Ch.3『アドニアの残り香 ―凍てついた心に福寿草の春を―・1』
お読みいただきありがとうございます!
操野形人と申します。
いよいよチャプター3!
新たなクエストが始まります!
本作は【SFファンタジー人形劇】と銘打った、凍てつく大地を舞台に熱血漢のメカニックの少年とアンドロイドの少女が太陽を取り戻す物語となっております。少し不器用な彼らの旅をぜひ楽しんでいってください!
「以上が、本日の定時報告になります」
日が沈み、ネオンが毒々しく街を彩る飲食街。その喧騒の中心にある『紅龍軒』のテーブル席で、リアは今日の出来事を淡々と語り終えた。
本日の仕事を終えたキッドと、一時戻ってきた瑠美が、リアの報告を複雑な表情で聞いている。
「……いろいろと言いたいことも聞きたいこともあるけれど」
瑠美は杏仁豆腐を掬っていたスプーンを止め、溜息混じりにリアを見た。
「ミナししょーのことですね。お誘いはしたのですが、ミナししょーは教会の皆さんとの夕食を何よりも大切にされているようで」
「そうじゃなくて!」
「でしたら、私が割ってしまった窓ガラスの件でしょうか。そちらはミナししょーが知人に頼んで活動期の内に修理を手配してくださるそうです」
リアが至って真面目に答えると、瑠美はついに頭を抱えた。
「……わざとやってる?」
瑠美の鋭い指摘に、リアはようやく肩をすくめて反省のポーズを取る。
「……はい。私としたことが感情回路の昂ぶりに左右され、演算上の最適解から逸脱した行動を取ってしまいました。深く反省しております」
「まったくもう……『アニマは主人に似る』とは言うけれど、その影響が出るの早すぎない? 融通が利かないところまで似てきちゃって」
瑠美は呆れ顔で、諸悪の根源とばかりにキッドの方を見やる。
「なんだよ瑠美、俺のせいか? 猫を助けて、黒社会の連中を退治した……いいことしかしてねぇだろ。よしよし、よくやったリア!」
キッドは叉焼飯をかき込む手を止めると、立ち上がってリアの背後に回り込み、彼女の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「……ありがとうございます、キッド様」
リアは自身の論理的ミスについては心底反省しつつも、キッドから撫でられることには満更でもない――というよりは、頬をわずかに緩ませるような、複雑な表情を浮かべた。
(……はぁ。この調子じゃ、黒社会との因縁なんてすぐに増えそうね)
瑠美は頭を抱えながらも、自らのコネを総動員して事態を収束させる「最適解」を瞬時に脳内で組み立てる。彼女にとって、この2人の面倒を見ることはもはや日常の一部になりつつあった。
「それにしても。話では依頼報酬はたったの10チップだったはずよね? でも、そのテーブルに並んでいるのはどう見ても500チップ以上はあるように見えるわ」
瑠美の視線の先にはリアが机に置いた、財布代わりのチップケースがあった。
「これは……経緯を説明いたします」
リアは表情を硬くし、ロンとのやり取りを語り始める。
「依頼達成の報告で銀色の記憶媒体を提示した際、ロン様はあの竜胆の刻印を見るなり、青ざめた表情で血相を変えました。そして即座に『500チップで買い取る』と」
「中身の解析もせず、にか?」
キッドの問いに、リアは静かに頷く。
「ええ。『額面以上の価値がある』と。そう仰っていました」
「竜胆の花、ね……」
瑠美が独りごちたその瞬間、彼女の瞳の奥に、かつてどこかで聞いたはずの古い物語の記憶がよぎる。瑠美は深い思考の海へ沈み込むように、グラスを見つめた。
「ところでキッド。アンタの方はどうなの? 修理依頼の消化率は順調?」
瑠美がグラスの烏龍茶を揺らし、何気なく話題を振る。それを受けたキッドは叉焼飯を口に運ぶ箸を止め、複雑そうに顔を歪めた。
「順調!……と声を大にして言いたいところだが。今日の最後の依頼、動力炉の修理なんだけど….…ダーメだ!家にすら入れてもらえずに門前払い!あれはちょっとばかり骨が折れそうだ」
その言葉に、スープを啜っていたリアの手がカチリと止まった。
「あら、珍しいわね。人当たりの良さだけが取り柄みたいなアンタが追い返されるなんて。どこのお家?」
瑠美は飲み干したグラスをテーブルに置き、興味深げに身を乗り出す。
「街の外れにあるシェルターだよ。スクラップ置き場のど真ん中にある、あの古びた小屋さ」
「あー……なるほどね」
瑠美は一瞬で表情を曇らせ、深く溜息を吐いた。
「……何か、特筆すべき『曰く』….…危険因子がある場所なのですか?」
怪訝な表情で尋ねるリアに、瑠美は眉間に皺を寄せたまま語る。
「曰くつき、とまでは言わないわ。そこはマダム・ガレナのお家よ。街でも指折りの厭世家でね。誰一人として寄せ付けないことで有名なの。ロンさんがたまに様子を見に行っているようだけど、本当に安否確認程度。……その修理依頼も、恐らく本人からの希望じゃないでしょうね」
それを聞いたキッドは、豪快に頭を抱えた。
「だーっ! そんなの修理そのものより、遥かに骨が折れる案件じゃないか!」
「まあね。あの偏屈っぷりは筋金入りよ」
瑠美は肩をすくめ、不敵に笑う。
「この瑠美様の美貌と社交術を持ってしても、一ミリたりとも靡かなかった相手よ? 過去に一度だけ訪問したことがあるけれど、ドアを閉められた瞬間に私のプライドが音を立てて砕け散ったわ」
拳を固めて力説する瑠美の様子から、ただならぬ因縁を感じ取ったリアは、静かにスプーンを置いた。
「まあ、本人が修理を望んでいないのなら仕方ないわね。その依頼は諦めて……」
瑠美がそう締め括ろうとした、その瞬間。リアがピシャリと彼女の言葉を遮った。
「それはいけません」
不意の物言いに、キッドと瑠美の視線がリアに集中する。リアは背筋をピンと伸ばし、冷徹なまでの決意を瞳に宿した。
「キッド様の仕事は、誰かに必要とされることそのものです。その目的が完遂されなかったとなれば、キッド様の名声という『数値』に不当な汚点が残ります。それは修理屋としてあってはならないことです」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
キッドの困惑など意に介さず、リアは立ち上がる。
「リアちゃん、今の勢いだと何か秘策があるのかしら?」
瑠美の問いに対し、リアは一切の迷いなく言い放った。
「私が行って、論理的に説得します」
その力強い宣言こそが、凍てついたマダムの心と、かつて失われた冬の花――アドニアを巡る、次なる冒険の序曲であった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
楽しんでいただけましたでしょうか?
次回!リアを待ち受ける偏屈な老人と新たなクエストとは!?!?
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次回の更新もぜひ楽しみにしていてください!




