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キクノハーレム

満員御礼のこぼれネタ話、お待たせしました。


こぼれネタ話としては二話目です。前ページの一話目は、活動報告にて既出の小話を少し手直ししただけのものなので、すでにお読みの方はご覧にならなくても大丈夫です。


黒峰遥視点で、お送りいたします。




 中原の友達は、なんかおかしい。


「あ、ハセハセー」

「あ? ナカハラじゃん」

 中原が呼び止めたのは、制服をちょっと着崩し、整った顔立ちにばっちりメイクをきめた茶髪のギャルだった。

「これ、例のブツー」

「さんきゅ。……こいつ、ナニ?」

 紙袋を受け取ったハセハセ(?)が、顎で俺を指し示す。

 中原は無邪気に笑いながら答えた。

「心友ー」

「フーン」

 じろじろと頭の天辺から爪先まで眺めた後に、それは詰まらなさそうに鼻を鳴らす。

 態度悪いな、こいつ。

 たぶん地味な男子を馬鹿にしているのだろう。

 中原はどちらかと言えば平凡なタイプなので、こういう派手な友達がいるのは違和感がある。

 ……本当に、友達か?

 懐疑的になっていると、突然、ハセハセ(?)が腕をふりあげた。


「ナカハラ。活字は?」

「中毒!」

「本の?」

「虫ィ!」

「「ヘイ!!」」


 目が点になった。

 ふりあげた腕に中原が腕を交差させ、次には逆の腕を交差し、拳を互いに当てたら最後に手を打ち合わせて終わりらしい。

 ポカンとしていたら、ハセハセ(?)に視線を投げられた。

 うっわ、ドヤ顔でこっち見んな、イラッとするわ!

「じゃ、いくわー」

「おうっ、まったねー」

 ものすごく満足そうに去っていったが、ハセハセ(?)、アンタは一体なにがしたかったんだ、本当に。


 一例である。ちなみに、ハセハセではなく、ハセと呼んでいるそうだ。すごくどうでもいい情報だった。



「キクちゃん……」

「うわ! みかチーがしゃべった!?」

 いや、だれでも喋るぐらいはするだろう、中原。

 通りがかりに声をかけてきたのは、癖のない黒髪を腰まで伸ばした、清楚で儚げな女子だった。表情に影があり、幸薄い感じの美人だ。

「あっ、違うんだよ、ハルちゃん。みかチーは知らない子の前では、基本しゃべらないんだよ」

 俺の怪訝な顔に気づいて、中原が説明してくる。

 ああ、なるほど。隣に俺がいるのに話しかけてきたから、びっくりした訳か。極度の人見知りなのだろうか。

「……」

「え? ハルちゃんを見たい? えーと、いいかな、ハルちゃん」

 今、みかチーとやらは一言もしゃべってなかった気がするんだが。そして了承を取る前に、すでにこちらをじ――っと凝視してるんだが。

 正直、見られていい気分はしない。

 女子への忌避感は依然としてある。平気になったのは、中原ぐらいだ。

 とはいえ、色恋が絡んでいる眼差しではなく、何か数値でも測っているかのような透徹とした視線だ。すげなく断るのは自意識過剰のようで、少し躊躇した。

 ――のが、いけなかった。

 真顔だったみかチーが、フッと鼻で笑う。

 デジャヴュである。

 すわハセの同類かと思ったが、これは早計だった。

 フフッと続いた笑いの吐息に気づいた中原が、みかチーに食ってかかったことで発覚したのだ。

「あっコラッカケザ、ゴホンゴホン! すんなっつってんじゃん! 二までにしとけって、あれほど……っ。いや、二だってほどほどに……ああっもうっ後で体育館裏な!!」

 みかチーは聞いてませんと言わんばかりに両手で耳をふさいで、クラゲが漂うようなふわふわとした足取りで去っていった。


 ……。何が透徹した眼差しだ! 腐ってやがる!!


「ハ、ハルちゃん……?」

 ニコリと笑顔だけど、冷や汗感がぬぐえてないぞ、中原。

 対して、こちらはイイ笑顔で無言の圧力をかけてやった。

「ゴメンッ! いつもは大丈夫なんだ! なんか今日はちょっと、みかチー荒ぶってたみたいでさ……ホント、ゴメン」

 何なんだよ、荒ぶるって。

 しょぼんと肩をすぼめてしまったので、そろそろいいかと許した。

 鼻で笑われたぐらいでは気づかずに済んだはずだから、だいたい中原の誤爆のせいだけどな!


 悪例である。今後、ヤツの視界にはなるべく入らないように心掛けよう。

 けど、早計としたのは誤りだったかもしれない。ハセとミカチーとやらは、根っ子の部分で同類のような気がする。何がとは明言できないが。ミカチーを、あまり分析したくはないので……。



「のぎくちゃん、部活、いっしょ行こ?」

「つっきょ――ん! らぶっ」

 中原が愛を叫びながら抱きつく。

 だが、中原おまえ、いくら女同士だからって公衆の面前で恥ずかしくないのか。

 がっちり抱きしめられているのは、小柄な女子だ。ほっそりと華奢で、顔も手足も小さく、幼げに見える。小作りな中で黒目がちな大きな瞳が印象的な、小動物みたいな美少女だ。

 ハグを終えた中原は、相手の大きな瞳を覗きこんで両手を合わせる。

「ごめんねごめんね、いっしょしたいけど、ちょっと用があって遅れるから、先行ってくれるかな」

 つっきょんとやらが小首をかしげる。

「もしかして、あれ?」

「そうそう、アレ!」

 申し訳なさそうに眉を下げていた中原が、満面の笑顔になった。

「じゃ、彼が心友なんだ」

 束の間、じっとこちらを見つめてから、軽くお辞儀してくる。頭を下げる直前に印象的な双眸に鋭い光が浮かんだが、目を伏せることで隠していた。

「のぎくちゃんの友達の三雲月瑚(みくもつきこ)です。よろしく」

「……黒峰遥」

 親しくするつもりはないので、礼儀として名前だけ返答する。

 つっきょん改め三雲が、あまりにぶっきらぼうに返されたせいか、少し身じろいだ。

「ハルちゃん……(もうちょっと愛想を……は、無理か。うん、知ってた。ニコッ)」

 中原は、最初こそ窘める声音で呼んできたのだが、すぐに生暖かい微笑みで見守る眼差しになりやがった。イラッとくる副音声まで聞こえた気がしたので、頬をつねってやった。

「いぃっ!? あにすんだよ、ハルちゃん!」

 柔らかい。しかもよく伸びる。思わず抗議を無視して、頬の感触を堪能する。

 すると、三雲が勢いよく中原に抱きついた。

「げふぅっ!? つ、つっきょん?」

 押し出される形で二、三歩後ずさった中原の頬から、指が外れてしまう。

 ムッとして三雲を見ると、こっちを一瞥した瞬間に小さくニヤリとしやがった。

 この野郎、やっぱりわざとか。

「ごめんなさい、のぎくちゃん。ほっぺた痛そうだったから」

「ううっ、いい子! ありがと! ん? どした? ……よしよし。うむ、よーしよしよしよしよし」

 三雲は、抱きついたまま肩にぐりぐりと額を押しつけていた。対して中原は頭を撫でていたが、そのうちわしゃわしゃと三雲の髪をかき混ぜはじめた。おまえはムツゴ○ウさんか!

 眉八の字で見上げられ、中原は謝りながら三雲の髪を梳いて直していたが、俺は見た。三雲がちょっと嬉しそうだったのを。女子が髪を乱されて喜ぶなよ。


 結局、このときは俺が中原を急かして、三雲と別れた。

 後から「人の目、気にしろ」と冷たく言ったら、

「だって珍しいんだよ! つっきょんの方から、あんなふうにスキンシップしてくれるなんてっ。ちょーかわいい! もっとモフりたかった」

と、ハアハアしていた。

「変態か」

「何ィ!? 変態兄貴といっしょにすんなや――!」

「兄貴? おまえの?」

「つっきょんのだよ!」

 そこでようやく〈三雲〉という名字に、引っかかりを覚えた。

 乙女ゲーム『コノ花、サク恋』には三人の隠しキャラがいて、彼らは皆、名字に数字が入っている。そして、そのうちの一人が三雲朔日(みくもさくひ)という名前だった。

 中原に名前を伝えてなかったっけ? と記憶を精査すると、言ってなかった。

 三雲朔日は二学期から登場する。しかし、それはヒロインが補佐役員として生徒会に入った場合だけだ。彼が前生徒会長で、現生徒会の相談役をしているからだ。

 そうした隠しキャラはもう一人いて、そちらは顧問の教師である。

 だが、隠しキャラは逆ハーレム要員になることはなく、逆ハーレムルートを狙っているらしい蝶々も攻略に動いていなかった。

 ――いや、正確には攻略する気がない、だろう。

 蝶々はイケメン以外に興味はない。攻略キャラでありながら地味に徹することで、攻略されるのを躱した俺自身がいい例だ。

 つまり率直に言えば、ゲームでは穏やかな文学青年だった三雲朔日は、リアルでは長髪眼鏡のオタクっぽい外見になっていたのである……。

 中原と出会う前に、隠しキャラも一度は偵察を行ったのだが、生徒会関係の二人はどちらも攻略に際して難ありだった。最後の一人は、少なくとも俺には見つけられなかった。ヒロインなら会えるのかもしれないが、どうなのだろう。彼の肩書は理事長で、経営方面の人間なので滅多に学園には来ない。入学式も祝辞を寄せただけで、他の理事が出席していた。

 一応、乙女ゲーム『コノ花、サク恋』の説明をしたときに「隠しキャラって、どんなの? 夫人、攻略に行きそう?」と、中原にちらっと聞かれたが――。

「ゲームのルール上っていうんだけじゃなく、現実じゃ攻略不可だと思う。理事長や教師じゃ、な。蝶々も接触している気配はないし」

「ああ、バレたら洒落にならんね。……いえす! ろりーた。のーたっち。ムリか。なんにもなくても、付き合ってるってだけで世間的にはアウトだもんね。適当にあしらわれるだけになるなら、夫人も突撃かまさないかなー」

 観覧を潔く諦めたのか、それ以上訊ねてこなかった。もしかしたら、残り一人も学園職員等だと誤解させてしまったかもしれない。

 そんな訳で、隠しキャラについてはさらっと触れただけで、詳細までは話してなかった。

 ――だがしかし、まさか。

 ゲームでは、三雲朔日に妹はいなかった。でも現実では、大なり小なりの差異がいくつも出ている。蝶々の名前しかり、黒峰遥()のキャラしかり。三雲月瑚の存在が、そうした差異のひとつだったとしたら?


 ……。やめろ、攻略キャラの妹を攻略してるとか! 本気でイヤな予感しかしない!!


 俺はその可能性にそっと蓋をした。

 訊かないからな。三雲の兄の名前とか、絶対に訊かないからなっ。

 フリやフラグじゃないから! 自分のこと以外の面倒事なんて、これ以上背負えるもんか!


 ものすごく不安をあおられる例だった。

 もうこんな友達はいてくれるな、と切に祈った――。



 甘かった。

 平穏を願う俺の思いを、中原はあっさりと超えていきやがった。

 『コノ花、サク恋』の関係者じゃないが、あの女子のアイドルである敷島律とさえ友人として親しくしているヤツなのだ。平凡なふつうの友達なんて、夢のまた夢。あるのは悪夢ぐらいだ。運命の神がいたなら、お察しだろう? とほくそ笑んでいるに違いない。ガッデム。


 その悪夢とは、職員室前の廊下を歩いているときに遭遇した。

「あっ、菊野。ちょうどよかったわ。ちょっと手伝ってちょうだい」

 低めの心地よいアルトの声が、中原を呼びとめた。開け放たれていた職員室の戸口から、教師が小走りで出てくる。

「えー、やだよ、オルねーちん。用があるんだよ、私」

「こらっ、五十嵐(いがらし)先生、でしょ」

「あうちっ。そっちだって、中原さん、じゃん! オル先生(セン)!」

「おせんべいみたいに呼ばないでよ。あーもうハイハイ、中原サン。準備室までノートを運んでくださいな」

「イーヤーじゃーふー」

 教師を珍妙なあだ名で呼んだ中原は、でこぴんを食らっていた。反省していない中原が言い返すのを、先生は適当にあしらう。小気味よいやりとりは、二人の親密さを十二分に表している。

 その横で、俺は完全に固まっていた。

 目の前の教師が、五十嵐織雅だったせいだ。

 ショーモデルかと見まがうような、長身でほっそりとした優美な手足や身体。明るい色の長い髪が緩やかに波立ち、小さな顔を華やかに縁取っている。顔立ちは、完璧な美貌。配置もパーツの形も、まるで神様が恐ろしく手をかけて創った特別品とでも表現すればいいのか。神様の贈物(ギフト)があふれ零れるほど容姿に与えられてしまった、絶世の美女、いやもはや人外的美人である。


 そして彼女は生徒会の顧問であり――乙女ゲーム『コノ花、サク恋』で隠しキャラの五十嵐織雅とも同じ名だった。


 三雲朔日の場合は、単に蝶々の趣味で攻略不可の判子が捺された。だが五十嵐織雅は、趣味云々以前に性別が女性だった。

 ゲームではもちろん男で、織雅(おりまさ)という読み方だったが、現実では織雅(おるが)と読むらしい。本人が名乗るのを聞いたことがなく又聞きなので、正確な情報かどうかの保証はないが。顧問教師の攻略不可には、本当はこれが絶対的理由としてあったのだ。

 こうしたケースは、実はもう一件ある。生徒会副会長の紫洞院奏(しどういんかなで)は、ゲームの攻略キャラと同姓同名なのだがやはり女子である。説明が面倒で、蝶々の攻略に関わらなさそうな部分は省略した結果、中原には黙っていた箇所だ。

 固まっている間の数秒、思考停止を起こしていたのをなんとか再起動して、とりあえず心中で叫んだ。


 こいつ、やっぱりゲーム関係者を引っかけてやがった……っ! しかも隠しキャラとか!!

 

 中原の両肩をつかんでガクガク揺さぶり、問い質したい。

 おまえがしたいのは観覧であって、乙女ゲー傍観系ヒロインじゃないだろ!? 攻略キャラを無暗矢鱈に誑すんじゃありません!

 待て、落ち着けと自分に言い聞かせる。別にこれまでの中原の友人たちのように五十嵐は牽制してきた訳でもなし、よく考えるまでもなく他も皆女子だ。三雲兄の疑惑はぬぐえないが、ゲームでは攻略キャラだったからといって同性相手に誑すも何もない――という考えは耳に飛びこんできた台詞で霧散する。

「私をこんなふうにした責任、一生をかけてでもとってくれるって言ったじゃない」

 五十嵐が手を伸ばし、人差し指で中原の顎をくいと上げる。

「だから、一生ものの幸せをプレゼントしてやっただろ、キリッ」

 キリッじゃねえよ、何をした、何をやらかしたんだっ中原――!?

 胃が痛い。自分の面倒事より、中原の友人関係の方がもっと胃に響くのはなんでだ。

 というか、さっきまで荷物運びで揉めていただけだったはずが、どうしてこうなった。

 一気に妖しくなった雰囲気に唖然としていると、軽く弾きあげるようにして指を離した五十嵐が、その手を腰に当てた。

「もうっ、強情ねー。じゃあ、先生のお手伝いするのも生徒の役目のひとつですー、さあ、ノート運んでー」

「横暴! ていうか、役目云々以前に、オルねーちんの仕事じゃん」

 やっぱり荷物運びの話だった。

「そう思わないか、ハルちゃん!」

 こっちを見て、両手を広げながらのオーバーアクションで同意を求められたが、中原、なぜ俺を巻きこむ。

 もういろいろと面倒くさくなって、勧めてみた。

「運んでやれば?」

「なっ、ん だ と?」

「あら、君、話がわかるわね。ほら菊野、友達もこう言ってるじゃない。コツコツと内申を上げておきましょうよ」

「バカーッ、ハルちゃんの裏切り者ー!」

 なんで涙目なんだよ。

 そこまで嫌がる中原に不穏なものを感じ、さっと進行方向へ逃げる。

「じゃ、俺はこれで」

 がしっ。二の腕をつかまれた。

「……逃がさん。こうなったら道連れじゃ――っ。 いいでしょ、オルねーちん」

「そうね、もちろんかまわないわよ。さっ、こっちにいらっしゃい」

 逃げ損ねた先で待っていたのは、八クラス分にもなる大量のノートだった。

 うなだれた中原が零す。

「だからヤだったんだ……」

「ああ、うん、悪かった……」

 謝るしかなかった。


 結局、二往復してノートを準備室に運びこんだ。

 そのときに五十嵐との関係を訊ねると、ご近所さんで生まれた時からのつきあいだと教えてくれた。ついでに、意味深発言の中身も明かされた。五十嵐の美貌に磨きをかけるきっかけになった中原が、高嶺の花になりすぎて独身を貫きそうだった彼女に責任を感じて、恋人を紹介したということらしい。すでに婚約しているそうなので、まあ、一生ものの幸せを贈ったというのも嘘ではないとのことだ。

 幼馴染というには年が離れているが、身内みたいなものなんだろう。いくら隠しキャラだったからといって、今は女性だ。中原とつながりがあっても、神経質になることはない。そう安心していた――。


 ノート運びを終え、五十嵐と別れる直前に俺だけ呼びとめられ、

「黒峰君。菊野を泣かしちゃダメよ? 私の大事な大事な、一番特別な女の子なんだから」

と警告されるまでは。


 中原ェ……ホント何やらかしたんだ、おまえええぇ――っ。


 人外美人に上から(五十嵐の方が背が高い)超絶笑顔で凄まれるとか、どんな悪夢だ。問題の焦点である中原が、これ以上用事を言いつけられないよう競歩で先に行ったのを見計らってやってるあたり、絶対に根が深い。


 本当に悪夢の一例だった。というか、この関係は友達なのか?

 いや、考えるな。胃痛どころか頭痛を併発しかねない。心の平穏を守るために、その辺の思考は一切停止することに決めた。

 五十嵐織雅が恐ろしくインパクトのある例だったので、もう何が出てきても驚くことはあるまい。単に基準がおかしくなっただけだが、それでも平和は平和だ。中原をガクガク揺さぶって問い質したい事態なんて、もうないだろう。


 そう思っていた時期が、俺にもありました。



「しっしょう――!」

「師匠呼びやめろ。しーずー」

 シーズー? 犬か、と背後をふりむくと、しっぽを千切れんばかりにふって駆け寄ってくる犬がいた。いや、そんなふうな女子が走ってきた。

 犬種かとツッコんだあだ名の女子は、中原に満面の笑顔を向ける。

「ししょう、ししょう! そろそろ報告会やろう!」

「いや、だから、やめろと……。え、もうそんなに集めたの?」

「そりゃ、夏休みに入る前に一通りは揃えたいもん! むっ、なんかイケメン臭がする……」

「しーずー、ステイ。落ち着けよ」

 中原に宥められたのは、ショートカットでくりっとした瞳の、なかなか整った顔立ちの女子だ。はつらつとした明るさと元気の良さがあふれていて、それが容貌にさっぱりとした愛らしさを纏わせている。クラスで三、四番目ぐらいの、所謂男子が声をかけやすいような可愛い女子といえるだろう。今はくんかくんかと鼻を利かせていて、やっぱり犬か……と残念さを遺憾なく発揮してくれているが。

 俺はそんなワンコを前にして、盛大に口許をひきつらせていた。

 匂いを嗅ぎながら、こちらににじり寄ってこようとしているからではない。いや、ちょっとそれもあるけど。

 心の中で、天を仰ぐ。


 なーかーはーらー、なんでっ、なんでおまえ! 雫沢しずく(サポートキャラ)に師匠とか呼ばれてんだあぁぁ――――っ!?


 神にも届けと絶叫だ(内心で)。

 雫沢(しずくさわ)は、『コノ花、サク恋』でヒロインに攻略キャラたちのさまざまな情報を教えてくれるお助けキャラだ。ゲーム内ではかなりヒロインと仲が良いようだったが、リアルでは会話ぐらいはするクラスメイトという間柄だ。蝶々のゲーム知識が豊富なのなら、わざわざ親しくする必要もないと考えてのことだろうか。

 だが、だからといって、中原と師弟関係を結んでいるとか、いろいろおかしいだろう?! なんの師匠だよ!

 中原が知識なしに結構な精度で、イベントを観覧できていた理由がわかった。蝶々と同じクラスの三雲からも動向を得ていると言っていたが、雫沢の情報網も使っていたのだろう。一クラス内だけでも二段構えである。機を逃さない訳だ。

 サポートキャラと仲良いとか、完全にヒロインポジ乗っ取りじゃないのか、それ……。

 そう突っこみたいのを抑えて、俺の前に出て雫沢を止める中原に訊ねる。

「なんだよ、師匠って」

「しーずー、節度を保てないならホームさせるぞ! ん? えーと、イケメン審美眼のレベルアップと、法律の遵守、せめてグレーゾーンな! みたいなことを教授しました」

「ししょうのおかげで、わたしは高みを知った! ししょう、ちょーすごいんだ。だから、ししょうはししょう以外の何者でもないんだよ!」

 きらきらした眼差しを中原に向ける雫沢は、ご主人様に絶対的な信頼と敬愛を寄せる忠犬に見えた。

 あれ? これ、乙女ゲー傍観ヒロインとかヒロインポジ乗っ取りとかとは、ちょっと違わないか?

 ああ、そうだ。どいつもこいつも(美女・美少女たち)が中原に友人以上の感情を抱いているかに見える現状、それを的確に表すのなら、もっと他の言いようがある。

「……中原」

 両肩をつかんでこちらへ向かせ、正面から見据える。


「おまえはギャルゲー主人公かハーレム勇者か――っ!!」


「はへっ!? なにっ!? 私、女子だ、ょうう゛う゛う゛う゛う゛っ」

 ガクガク揺さぶって問い質す。

「女子じゃねー、絶対に性別を偽ってるだろ!?」

「違がががががっ」

「ししょうになにをするっ、やめろ――!」

 雫沢が忠犬ぶりを発揮して横から止めにくるが、それどころじゃない。

 攻略対象(女)どころかサポートキャラ(女)までオトす中原に、俺は断言した。


「おまえは男だ!! それも世紀の女誑しのな!」


「え゛、え゛え゛え゛~~~~?!」

 中原の情けない声が、その場に震えながら響いた。


 後から思えば、この時の俺はシークレットに次ぐサポートキャラという相次ぐ異例に混乱極まり、動揺のあまり少し壊れていた。

 正直すまん、と反省の気持ちはあるが、言ったことに後悔はない。


 結論。

 中原は女子じゃない。絶対、男だ!




お読みいただき、ありがとうございました!


この話のこぼれネタは、ネタというよりキャラ自身です。本編で出番を削ったつっきょんとしーずーに救済を! と。蓋を開けてみれば、こんなことになってしまいましたが……。書き手的には、書き始める直前まで五十嵐という名前しか決めてなかった先生に、全部持ってかれましたorz


うっすい描写で申し訳ないですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。



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