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同じ空間で

よろしくお願いします。

 次の週末、また藤堂さんに誘われて行きつけの居酒屋へ行った。先輩は着席するなり大きく頭を下げた。勢い余ってテーブルにゴンと額を打ち付けるほどにだ。思わず「ンゴッ」と呻く姿はイケメンのイメージが崩壊しかねないマヌケ振りだったけど、ギリギリ絵になってるのはさすがである。


「北條、スマン!京ちゃんと付き合うことを許してくれ!俺、本当に彼女しかダメなんだよ!」


 俺の許可なんて不必要なのに、後輩にもキチンと筋を通そうとする藤堂さんの姿勢が好きだ。そりゃ人望も集まるってもんさ。


「まあ、日頃の行いに免じて許してあげますよ。ただし、ケジメとして「ザ・マッカラン」を十本プレゼントしなさい」


 先輩は一瞬目を点にしたけど、「わかったよ。必ずお届けします」と言って笑った。やっぱり、まだこの人には勝てないな。うん、京子さんにはやっぱり先輩がふさわしい。会社のミーハー女どもは慌てふためくだろうけど、そんなの知ったこっちゃないね。



 翌日の夕方、京子さんから電話があった。


「マサハル君、フミカは約束を守ってくれたわ。月曜の夜、私の夢に現れて右足に魔法を掛けたの。今まで何も感じなかった部分に痛みが走って、徐々に感覚が浸透して言ったわ。もちろん今でも機能的に大差はないんだけど、私にはわかるの。これは動くようになるってね。やっぱり医学的な裏付けも欲しかったから大学病院に行ったんだけど、先生は身を震わせるほど驚いてたわ。そして『これは奇跡だ!現代医学では説明のしようがない!』って絶叫したの。私、ワンワン泣いちゃった。本当にありがとう。あなたには感謝しかないわ」


「それは良かった!本当にそう思ってます!どうか藤堂さんとしあわせを掴んで下さい」


「うん、そうなれるように頑張る!リハビリとデートで忙しくなっちゃうけど、たまには一緒にご飯しようね。ちなみに、泣いたのは彼の胸の中でした」


「お、鬼だァ!まさか本当の悪魔は京子さんだったなんて、いつも現実ってやつは想像の斜め上を行きやがるゥ!」


 彼女は大きくアハハと笑ってくれた。笑い声はこの上なく明るいトーンで、俺を安堵させるには充分なものだった。



 こうして俺はクリスマスナイトのカノジョなし状態に戻ったんだけど、何故か暫くこのままでいいと思ってた。




 3月末の日曜日、お昼頃のことだった。お隣である206号室に業者さんが荷物を運び込んでいる。と言っても、所詮ワンルームに運ぶ荷物なんて知れてる。プロがやればホンの一時間だ。


 喧騒が収まって暫くすると玄関のチャイムが鳴らされた。多分新しいお隣さんだなと思って、覗き窓も見ずに「ハイハーイ」とドアを開けた。


「今日から206号室で暮らし始める伊集院と申します。これ、ご挨拶です。よろしくお願いします」


 今時珍しく引っ越し蕎麦を渡すなんて健気だなとかは吹っ飛んだ。


「フ、フミカちゃん?」


 彼女は最初「えっ?」と呟いてから続けた。


「何で初対面なのに名前をご存じなのでしょうか?あっ、大家さんから聞いたとかですかね?私、この近くの金満女子大の学生です。と言っても三年生の編入者ですから、二十才で成人してますよ。困った時には色々助けて下さいね」


 初対面と言われてしまったからには、こちらも馴れ馴れしく出来ない。


「こちらこそよろしくお願いします。僕は北條正晴と言います。今春から社会人三年目に突入する二十四才です。困った時はお互い様ですから、どうぞご遠慮なく」


 ニッコリ笑ったつもりだけど、ぎこちないのが自分でもわかる。すごくモヤモヤした。だって、外見は瓜二つだもん。かと言って、本当は二百才だろうなんて訊けないし。取りあえず静観だな。本当に赤の他人だったら、俺が危ない人だと思われてしまう。



 そんな杞憂を踏み潰すようにアクションは夕方に起こされた。またピンポーンだ。


「北條さん、すみません。お醤油を買ってなかったので貸してもらえませんか?」


「もちろんいいですよ。普通のやつとだし醤油とどちらにします?」


「じゃあ、だし醤油でお願いします。玉子焼きに使いたいんで」


 冷蔵庫からパックを取り出し「どうぞ」と手渡す。「ありがとうございます」と返しながら彼女はニッと笑った。間違いない!あの意地悪で下卑た微笑みと形の良い唇から零れる白い歯は、生意気な小悪魔そのものだ!


「フミカちゃん、一緒にご飯食べない?少し君と話がしたいから」


「ええっ!?いきなりそんなこと言われても困ります。今夜はカレ氏が来るかも知れないのに」


「失礼しました。今言ったことは忘れて下さい。もう二度と誘いませんから。醤油も返さなくていいです。残り少ないし、僕は替えのパックを持ってますんで」


 頭を下げドアを閉めようとしたらスニーカーを挟まれた。


「ン、モウゥ、直ぐに怒っちゃうんだからァ!短期は損気よ。マサハル、久し振りね」


 ドアを開き直しフミカを玄関口に招き入れる。


「いったいどうしちゃったの?今は夢の中じゃないのに」


「フフッ、ミッションを完遂したらゼウスさまが願い事を叶えてくれるって言ってたでしょ?だから私、人間になったの。二十才の女子大生って設定にしてもらってね。これからはマサハルと同じ時間軸で過ごして行けるわ。地球時間で一年経ったら私も一つ年を取るってこと」


「何でそんな早死にを選択するんだ?長く生きたい人なんていっぱいいるだろうに」


「一緒に過ごしてるうちに、以前にも増してマサハルを好きになって行ったわ。私、好きな人と同じ空間で生きたい。あなた、別れる時『僕の一生は君よりずっと短いけど』って言ったじゃない。それがすごく悲しかったの……」


 涙が溢れ出すのを待ってたかのように、フミカは擬装用に入れていたダークグレーのカラコンを外す。魅惑的な瞳はグリーンのままだ。そこから零れ出す大粒の水滴は、まるで宝石のようだった。


「でも、人間になったんだから無秩序はダメだよ。暴力はダメ、カツアゲも禁止!人にはやさしくね。まあ、魔法も使えなくなったのならカツアゲもうまく行かないか」


「人間になった私を認めるってことはカレ氏になってくれるんだね。嬉しいィ!やっと私の夢が叶うんだ。ずっとあなたの成長を見守って、私の年齢を追い越すのを待ってたの。いつもすっごく寂しかったんだよ」


 いや、まあ、その……、そりゃこんなカワイイ子に好かれるなんて人生初の快挙なんだけどさ。しかし、どう考えてもうまく行く気がしない。もしかして俺は、ビッチとしか付き合えない運命なのかも?


「今更ウダウダしてんじゃないわよ!あなたと私でカップル成立なの!何か文句ある?」


 そうか!俺とフミカでバカップル成立なんだ。それも有りかも知んないけど……。


「いえ、文句などありません。でも、飲んだくれのアル中カップルにはならないようにしようね。女の人のアルコールは母体に影響残すって言うし。節度を持ってならいいけど」


「何だ、やっぱり私とシたいのか?いいぞ。豊満な胸に顔をうずめてみろ」


 お前なあ、どう見ても豊満じゃねえだろ!多分こいつはAカップだ。でも、逆らうのが恐ろしい。魔法が使えなくなったって、性格まで変わったとは思えないから。


「うーん、それもいいけど、まずは普通のデートでもしない?今度の休みに映画とディナーなんてどうかな?」


「マサハルがそうしたいならいいよ。私は従順な女だから」


 どの口が言うんだ!?お前ほど支配欲の強い人間なんて、そうそういないぞ!


読んで下さりありがとうございました。次の話でおしまいです。

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