表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/43

第十九話 申し訳ながら

 ゆいが泊まっているホテルまでの道のりを長く感じたことは、今まで一度もない。とは思うものの、ゆいが泊まっているホテルに向かうこと自体初めてなので、長く感じようが短く感じようが、それは距離の問題である。だが、これまで駅に向かうときは何も感じなかったのに、何故ホテルだと長く感じてしまうのだろうか。それほど距離は変わらないのに。


 再びスマートフォンを見るが、着信はなし。もう一度電話してみようか悩んだが、あまりにもかけすぎると、またストーカーだと言われそうだ。だが、何故ゆいは気づかないのだろうか。まだ眠っているという可能性はあるが、これまでサユリ捜しに協力していて、この時間なら既に起きていた。電話をすれば出たし、勿論寝起きの時もあったが、どんな時でも出てくれた。まだ数日の話なので、百パーセント出てくれると決めつけるのは良くないが、心配してしまうものだ。


 駅の近くに聳えるホテルは、この辺りではそこそこ高い。駅の近くだけあって客は多いのかと思ったが、それほどでもなかった。窓から見える駅のホームには大勢の人がいて、電車の到着を待っている。


 ロビーはドラマなどで見たことのあるようなものではなく、一見してシンプルだった。白い床に白い壁、端に観葉植物が置かれ、窓際にソファが鎮座しているだけで、他に目立つものは無い。壁にかかっている時計を見ると、九時十三分を指していた。


「いらっしゃいませ」受付の女が声をかけてきた。「宿泊を希望ですか?」

「いや、俺は……」


 そういえば、ゆいから何階の何号室に泊まっているか聞いていない。個人情報を簡単に教えてもらえるとは思えない。


「えっと……知り合いが泊まっとんやけど、起こしてもらいたいんや。電話しても出ぇへんから、心配で」

「その方の名前を教えて頂けますか?」

「ゆい。名字は分からん」


 受付の女は名簿を確認する。一応、最近泊まり始めたばかりだという事も伝えた。上から下まで見た後、女は首をかしげ、探すのに手間取っているのか、紙をめくってまた首をかしげる。そして、女はぼそぼそと言い始めた。


「そうですね……。現在宿泊されているお客様の名簿を確認しましたが、『ゆい』という名前の方は泊まっていらっしゃいませんね」

「はぁ?」


 驚きと共に困惑した。泊まっていない? どういうことだ。

 ゆいは確かに、ここに泊まると言っていた。それに、ゆいを泊めた翌日の夕方、確かにここに送り届けた。まさかその後、別のホテルに移動して、そこに泊まったのか?


「泊まってへん? ほんまか?」

 改めて聞いても、女は頷いた。

「はい。現在泊まっていらっしゃるのは全て男性です。記録に間違いはないと思いますが、一応、確認してみますね」


 そう言って女は立ち上がり、奥へと姿を消した。周平は机に額をのせて、混乱する頭を整理することにした。


 ゆいは確かに、このホテルに泊まった。移動した可能性は考えられるが、わざわざそんな面倒なことをするだろうか。もし、周平を騙すためにこんなことをしたのだと思うと――これまで協力してきたことは何だったのか。


 いいや、そんなことを考えてはならない。そう、首を振った。元々、ゆいは周平の協力を断った。それなのに、周平が勝手についていって手伝っているだけだ。確かに、一度良いとは言ってくれた。だが、ゆいの本心は分からない。


 隙を見て、周平と接触しないようにしているのかもしれない。本当は、周平のことを(わずら)わしいと思っているのだろうか、迷惑だと思っているのだろうか。



「お待たせいたしました」


 女が現れ、持っていたのはボードに挟まれた書類だった。それが、ここに来た客の名前が並べられているものだということは、容易に想像がつく。


「ゆい、というお客様ですが……確かに現在は泊まられておりません」

 女の言葉に肩を落とす周平。

「ですが、その方は朝方に退室されました」

「た、退室?」


 女は頷く。詳しく話を聞くと、今日の七時過ぎにここを出たと言う。


「ほ、ほんまか?」

「はい」

「じゃあ、その後何処に行くとか、言ってへんかった?」

「申し訳ながら、書かれていること以外は存じておりません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ