仕様ってやつか?まあ、細かいことは言いっこなし。再生、再生!


 続いてフミカはブルーレイのようなディスクを取り出しカチャンとセットした。充電式?いや、電源はいらないのか。さすが大宇宙で使える代物だ。目の前で繰り広げられる摩訶不思議な光景に目を見張った。パッと見、お姉ちゃんがデッキにディスクを突っ込んでるだけにしか見えないけどね。



 最初に12月26日(月)と白文字が浮かんできた。ほう、わかりやすいぞ。意外と親切じゃないか。と思ったのはそこまでだった。何これ?モノクロでサイレントムービーってか!大宇宙の本元って全然技術進んでないじゃん!オマケにピントも合ってないし、カメラワークも上から一辺倒ってどういうこと?


「これ、すごく見にくいよね。カメラも固定されてるみたいでアングル一定だし」


「うるさいなあ。あんたの頭上にセットしただけよ。それでも移動に伴って連いて行くんだから上等でしょ?とにかく、あんたの近未来がわかればいいの!」


 顔を真っ赤にしてプウッと膨れるフミカが可愛らしい。出で立ちはOL姉ちゃん風だが態度はJKみたいだ。


 映像に目をやると、俺が藤堂先輩と並んで課長のデスクの前に立ち何事かを言われてるみたいだ。指示か命令だと思うんだけど、サイレントなので内容がわからない。全然使えねえなあと思った。そのあとは先輩と連れだっていろんな会社を回っているようだ。帰宅したら一人でレトルトカレー。風呂に入ってノーパソを開きながら寝落ち。正直、こんなの見てもクソである。



 12月27日(火)、真っ黒画面に白いテロップ。「前日と同様で中身無し!」


 12月28日(水)「今日もクソのような一日だった」


「何じゃこりゃあぁぁぁぁぁ!」


 思わず昔の刑事ドラマみたいな叫び声を上げてしまった。えんじぇうさまは全く俺の声に動じず、蔑むような笑みを見せつける。


「しょうがないでしょォ!冴えないマサハルなんてこんなもんよ。編集で大半を割愛したわ。いくら未来を見れたって何も変えられないのかもね」


「えっ?この先起こる事象を認識してうまく振る舞えば未来を変えられるってこと?」


「当然よ!そうでもしなけりゃマサハルにハッピーなんて運べないじゃん。ただ見てるだけじゃジリ貧確定だよ。あんたは能力低いんだからさァ」


 なじられても平気だった。フミカの嫌味など気にしない。そうだ!あらかじめ近未来を認知していれば仕事のミスも無くせるし、後悔することも激減させられるはずだ。まあ、いきなりハッピーを呼び込めないのは人徳だからしょうがないけど。



 12月29日(木)と12月30日(金)は、ダラダラと部屋の掃除をしている姿が映っていた。直ぐに休憩してラノベなどを読み始めてしまうのがいかにもである。


 しかし、しかしだよ!30日の夕刻に変化が起こっていた。まあ、未来の映像を録画として観るからややっこしいんだけど。


 掛け時計が午後4時を回った辺りでシャワータイムを過ごし、コロンを少量振り掛けて洗濯済みのデニム系カジュアルを着込んで行く。そのまま白いセーターを被って買ったばかりのベージュのダウンを纏い、駅に向かうバスに飛び乗ったのだ。ドキドキする。これは待ち合わせに違いない!駅に着いた俺は一目散に駆け出し、ランデブーで有名な構内の金時計の前で周囲を見回している。


 直ぐにステンコートを羽織った女性が近付いて来た。太目に見えることなど意に介さない。コートを羽織ってるし、カメラがワイドビューになってるんだと思うことにする。遠目のカメラワークからは俺が笑顔で応対してるように見える。クソカメラァ!角度が悪過ぎんだよォ!


 俺たちが立ち話を始めたら、なんとカメラが降下し始めた。カノジョの肩越しから俺を映すのだがそんなもんいらねえ!するとカメラは俺の側へ移動しカノジョを正面から映そうとした。イヤッタァ!どうか美女でありますように!


 一瞬で俺の儚い夢は粉砕された。いや、ブスとかじゃなくってね。だって顔面一杯にモザイクが掛かってるんだもん。これってフミカが編集作業でやったんだよな。何て意地悪なんだ!女って生き物のエグさを思い知ったぜィ!まあ、彼女が地球上の生物の定義に当て嵌まるかは別なんだろうけど。


「フミカちゃん、これでは顔が確認出来ないんですけど。きっと、ワザとやってるんだよね。ホント性格曲がってるよ。ロンリーリーマンなんかイジメて楽しい?えんじぇうさまの名に恥ずる行為だよ」


「だってさあ、犯人がわかってる推理小説読んだってつまんないじゃない。余程トリックや展開に手が込んでるなら別だけど。所詮マサハルのレベルは、直球か落ちない縦スラ程度の変化でしょ?」


「俺の未来は断じて推理小説ではない!たとえ予測が必要だとしてもだ。何かさあ、フミカちゃんって全然使えない天使だよね」


 思わずブーを垂れたら、彼女の目が見る見る潤んで来た。ヤバイッ!ちょっと皮肉りたかっただけなのに。正確に言えば、泣きたいのはこっちの方なんだし。


 ウッ!ウッ!グスッ!えんじぇうさまは必死に泣き声を押さえながら大粒の涙を溢れさせた。


「フミカちゃん、ゴメン!悪いのは俺!反省してるから泣かないで!」


 彼女は大きくうなずきながらも涙を止められない。焦った俺はフミカの震える肩にそっと手を掛けた。瞬間、彼女にグッと引き寄せられ唇が触れ合った。ビックリした。嬉しいけど……。そう、嬉しいけどビックリしたのだ。それは少し長く続いた。地球時間で言えば三十秒くらい。舌を絡められ、口内をねぶり取られた。俺のお味噌は半分溶けたみたいだ。


 唇は離したけど身体は密着したまま、恐れ多くもえんじぇうさまの胸に手を伸ばした。手の平に収まるくらいのチッパイだけどすごく柔らかだった。クッと力を込めるとフミカは耳元で「アフゥン……」と小さく喘ぐ。これは健全な男子として期待に応えなくてはならない。少なくとも人間界ではセオリーだ。


 よしッ!ゆっくりと彼女のブラウスボタンを外そう。ソフトタッチは必須である。もう一度唇を塞いで、さりげなく左手をチッパイからボタンに移す。目一杯慎重にだ。


「STOP!!そこまでだからね!神をも恐れぬ煩悩の持ち主はさすがね。この(さか)りのついたケダモノがァ!」


 あのね、自分からキスしておいて寸止めはないんじゃない?それもディープなやつをだよ。そりゃこれも人間社会の常識に過ぎないかもだけど。


 身体を離して後退りするフミカを見て気付いた。ハッ!これはまた恐怖のドロップキックが炸裂するかも知れない。俺は思わず身構えた。でも、えんじぇうさまは近寄って来たと思ったら、薄く微笑んでコツンと額を小突いただけだった。


 フウッ、危ねえェ!パワー勝負じゃ勝ち目ないもんな。どんな恐ろしい魔力を秘めてるかわかったもんじゃないし。


 気を取り直してモニターに目を移したら、12月31日(土)「しょうこりもなく、またダラダラと掃除」と書かれたテロップが浮かび上がっていた。オマケに「THE END」とまで付け足してある。


 1月1日(日)が無いじゃん!ワイドビューのせいで太目に映ったはずのカノジョと初詣に行ってるか確認したかったのにィ!やっぱり使えねえと思ったけど、ニッコリ笑ってる彼女を見て口に出すのをためらった。フミカの笑顔は本当にカワイイ。そりゃ口元歪めて意地悪する時もあるけどさ。


「まあ、こんなもんでしょう。冴えない俺がいきなりブレイクするなんて無理があるし」


「ブレイクしたじゃない!私と熱いキスをしておいて何言ってるのよ」


 ふむ、もっともな言い分である。


「そうだね。確かに俺はフミカちゃんのお陰でブレイク出来たよ。またお願いします。次回は初夢だし、熱い展開が正夢になったら最高ってもんさ」


「やっと理解したのね。そうよ。こんなイイ女と絡めるなんて、あなたが夢中になれる喜びのはずなんだから」


 得意そうな彼女の言葉で俺は悲しい現実を認識した。そう、所詮今は夢の中。夢はいつか必ず覚めてしまうものなんだ。


 少し落ち込んでしまった俺に構わず、えんじぇうさまは「マサハル、またね」と明るく手を振って何処かに帰ってしまう。ちなみに破れた壁は、ちゃんと直して行ってくれた。


読んで下さりありがとうございました。

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