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第七話 俺の家に来い

 男が起き上がる前に二人は逃げた。ゆいは周平に手を引っ張られるがまま、元向かっていた方向へと走る。


 本来なら、周平はまだあのファミレスで夕食を取っているはずだ。あの二つをそんなに早く食べきることは出来ないだろう。この場に周平がいることに、多少の疑問を持ってしまう。


 だが、問うことが出来ない。周平の背中が、少し前に見たときよりも大きく見えるのである。助けてもらって感謝すべきなのだが、その言葉さえ出てこない。ゆいにはその背中が、人間の欲を纏う固体にしか見えないのであった。


 少し走ると、駅についた。まださっき電車が発車したようで、ホームに人はほとんどいない。外に設置されているベンチ近くで足を止めた。辺りを見回し、目的地であったホテルを見つけた。



 周平はため息を肩を大きく動かして息をしている。ゆいでさえそれほど荒くなっていないのに、何故それほど酸素を必要とするのだろうか。運動不足なのだろうか。


 突然振り返り、ゆいの肩を掴んだ。ゆいは先程のこともあり、何かされるのかと考え、周平の腕を掴んだ。

「あんた、何しとんや!」そう怒鳴った。「駅に行くんやったら暗いこっち側よりも車がよぉ通るあっち側を通って行くんが普通やで? 夜やったら特にな」


 周平は怒鳴っていた。ホームに誰もいなかったのでそれほど人の視線を浴びることはなかったが、駅から降りてきた女性や近くを歩いているカップルの視線を浴びた。


「俺がまたあんたを追行(ついこう)しとったから助けれたけど、俺がおらんかった今頃誘拐されとったで!? あんたは女なんやから、気ぃつけなあかんで!?」


 何故彼はこれほど怒号を浴びせているのだろうか。少し知り合っただけのゆいに、こんなにも真剣に注意しているのは何故だろう。

「聞いとんか!?」

 肩を揺らされ、ゆいは慌てて頷く。「はい、聞いています」

「しっかりしぃや? この辺でも最近、不審者が出てきとるんやから」


 ゆいは何度も頷いた。そして、掴まれている肩から彼の手を振り払った。

「助けていただきありがとうございました。気を付けます。さようなら」

 早口でそう言うと、ゆいは背中を向けて歩き出した。出来るだけ早く、この場から立ち去りたかった。一人になるのは怖いが、一人になりたかった。


 だが、その行動で怪しまない訳がなく、周平は去り行くゆいの腕を掴んだ。

「ちょっと、どこ行く気や? また一人になったら、襲われるかもしれへんで?」

「大丈夫です。直ぐそこですから」

 そう言って、(そび)えるホテルを指した。周平は見上げ、上から下まで見落としがないくらい、何度も見た。


 ゆいは腕を払うと、また歩き出した。

 寝床が見つかったのなら、周平がすることはもう無い。元々の取り引きは、周平の一人飯に付き合う代わりに、ゆいの寝床を探す、というものだ。それが無くなっている今、二人を繋ぐものはない。


 二人の関係は“知人”だ。きっと、ここで終わる。だが、またゆいが襲われたら? 今度こそ、誘拐されてしまうかもしれない。

 後悔することにならないだろうか。



「あー、くそっ!」


 頭を音を立てて掻くと駆け出し、ポケットからスマートフォンを取りだし、少しいじると耳に当てた。そして、後ろからゆいの額に手を当てて、自分に引き寄せた。

「なっ、にするんですか!?」

「黙っとけツンデレ!」


 文句を言うゆいを他所(よそ)に、周平は電話の相手と会話し始めた。「もしもし? まだ仕事しとる? ……今な駅におるんやけど、拾ってくれへん? ……おん、ありがと。あとな、今ここに一人おるんやけど、泊まらせていい? ……いや、ちゃう。後で説明するから。おん。……じゃあ頼んだで」


 電話を切ってポケットにしまうと、ゆいをこちら側に向けて言った。

「あんたはこれから俺の家に来い」

 ゆいはすぐに顔をしかめ、ずれかけたキャップを被り直す。ゆいが何かを言う前に、周平は続ける。

「別に変なことはせん。俺には正義感の強いねぇちゃんがおるから、そんなんしようと思ても出来ひんからな」


「……お姉さんがいなかったら、する気だったんですか?」

「せえへんわ。俺の優しさなめんなよ」



 二人で言い合っている内に、近くに一台の車が止まった。窓が開くと、一つに結うている女性が姿を現した。

「よっ、周平。こんな夜に女をナンパするとか、随分と大人やないか」

 女性は窓から手を出すと、周平を叩いた。


「うるさいわ。ほらゆい、乗り」

 ゆいは戸惑った。ぐだぐだ言っている間に、周平が呼んだ車が来てしまった。いくら周平の言うことでも、付いていくわけにはいかない。


 困っていたとき、女性が扉に顎をおいて、ゆいを見上げた。しばらく見つめた後、笑ってこう言った。

「可愛い子やんか。周平が助けたなるんも分かるわ」

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