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正体

よろしくお願いします。

 ドライブウェイを下る時、京子さんから誘われた。ビックリした。


「ねえマサハル君、麓にあるホテルに行きましょう。私たちもそろそろいいんじゃない?遅すぎるくらいかも?」


「いや、遅すぎるってこともないですけど、その、もちろんOKです。お願いします」


 それだけ言葉を交わし、ラヴホの部屋に入るまでお互いに無言だった。正直、すごく嬉しかったけど、それ以上に緊張していた。



 部屋に入ってソファに座り、京子さんが淹れてくれたドリップコーヒーを飲んだ。しかし彼女はコーヒーを口にすることもなく、ベッドの脇に立ち衣服を脱ぎ始める。この予想外の展開に俺が戸惑っていたら、京子さんは黒い下着姿になって俺を見つめた。


「どう?これが醜い私の姿。アンバランスで気持ち悪いでしょ?こんな女、やめといたほうがいいわよ」


 確かに京子さんの右足は細かった。左足に比べ太ももやふくらはぎに筋肉がついていないため、おうとつが乏しく太さも半分強でしかない。


「そんなの関係無いですよ。全然気持ち悪いなんて思わない。足が悪いくらいで嫌いになるわけないでしょ?こちとら承知済みだったんだし」


 でも、彼女は俺のセリフに戸惑ったみたいだ。何で?と思いながら彼女を抱きしめ、ゆっくりとベッドに倒した。


「ねえ、待って!お願い!ダメ!ダメなの!あなたとデキない!」


 さすがに俺も、これはおかしいと思った。でも、サッパリ理由がわからない。


「京子さん、荒っぽく感じたら言って下さい。最大限そっとやりますから」


 正直、これ以上ソフトにやれるんかよ?くらいは思っていた。そして彼女は予期せぬ理由を俺に語った。


「ゴメンなさい!私が好きなのは藤堂君だから、あなたとはデキないの!」


 全く理解不能だった。俺たちが交際を始めたのは藤堂さんの仲介があったからだ。しかも、藤堂さんは京子さんを好いている。なのに京子さんは今、藤堂さんが好きだから俺とデキないと言う。それも必死にだ。俺はスッと彼女の身体から離れた。いったい何があると言うのか?


 俺たちはベッドに隣り合って座った。端座位ってやつだ。


「マサハル君、私と別れたら不幸になる?」


 まだ彼女の意志がわからない。


「当り前じゃないですか。好きになった人に振られたら、男だって泣きますよ」


「じゃあ、泣いて。ゴメンなさい。全部私のエゴが悪いの。でも、どうしても別れなくちゃいけないの!」


 本当は発狂したいくらいの気持ちだったけど、理由を知ることだけは譲れない。俺は複雑な胸中のまま京子さんに「続けて」と促した。


「私、9月の上旬に「フミカ」と会ったわ。もちろん、夢の中でだけどね」


 心臓が止まりそうになった。何で京子さんの口から「フミカ」の名前が!?


「私は彼女と契約したの。フミカはこう語り掛けて来たわ。『私には北条正晴君をしあわせにするミッションがある。しかし、今の彼はそれなりにしあわせそうだ。だから、一旦不幸になってもらわなければならない。彼を不幸に陥れたら、褒美に未発達な足の神経を治してやろう。そうすれば訓練で徐々に筋肉がつき、普通の人と同じような足になる。完全に不具合が無くなるってことだ。どうする?私の話が信じられないのならそれでも良い。だが、これはお前にとって一度切りのチャンスだと言うことも伝えておこう。次回、私が現れた時に返事をもらう。ノーならそれ以降お前の夢に現われない』そう告げてフミカは消えたけど、現実に枕許にあなたの資料が置いてあったのよ」


「それで京子さんは、フミカからのミッションを受け入れることにしたんですね。足を治すために、藁をも掴む思いで」


 そうか。フミカは俺の前にだけ現われるんじゃなかったんだ。でも、これでフミカの存在が現実的に認識されたってわけだ。例え俺と京子さんの間だけでも。


「一週間後、再びフミカが夢に現われた時、私は契約に同意した。彼女は『信じても大丈夫なの?約束を反故にされたらどうするの?』って訊いて来たけど、逆にその強気の言葉を信じる気になってたわ」


「まあ、俺が振られて落ち込むくらいで本当に足が治るのなら、受け入れる気持ちはわからないでもない。幼い頃から相当色んな病院を回られたって藤堂さんから聞かされましたし」


 京子さんはうつむいたまま涙をポロポロ零した。それは俺ごときが安易に「わかる」なんて言えないくらいの苦労と絶望があったからだろう。不思議なことに、俺は京子さんの判断を肯定したくなってた。同情であろうがなかろうが、現代医学ではどうしようもないことを可能にするフミカの魔力は価値あるものだと思えたのだ。


「本当にゴメンなさい。やっぱりここであなたに抱かれるべきかも知れないけど、藤堂君が好きな私にはどうしても出来ないわ」


「京子さん、これだけはどうしても訊きたいんですけど、藤堂さんもグルなんですか?先輩もフミカを知ってるんですか?それだけは教えて下さい」


「藤堂君はフミカを知らない。そんなこと話したって信じようがないもの。でも、あなたのカノジョを誘惑するように差し向けたのは私。『藤堂君は中野さんのような明るい人と付き合うべきよ。お似合いだわ。そうなればきっと私も安心出来るし』って告げたの。彼は怪訝そうにしながらも、注文通りに由佳さんと付き合ってくれた。相当無理してたみたいだけど、私の頼みだと思ってくれたみたい。あなたが中野さんと付き合ってることはフミカの資料で知ってたけど、藤堂君には伝えてなかったからね。それからの彼は一生懸命自分を殺してくれてたんだけど、ついに限界が来たみたい。先日『さすがにこれ以上は彼女と付き合えない。やっぱり俺は京ちゃんが忘れられないよ』って言われたわ。藤堂君、すごく辛そうに泣いてたもの。全て私がいけないの。悪魔と契約したってしあわせになれるはずなんてないのに」


 そりゃ無理ないよなあ。由佳は徹底的に自分本位で、本物の悪魔にも引けを取らないビッチだもの。この時俺の心はフツフツと煮えくり返っていた。もちろんフミカに対してだ。こんなにも人に辛い思いをさせといて、何がしあわせを運ぶ「らぶりいえんじぇう」だァ!思わず言葉を吐き捨てた。


「全くどこが救世主だよ!とんだ神の使いだぜ」


 途端に京子さんが眉間にしわを寄せ、俺をたしなめるように言った。


「マサハル君、フミカは救世主なんかじゃなくってよ。彼女は夢魔(ナイトメア)。女性だからサキュバスって言うらしいの。正真正銘の女悪魔よ!」


 ゲッ、それでは悪魔にしあわせを約束されてる俺って何なの?ハッキリ言って、あいつのやることにしあわせ感じるなんて、モースト・オブ・ドMにしか不可能だよ。直ぐ生命の危険にさらされるんだから。


「とにかく、一応納得しました。安心して下さい。全然お二人を恨んでませんから。でも、でも……、本当に京子さんが好きでした」


 心の底から思いを告った。一瞬気持ちが軽くなった。少しだけ間があった。


「マサハル君、ありがとう。そして、やっぱりゴメンなさい」


 京子さんの言葉はグサッと胸に突き刺さったけど、ここで頑張れなきゃ俺じゃない!


「もしもですけど、今後フミカと接触があったら必ず連絡下さい。俺の夢には今夜現われる予定ですから、必ず京子さんとの約束を守るように念を押しておきます」


「ええ、わかったわ。マサハル君、くれぐれも気を付けてね。確かに彼女の魔力は侮れないものがあるから」



 そして俺たちは、ヤることもヤらずにラヴホを出た。だって、しょうがないじゃん!拒否ってる相手に無理通すなんて、それこそ悪魔の所業になってしまうもの。


 送ってもらった降車間際、京子さんは上質のキスをくれた。俺は彼女の最大限の譲歩が嬉しかった。それは男女のラヴではなかったけれど、人としての愛に溢れたものであったからだ。


読んで下さりありがとうございました。

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