第十九話 申し訳ながら
ゆいが泊まっているホテルまでの道のりを長く感じたことは、今まで一度もない。とは思うものの、ゆいが泊まっているホテルに向かうこと自体初めてなので、長く感じようが短く感じようが、それは距離の問題である。だが、これまで駅に向かうときは何も感じなかったのに、何故ホテルだと長く感じてしまうのだろうか。それほど距離は変わらないのに。
再びスマートフォンを見るが、着信はなし。もう一度電話してみようか悩んだが、あまりにもかけすぎると、またストーカーだと言われそうだ。だが、何故ゆいは気づかないのだろうか。まだ眠っているという可能性はあるが、これまでサユリ捜しに協力していて、この時間なら既に起きていた。電話をすれば出たし、勿論寝起きの時もあったが、どんな時でも出てくれた。まだ数日の話なので、百パーセント出てくれると決めつけるのは良くないが、心配してしまうものだ。
駅の近くに聳えるホテルは、この辺りではそこそこ高い。駅の近くだけあって客は多いのかと思ったが、それほどでもなかった。窓から見える駅のホームには大勢の人がいて、電車の到着を待っている。
ロビーはドラマなどで見たことのあるようなものではなく、一見してシンプルだった。白い床に白い壁、端に観葉植物が置かれ、窓際にソファが鎮座しているだけで、他に目立つものは無い。壁にかかっている時計を見ると、九時十三分を指していた。
「いらっしゃいませ」受付の女が声をかけてきた。「宿泊を希望ですか?」
「いや、俺は……」
そういえば、ゆいから何階の何号室に泊まっているか聞いていない。個人情報を簡単に教えてもらえるとは思えない。
「えっと……知り合いが泊まっとんやけど、起こしてもらいたいんや。電話しても出ぇへんから、心配で」
「その方の名前を教えて頂けますか?」
「ゆい。名字は分からん」
受付の女は名簿を確認する。一応、最近泊まり始めたばかりだという事も伝えた。上から下まで見た後、女は首をかしげ、探すのに手間取っているのか、紙をめくってまた首をかしげる。そして、女はぼそぼそと言い始めた。
「そうですね……。現在宿泊されているお客様の名簿を確認しましたが、『ゆい』という名前の方は泊まっていらっしゃいませんね」
「はぁ?」
驚きと共に困惑した。泊まっていない? どういうことだ。
ゆいは確かに、ここに泊まると言っていた。それに、ゆいを泊めた翌日の夕方、確かにここに送り届けた。まさかその後、別のホテルに移動して、そこに泊まったのか?
「泊まってへん? ほんまか?」
改めて聞いても、女は頷いた。
「はい。現在泊まっていらっしゃるのは全て男性です。記録に間違いはないと思いますが、一応、確認してみますね」
そう言って女は立ち上がり、奥へと姿を消した。周平は机に額をのせて、混乱する頭を整理することにした。
ゆいは確かに、このホテルに泊まった。移動した可能性は考えられるが、わざわざそんな面倒なことをするだろうか。もし、周平を騙すためにこんなことをしたのだと思うと――これまで協力してきたことは何だったのか。
いいや、そんなことを考えてはならない。そう、首を振った。元々、ゆいは周平の協力を断った。それなのに、周平が勝手についていって手伝っているだけだ。確かに、一度良いとは言ってくれた。だが、ゆいの本心は分からない。
隙を見て、周平と接触しないようにしているのかもしれない。本当は、周平のことを煩わしいと思っているのだろうか、迷惑だと思っているのだろうか。
「お待たせいたしました」
女が現れ、持っていたのはボードに挟まれた書類だった。それが、ここに来た客の名前が並べられているものだということは、容易に想像がつく。
「ゆい、というお客様ですが……確かに現在は泊まられておりません」
女の言葉に肩を落とす周平。
「ですが、その方は朝方に退室されました」
「た、退室?」
女は頷く。詳しく話を聞くと、今日の七時過ぎにここを出たと言う。
「ほ、ほんまか?」
「はい」
「じゃあ、その後何処に行くとか、言ってへんかった?」
「申し訳ながら、書かれていること以外は存じておりません」