折れた剣と、戦士たちの握手
互いに荒い息を吐きながら、膠着状態が続く透明な広間。
血走った眼球をぎょろつかせていた魔物化したオーナーが、はじめの体勢がわずかに崩れたその一瞬の『隙』を見逃さなかった。
「ガァァァァッ!!」
咆哮とともに強靭な後ろ足で床を蹴り、オーナーがはじめの喉笛を食いちぎらんと一直線に飛びかかってくる。
だが――はじめに狙いを定めることなど、青年は完全に予想していた。
「そっちに行くと思ったぜ!」
青年はオーナーの死角へと低く滑り込むと、飛びかかってきた勢いをそのまま利用し、空中に浮いた魔物の足首に絶妙なタイミングで足を掛けた。
巨体の重心が完全に狂い、オーナーは受け身を取ることもできずに前方のめりに崩れ落ちる。
ドゴォォォンッ!!
勢いよく床に激突し、魔物が完全に無防備な姿を晒した。
「今だッ!」
青年が鋭く叫ぶ。
「……ッ!」
はじめは力強く頷き、握りしめていた魔法のロープを全身の力を込めて投げ放った。
(今度こそ……成功してくれ!!)
はじめの切実な祈りを乗せたロープは、空中で意思を持つ蛇のように解け、転倒したオーナーの身体へと的確に絡みついた。
「ガァァ!? ギルルルルッ!」
魔法のロープは魔物の手足を瞬時に拘束し、ギリギリと縛り上げていく。
しかし、完全に理性を失っているオーナーもただでは終わらない。
狂乱したように暴れ回り、恐ろしい牙を剥き出しにして、巻き付いたロープを無理やり食い破ろうと必死に抵抗し始めた。
「させないぞ!」
そこに、クレアが鋭い踏み込みで割って入った。
彼女は高く跳躍すると、抵抗を続けるオーナーの頭部に向かって渾身の一撃を振り下ろした。
しかし、それは鋭利な刃で斬り裂くための軌道ではない。
オーナーを殺さずに無力化するため、刃ではなく『剣の面(腹)』を使い、ハンマーのように頭蓋を強打したのだ。
ガギィィィンッ!!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
強固な魔物の頭蓋を全力で叩き据えた鋼の剣は、本来の「斬る」という用途とは全く異なる衝撃の受け方をしたため、その負荷に耐えきれず、パキンッと音を立てて真っ二つに折れ飛んでしまった。
「……ゴ、ァ……」
だが、その捨て身の一撃の効果は絶大だった。
脳震盪を起こしたオーナーは白目を剥き、そのままドサリと床に崩れ落ちて完全に気を失った。
激しい戦闘の余韻が残る中、気を失ったオーナーの巨体は徐々に縮み始め、やがて元の『人間のサイズ』へと戻っていった。
しかし、そのおぞましい魔物の姿そのものは変わらないままだ。
魔法のロープだけが、縮んだ身体に合わせてしっかりと彼を縛り上げている。
「やった……!」
はじめは全身からどっと汗が噴き出すのを感じながら、深い達成感とともにその場にへたり込んだ。
「やれやれ。……何とか片付いたな」
青年も、自身の服についた埃をパンパンと払い落としながら、安堵の息を吐いた。
その青年のもとへ、半分に折れた剣の柄を腰に収めたクレアが歩み寄る。
「助かった。……お前の加勢がなければ、私かはじめのどちらかが確実に死んでいただろう」
クレアは青年の見事な体術と的確な判断力を称え、スッと右手を差し出した。
青年は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべてその手を力強く握り返した。
「あんたも、あの巨体の頭を剣の腹でぶっ叩くなんて、なかなか無茶苦茶な真似をする女だな」
種族も素性も違う二人の戦士が、互いの実力を認め合い、固い握手を交わす。
死闘を乗り越えた空間に、お互いを称え合う確かな信頼の空気が漂っていた




