第二十三話 いい加減に
駅のホームに降りたと同時に着いた電車は、周平の目的地へと向かうものだった。迷わず乗り込む。平日だからなのか乗客は少なく、全員が座っても空席が出来るほどだ。
握る手に引っ張られ、周平は振り向く。
「ん? 何や」
「……ど、どこに行くんですか?」
ここに来るまで、言わず聞かずだったので、突然の乗車にはびっくりしたのだろう。
「遠くや」
「遠く? 具体的には? それに……」
喋るゆいを、まあまあとなだめ、まず着席する。ゆいは何度も扉の方を見ていたが、出ていこうとはしない。元々駅に向かっていたし、切符を買ったところを見ていたのだから、電車に乗ることは分かっているのだろうと思っていたので、この戸惑いは想定外だ。
扉が閉まり、ゆっくりと進みだす。
「久し振りの電車やで、何かどきどきするわぁ」
過ぎて行く景色を見ながら言う。ゆいも車窓を見て、顔をひきつらせて頬を少し上げている。
「周平さん、ちゃんと説明してください」
先程の気分はどこにいったのかと問いたくなるほどの張りのある声だ。
「電車が行く方へ行くんや。そこに、俺の目的地はある」
「周平さんがどこへ行くのかはどうでも良いですが、問題は、私もここにいることです。どうして、私も連れていく必要があるんですか?」
「んなこと、サユリを捜すために決まっとるやろ」
え? と目を見開いて驚く。
警察署に勤務している夏実に捜索届を見てもらったこと、そして、他の署にいる知り合いにも頼んだものが届いたことを伝えた。
ゆいに伝えてから、そういえば言ってなかったかと気付く。言う必要など無いと思っていたが、ゆいの反応を見ると、どうやら伝えておくべきだったのかと思う。
「どうして何も言ってくれなかったんですか!?」
「えー……え? どうって」
「一言くらい言ってくれれば良かったのに!」
言葉を遮って言うゆいに、周平は呆気に取られる。――そんなに怒鳴ることか?
「周平さんって本当に人のこと考えませんよね。そんなことしても、意味なんて無いのに。ストーキングして自分勝手で、お節介で曲がってないし。そのくせ無駄に優しいし。何がしたいんですか?」
「はあ? 意味ないって何や。確かに、もしかしたら捜索届出てないかもしれんけど、それらしきやつはあったから、確認せんと。そや、ゆいにも見てもらお」
そう言って、ポケットからスマホを取りだし、夏実から送られた画像を開く。だがその前に、スマホを取り上げられてしまった。
ゆいは、睨んでいた。
何故そんなに言うのか分からない。先程までしょげていたくせに、この変わり様は何なんだ。
それほど、捜索届からサユリを捜すのは嫌なのだろうか。確かに、ゆいは警察署で「警察は役立たず」のようなことを言っていた。何故そこまで警察の正義を否定するのかは知らないが、そうならば何故最初に警察署に寄ってサユリを捜してもらうよう言ったのか。どうせ捜してもらえないと思っているのに、どうして――?
「いい加減にせぇや」
言ったのはもちろん、ゆいではない。
目の前の口から放たれた言葉に、ゆいはこれがどういう状況なのか分からなかった。確かに、目の前に座っている周平が言った。だけど、信じられない。いつだって怒らなかったのに、どうして今なのか。
そうするのが当然だという風に、体が動かない。何か言うべきか、その考えも、動かない体のせいでどうもできない。麻痺したようだ。周平は、電気を放つ無機物なのだろうか。
「俺は確かに、迷惑かもしれん。だから、俺がいい加減にせえって言われる理由は分かる。じゃあ、ゆいが言われる意味分かるか? 何で自分が言われたんか、言ってみぃや」
強く言っていることは、無意識ではない。自分ばかりぐちぐち言われるのは、どうも気に食わない。
「……そん、なの……、知りませんよ……」
「人を別種を見るような眼で見てくる」
「べ、別種……」
「化け物、妖怪、幽霊。そういう、あんまり縁起の良いものとは言えん奴ら。あんた、人を何やと思っとんや」
ゆいは何も言わない。
「ゆいが人のこと嫌いっていう考えもあるけど、そうやったらサユリ捜しに来おへんと思う。けど、何でそんな眼で見るかは聞かんとく。だから、その眼を止めろ。止めんのやったら、理由を言ってもらう」
周平はゆいに捕られたスマホを奪い、また言う。
「ゆいのことやから、はっきり言わんと言うこと聞かへんやろうから、強めに言ったけど、次やったら手ぇ出すかもしれんから気を付けろよ」
電車のアナウンスが、次の駅に着くことを知らせる。無人駅なので、扉はボタンを押して開けてくれと言う。
ゆいは俯いた。膝の上で拳を作り、強く握っている。
勝手についていっているのは周平の方だ。だから、多少の暴言は許すしかない。ストーカーだと言われても何ら可笑しくない。だけど、あの眼は許せなかった。人を何だと思っているんだ、命を何だと思っているんだ。人間は生まれ、死ぬ生き物。だからと言って、その死を簡単に見過ごしてはならない。ゆいの眼は、そのことを分かっていなかった。
電車が停止した。扉は開くこと無く、再び出発した。
「………………好きでやってるんじゃ、ありません」
線路を走る音に混じって、震える声が鼓膜を刺激する。
「……そうしていないと、私はいけないから。周平さんには、私がどうしようと関係ないじゃないですか……!」
「人のこと考えんと自分勝手な奴を、自分勝手やって言われとる俺がほっとく訳ないやんけ!」
それは、鋭くゆいの心に刺さったと思ったが、途端に心の一部になるように溶け出した。冷たいようで、暖かい言葉。いつの間にか、ゆいの頬は濡れていた。
「……ゆいは、連絡が取れんサユリを心配してここまで捜しに来た。もしかしたら、サユリからしたら迷惑なことになるかもしれん。その気持ちは、今ゆいが俺に感じとるやつなんや。助けたい、何とかしてやりたい、そういう気持ちがないと、こういうことにはならへんし、むしろ、その気持ちを大切にしてほしい。誰かのために動きたい、そうせずにはいられへん。誰にでもできるようなことちゃうで」
優しい言葉が、心を痛め付けてゆく。
(この人は……私が今、一番会ってはいけない人だったんだ)
呆れて、溢れ続ける涙を拭う気にもなれない。次第に増えるズボンの染みは、後悔の数だ。
「本当に、……私は、周平さんの事が大嫌いです」
どことなく微笑んでいる姿を見て、周平は安堵のため息をついた。
「好きなだけ言っとれ」




