第四十二話 待っとるから
「殺すしかないと思いました。二人の命を殺し、それでものうのうと生きている紗由理が……許せなかった。私の大切な人を殺した人は、大切な人ではありません。それが、紗由理であってもなくても。
だから私は、この街に来たんです。……いや、戻ってきた」
最後の言葉は小声で、何か隠していることがあるのでは考える。
親にも言わずにでてきたゆい。そこまで、恨みが溜まっていたのだろう。親にそれを告げる暇もなく、急いで家を出てきたのだろう。
「…………ゆい、戻ってきた、っていうのは何?」
ゆいの最後の言葉が気になる。それはまるで、以前――。
「以前、ここに住んでいたんです、私」
ゆいの告白に、周平は驚く。
「じゃあ、紗由理と幼馴染みはどういう――」
「紗由理は、ずっとここで暮らしているんです。引っ越してなんかいませんよ。引っ越したのは、私の方です」
周平はゆいの言葉を元に、状況を整理する。
ゆいはここに住んでいた。だが引っ越して今の家に住んでいる。だったらこの街の土地勘はあるのではと思うが、幼い頃だったため覚えていないのだろう。
紗由理がここにいると思った理由を、ゆいは「この街に紗由理が行きたがっていた学校があったから」と言った。よく考えたら、それはゆいからすれば、ほとんど信用できない情報である。
最後に紗由理とここで暮らしていたのが中学生ということはないだろう。幼かったとして、小学校低学年か、それより下……。その頃からの夢が、大きくなってからも変わっていないという子供は、少ないのではないだろうか。これになりたい、あれになりたい、と子供の夢は変わっていくものだ。
ゆいが言っていることを、嘘だと言い切ることはできない。
「それ……ほんま?」
「はい。ここで、私が嘘をつく理由がありますか? もう、私には時間がないんです。全てを、周平さんに――警察ではなく、貴方に、伝えておきたいんです」
「……何で、俺……?」
「貴方が、私に優しくしてくれたから……。ここに来た私に、一番優しくしてくれたのは貴方だったから。……私は、貴方に会うべきではなかったんでしょうけど、私は、会えて良かったと、思っています……」
「…………それで、全部か? ゆいが言いたいことは」
ゆいは視線を逸らしながら頷く。
「髪を染めたんは?」
「染めたかったからです」
「相談せんかったん?」
「相談したところで、死んだ人は戻ってきませんから」
知りたいこと、聞きたいことはたくさんあるはずだ。だが、今になってその全てを忘れてしまった。的確な質問が出来ず、誰にでもできるような質問しかできない。
それが、とても悔しい。
周平は俯き、噛み締める。
彼女は、殺したくなるほど、人を恨んだ。それと同時に、人を愛している。愛している人がいたからこそ、今回の行動を起こしてしまった。
突然、自分が情けなくなった。何故追行した理由が、棗に似ていたからだったのだろうか。ゆいが人を殺す気がしたから、なんて言ったら、かっこよかったし、何より、ゆいの手を血に染めることは無かったかもしれない。
愛する人のために、ここまでできる。だが、周平は何もできなかった。懸命に止めても、彼女はそれを止めず、結局ここからいなくなってしまった。
復讐する相手もいないので、殺意なんて湧いてこない。
人を殺せば、愛する人を失った穴は埋まるのだろうか。きっと、埋まらないだろう。
(……そうや、埋まらへん。穴は、いつまでも空いたままや)
他の愛する人を見つけるまで、その穴は存在し続ける。
――その穴に、俺が入ることはできひんのやろうか。
そんな、叶うことの難しそうなことを思う。だが、難しいと思うのは、ゆいのことをほとんど知らないからだ。これから知っていくうちに、叶う確率は高くなるかもしれない。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。この場所が見つかるのも、時間の問題だろう。
もしかしたら、ゆいといられる、最後の時間――。
「……最後ですね、きっと。周平さんと話すのも」
「ゆい。俺は、待っとるからな」
周平の言葉に、驚くゆい。最後になるだろうと言っているのに、それでも待っていると言う彼は、――。
「馬鹿なんですか?」
「馬鹿ちゃう。ほんまに待っとるから。ゆいが出てくるまで。五年でも十年でも、待っとるから。だから――」
――ゆいも、俺のこと、待っとって?




