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第三十四話 ゆいと、“知り合い”

 起きてきた夏実には、すぐにサユリ死亡のことが耳に入った。ニュースを見たこともあるが、仕事場から電話が来たのだ。市内で殺人事件が起こっているのに、それを警察が見逃すわけない。むしろ、見逃すわけにはいかない。

 急いで来るように言われた夏実は、先週までのゆっくりとした準備が嘘のように家の中を駆け回る。きっと、署内は大慌てに違いない。一人でも多くの人手が必要だ。


「じゃあ、行ってくる」

 起床から十分の早さで、夏実は家を出た。とりあえず朝食は食べて歯磨きと洗顔は済ませ、髪の毛はぼさぼさのままだ。普段から一つに纏めているだけなのだが、それがないだけで随分とふしだらに見える。

 周平は見送ると、再びテレビに目を向ける。アナウンサーはまた藤田紗由理が殺された事件について言っていた。もう一度ゆいに電話を掛けてみたが、やはり出ない。既にこのニュースを見て、警察署に向かっているのかもしれない。


 警察署に行くべきか。それとも、ホテルに向かうべきか。

 まだ朝早いので、眠っているかもしれない。一度ここで眠ったときも、それほど早起きしていなかった。

 ニュースでは、紗由理の遺体が発見されたと報道していた。逆に言うと、紗由理の遺体しか見つかっていない、ということだ。ゆいも事件に巻き込まれた可能性は、零とは言い切れないが、今はそんな報道はされていない。それをどう取るべきかは、視聴者――周平の判断による。


 ゆいが泊まるホテルに向かうため、キャップを取り玄関に向かおうとしたとき、尻辺りで振動を感じた。すぐに、それはスマホが着信をしらせていると気付いた。

 まさか、と急いで画面を見る。するとそこには、「ゆい」という二文字が写し出されていた。ボタンを押し耳に当て、「もしもし」と言った後、

「おはようゆい、テレビは見たか?」

と、ゆいの言葉など聞く気も無しに滑り込ませた。


 しばらく、返事らしい返事は無かった。小さなノイズが、砂嵐のように耳障りだ。何か、少しでも話してくれないだろうか。早く、声を聞きたくて仕方がなかった。


 まさか、電話を掛けてきたのはゆいではないのか?

 そんな疑問が飛び出た。やはり何らかの事件に巻き込まれていたゆいは、スマホを奪われ、犯人が電話があったことに気づき、異変を感じさせないために折り返し電話をしたのかもしれない。だが、だとすると犯人は少し迂闊(うかつ)だ。自分が話してしまえば、ゆいに何かあったと気付かれてしまう。代わりにゆいに話すよう言っても、暗号か何かで相手に危険を知らせるかもしれない。


 ならば、この電話を掛けてきたのは、ゆい自身ということで間違いなさそうだ。疑問に思うだけ、損だろう。

 ゆいの第一声は、「はい」だった。

 周平の質問に答えた声は、普段と同じように聞こえたが、長い間により、ゆいが俯いているのが想像できる。


 このままでいらせるのはあまり良くない、とすぐに判断した周平は、言葉を連ねる。

「今、ねぇちゃんが警察署に行った。やっぱ、大騒ぎやで。とりあえず、俺も警察署向かおか思っとんやけど、ゆいもどうや?」

 遺体がどこにあるか分からない今、とりあえず警察署に行くのが妥当ではないかと判断したのだ。もし別の場所にあるのなら、行ける場所であれば行って、顔を見に行くべきであろう。幼馴染であるなら、少しでもその顔を焼き付けておきたいだろうから。当の本人がどう思うかは分からないが。


 電話の向こうから聞こえてきたのは、一言。

「……病院に、遺体、あります」

「あ、そなん」




 ホテルにいたゆいの方が、断然病院に近かった。周平が迎えにいくと言ったが、

「一人で会いに行きたいです」

と言ったので、ゆいが病院から出てくるときに合流することにした。


 数日ぶりの再会に、周平は少し緊張していた。言っても二三日しかあいていないのだが、あの時、真剣な眼差しで紗由理と話したい、と言っていたゆいが、今どんな表情、気持ちで紗由理の顔を見ているのか、周平には分からない。先日まで話していた人が、突然、亡くなった。それはまさに、「亡くなるとは思わない」という状況と一緒である。


 ゆいが今、どんな風でいるのか。

 それを考えると、ゆいとは別の人物が脳裏に浮かぶ。二人がぼやけて、重なり、一人の人物になる。それは、ゆいのようでゆいではなく、彼女(・・)のようで彼女(・・)ではない。


『どうして私に、声をかけようと思ったんですか?』

『どことなく、知り合いに似とるからかもしれんな』


 周平の脳裏にいるのは、その“知り合い”。

 彼女は、知り合いというには距離が遠く、家族というには少し近すぎる。恋人でなければ、友人でもなかったかもしれない。恋人と友人の間を行き来して、終わってしまったと思う。


 ゆいとは、そんな風にはなりたくなかった。知り合いで、終わりたくなかった。友人で、終わりたくなかった。


 彼女の身代わり、ではない。ゆい自身を見つめることで、彼女を再び、前を向いて見つめることができるようになるのではと、微かに期待している。

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