第六話 周平さん……ですよね?
ファミレスを出たゆいは、スマートフォンで時間を確認する。現在の時間は六時二十三分。
六時二分着の電車に間に合わなかっただけでなく、何の成果も得も得られずに時間を無駄にしてしまった。周平が手伝うだなんて言わなければ、寝床を確保することが出来たというのに、損ばかりだ。ゆいは肩を下ろしてため息をついた。
これからどうしよう、と考える。
家に帰るも良いが、また明日も捜す予定であるため、それはあまりしたくない。どうせなら往復賃をここで過ごすことに使いたい。インターネットを利用して、安いホテルを探すのは良いが、充電器を忘れた故、あまり使いたくない。
通りがかった人に聞くのも良いが、今は、誰彼構わず声をかけるわけにはいかない。力のある男に誘拐されたり、遊び半分でどこかへ連れて行かれないとも言い切れないわけではない。出来れば、本格的に夜に入る前に、宿を探したい。
「すみません」
「……はい」
ゆいは通りかかった女性に声をかけた。スーツを身に着けているため、会社帰りだろう。ゆいに声をかけられたことに、少し怪しんでいるようだ。
「この辺りで、どこか泊まれる所はありますか? 出来れば、安いところが良いんですが」
「さあ、知りません」
それだけ言うと、女性はそそくさ歩いて行ってしまった。ゆいは背中にお礼の言葉を投げたが、振り返ることはなかった。
急いでいたのか、それとも面倒だったのか。女性の態度は少し傷つく。嫌だという事を表情には出さなかったものの、関わる気はありません、という無表情が脳裏をちらつく。またあんな態度をとられたらどうしようと恐ろしくなるが、野宿する方が恐ろしい。ゆいは再び声をかける。
「すみません」
今度は、長身の男性に声をかけた。こちらもスーツを着ており、まだ若いと見た。
「はい、何でしょう」
「この辺りで、出来るだけ安くで泊まれる場所を知っていませんか?」
男性は首をかしげ、そして駅の方向を指した。
「安いかは分からないけど、駅の近くにホテルがあるよ。そこに行ってみたら?」
ゆいは笑顔でありがとうございます、と言うと、早速駅に向かって歩を進めた。
しばらくして、腹が空いてきた。ふと、ファミレスでのハンバーグセットとカルボナーラを思い出すが、すぐに振り払った。
ホテルに入る前に何か買っておくべきだと考え、ちょうど近くにコンビニが見えたので、そこに入った。中には数名の客がいるが、その半分が立ち読みをしている客だった。水一つとおにぎり二つを手に取り、レジの横にある肉まんに目を引かれ、それも追加で買った。
コンビニを出てしばらくした時、「すみません」と、声がした。前を歩いている人はおらず、他に足音も聞こえない。声をかけられたのは自分だと判断してから振り返った。そこには小太りの男がいた。
「何ですか」
「これ、落としましたよ」
そう言って手を出してきた。それを握っているため、何を持っているのか分からない。
「何をですか?」
「これです」
「だから、何をですか、と聞いているんです」
「いいから、手出して」
ゆいは仕方なく手を出した。
すると、突然手を握ってきた。肉のついた太く柔らかい指が、ゆいの手を強く握る。
ゆいは慌てて振り払おうとしたが、握る手が強くてそう出来ない。男はゆいを引っ張り、自分の方に寄せようとする。
「ちょ、何するんですか!」
「こんな所を一人で歩いていたら危ないから、僕の家に連れて行ってあげるよ。そうすれば、安心して一晩を過ごすることが出来るよ」
逆に不安になるっつーの! と、ゆいは男の脛を蹴った。だが、脂肪の壁で守られているため、男はびくともしない。
男はさっきよりも強い力でゆいを引っ張る。靴は地面の上を滑り、力を入れても止まってくれない。
街灯で微かに見えた、男の顔。それは、コンビニで立ち読みをしていた客の一人だった。コンビニから付けて来ていたのである。
このまま、男の家に連れて行かれるのか。一体何をされるのか。
誘拐して、身代金を要求するつもりなのか?
悪い想像を膨らむだけする。一つ出てきたらまた一つ、ゆいは引き摺られながら考える。
――どうしてこうも今日はストーキングされるのか。サユリを捜しに来ただけなのに。
「離せ阿呆んだら!」
そう声がしたと思うと、男は左にある茂みに飛んで行った。男に手を握られていたため、ゆいも危うく顔面から入るところだったが、左手で転倒を避けたため、難を逃れた。
その隙にゆいは男の手から自分の手を抜いた。男の手汗で手が濡れている。ゆいは慌てて服で拭った。
その時に、ゆいはあの声を思い出した。どこかで聞いた事のある声だった。
顔を上げようとすると、目の前が真っ暗になる。だんだんと、上半身が温かくなってきた。
「えっと、周平さん……ですよね?」
そう言うが、返事はない。
周平と思われる人物は、ゆいに抱きついたまま、動かない。胸が大きく上下しており、荒くなっている呼吸音が聞こえる。
ゆいは何も言わず、ただ落ち着くのを待った。