4、Happy name story
名前って自分では決められませんが、自分の好きな名前だったら最高ですよね。
このお話は、自分の名前が嫌いだった女の子のお話です。
自分の名前を好きになれたら、自分にも少し誇りを持てますよね。
私、かつら。佐々木かつら。
かなり平和主義な小学6年生。だから、嫌いなものはケンカ。
今から話すけど、我が家の現状をしれば、私が平和をのぞんでやまないのも分かってもらえると思うわ。
好きなものは、ママのとりのから揚げとおばあちゃんのとりのから揚げ。
え?ずいぶんとりのから揚げがお好きなんですね、ですって?
ちがうのよ。それがね、ママのから揚げとおばあちゃんのから揚げは全然ちがうの。
せつめいするわね。ママのは、ささ身をつかったレモンソースのあっさり系。
おばあちゃんのは、こってりもも肉の甘辛しょうゆ味。
ねっ、りょうほうともぜんぜんちがうでしょう。
ちがうのはそれだけじゃない。ママは、細身のスーツでばっちりきめた保険会社のキャリアウーマン。
おばあちゃんは、ずんぐりもっくりした肝っ玉お母さん。お父さんを末っ子として、五人きょうだいを育てあげたバリバリの専業主婦。
ここまで言えば、だいたいのことは予想がつくと思う。
そう、ママとおばあちゃんは、全く正反対でケンカばっかり。顔をあわせると、おたがいに反対意見をばっさばっさ言い合っている。
小さい頃は、それでも仲が良い家族だと思っていた。だって言い合ったあとも、二人はいたって普通だったから。
でも、初めて友達を家に泊めた日。内気な私がやっと友達をつくれて、家に招いた日。その時、その子に言われたのだ。
「かつらちゃんのお家って、らんぼうね。ケンカばっかり。」
がーん。私は生まれて初めて他人の目を知った。その後、友達を家に呼ぶことはいっさいしなくなった。そして、ママとおばあちゃんのケンカに胸がいたむようになった。
でもね、私には最近、もっともっと大きな悩みができたの。
そのせいで、学校にも行きたくない。クラスメイトとも顔をあわせたくない。
クラス替えをしてから、ばかにされない日はないわ。
私の所属している一組は、ちょっとやんちゃな子が多いの。すぐ人をからかったり、笑いものにしたりする。
熊谷 健太郎。
つうしょう、『けんちゃん。』
一組のボス。背が高くて、かっこよくて、スポーツ万能。クラスの男子は、熊谷君が右と言えば右を向く。左と言えば左。
女の子からも、当然人気が高く、学校一のマドンナ、池田かりんさんも熊谷君に夢中だとか、夢中でないとか。
熊谷君とは、六年生になって初めて同じクラスになったのだけれど、私は初日から目をつけられた。
おとなしくて、目立たない私が、どうしてそんな目にあったと思う?
すべては、そう、この名前のせいよ!
私のかつらという名前を聞いたら、みんな何を連想する?そうそう。正解!
だいたい答えは1つ。だれもが思うことよね。
忘れもしない、あの始業式の朝。
「みんな席に着いて。出席をとります。」
私は、不安だった。
それは、入学当初からずっと続いている不安。
この名前にクラスメイトがどう反応するか。それはこの始業式の朝に分かる。今までは、ちょっとからかわれる程度ですんでいた。みんな、すぐ目立たない私の事は、注目しなくなったから。
担任の先生は、順番に名前を呼び始めた。
「熊谷 健太郎さん。」
「はいっ!みんなー。よろしく~。」
おどけて熊谷君が、いすの上に立った。
「よっ、けんちゃん!」
「けんちゃん、さいこ~。」
とりまきたちが、熊谷君をもてはやす。
何人かが返事して、とうとう私の番になった。
「佐々木かつらさん。」
「はい……。」
一瞬間があいた。
そして、熊谷君がおどけた。
「かつら?はげているんですか?」
どどっ。クラス中が笑った。
その瞬間、私の運命は決まった。
熊谷君は始業式の日から、「かつら~。」と私を呼び捨てにするようになったのだ。ボスが「かつら」と呼んでいるのだから、当然周りはざわめきたつ。それ以来、私はとりまき達に「はげかつら。」と、からかわれている。
ケンカがきらいな私は、下を向いてただだまっているだけ。
でも、今日は、特別落ち込んだわ。
帰り道、小さな下級生の子にまで笑われたの。
「かつらって名前なんだって。へんだね。」
気にしているのを気づかれないように、聞こえないふりをしたけれど、ショックだった。
それよか、とどめはその子と一緒に帰っていた、学校一のマドンナ、池田かりんさんの一言。
「ほんと、センスのない名前よね。」
と、ぼそっ。
私、しっかり聞いてしまった。
それを言われたら、ケンカになる子もいるでしょうね。自分の名前が好きならね。
でも、私は、かつらという名前がはずかしいし、嫌いなものはケンカ。
それに、相手はマドンナよ。勝ち目はゼロ。
だから、私は
「かりんって素敵な名前だものね。」
と、ぐうの音もでず、泣きそうになった。
運が悪いことは重なるものだ。
そこへ熊谷君のとりまきの一人が通りかかった。
「かりんちゃん、今帰り?」
「ええ。今日はけんちゃんと一緒じゃないの?」
「うん。けんちゃんは文房具店へプレゼントを買いに行くって先に帰った。」
「プレゼント?」
池田さんは、私をとげのある目で見た。
「けんちゃん、何を贈るの?」
「Kって形の消しゴムだよ。かりんちゃんに贈るんじゃないかな?」
池田さんは、わざと大きな声を出した。
「Kがつく名前の子はたくさんいるわ。はずかしい名前の場合もあるしね。」
「おっ、言われてみればあそこに見えるのは、はげかつらじゃありませんか。かりんちゃん、あいつの名前の始まりは、はげのHだよ。」
「あら、そんな事言ったらだめよ。」
二人の笑い声を背にして、私は耐えた。悔しかった。辛かった。でも、私はらんぼうものじゃない。ケンカなんかしない。
落ち込んだまま、家の玄関についた私。なんだか自分が不幸に思えた。
玄関の横には、かつらの樹が植えてある。
亡くなったひいおじいちゃんが、佐々木家の幸せの象徴として植えたんだって。
幸せの象徴…。どこがよ。
ひいおじいちゃん、分かっている?私なんてその名前のせいでばかにされているんだから。
私は、冷たく横目でかつらの樹をちらっと見て、ドアを開けた。
そうしたら、言い合いをする声が聞こえた。
私は、急にお腹がぎゅーんとなった。
「お義母さん、洗濯機に任せておけばいいんですよ。勝手にかわかしてくれますから。」
「花さん、洗濯物は、お日様の下でかわかしたほうがいい。」
「時間が短縮できるんです。私、忙しいんですよ。」
「だから、私がやるからまかせておいて。」
「そういう問題ではありません。それと、おそうじロボットも買うことにしますから。」
「何言うの。新聞紙、お茶がら、ほうきがあれば十分でしょう。昔の知恵を馬鹿にしたら、いけません。」
「お義母さんこそ、今の技術を馬鹿にしないでください。」
「花さん、ほんとうに私達意見があわないわねぇ。」
「ええ、お義母さん、見事に正反対ですねぇ。」
そこまで聞いて、私は何だか家に入りたくなくなった。
いつもだったら、それほど気にならないのに、今日は何だか心がとげとげしていたから。
みんな嫌いよ。どうして、こうケンカのタネばかり私の周りにはあるのかしら。
だれとも会いたくない、話したくない。
私は、思わず駆け出していた。
文房具やの角を曲がった時だった。
「かつら!!」と呼び止められた。
見ると、熊谷君だった。
「かつら、急いでどこへ行くんだよ。」
私は無視した。
クラスのボスを無視したのだ。明日から自分の身はどうなるか。そんなことさえ忘れるほどいらいらしていた。
「おい。なにこわい顔してるんだよ。何かあったのか?」
「……っといて。」
「え?何?」
「ほっといて!!」
私は大声をあげた。
予想にはんして、熊谷君はうれしそうな顔をした。
「おれ、かつらの声、久しぶりに聞いた気がする。」
熊谷君は続けた。
「四年生のあの時もほとんど話をしなかったしさ。今もあの消しゴムとってあるんだぜ。」
私はなんの事だか分からずにだまっていた。
「かつらは、もう少し話した方がいいぞ。おい、かつら、聞いているのか?」
私は頭に血がのぼった。
「いいかけんにして!!かつら、かつらって呼ばないで!!」
「なんでだよ。かつらはかつらだろう。」
その言葉に私はせきをきったように口走った。
「そうよ。私はかつらだから消えていなくなるわ。」
「おい、いったいどうしたんだ?」
「かつらなんてだいっきらい!!ついでにあんたもだいっきらいよ!!」
熊谷君は初めてひきつった顔をした。
私はそのまま走り出した。
隣町の公園。
人見知りのはげしい私は、地元の公園より、来る人がまばらな隣町の公園が好きだった。
よく大きな土管の中で、一人で考え事をしてたっけ。
私は、あたりが暗くなるまで、その大きな土管の中にひそんでいた。私が家出をできる場所なんて、ここしかなかった。
頭の中がぐるぐるしていた。お母さんとおばあちゃん。そして、熊谷君に池田さん。
一人でいたいくせに、涙が出るほど寂しかった。胸に穴があいたみたいに、風がぴゅーぴゅー吹いていた。
ぽろっ。
とうとう左目から涙がでた。
私は、自分の肩を両手でぎゅっと抱いた。
心は真冬なのに、私の体は温かかった。
生きているんだ。生きているのって、こんなにさみしいの?みじめなの?
右目からも、つーっと涙が出た。
どれくらいたっただろうか。
「かつら~。」
ママの声がした。
「かつら~。」
おばあちゃんの声もした。
家出なんてしてしまったけれど、私はその声たちが懐かしくて、うえぇ~んと大泣きしてしまった。
「かつら。やっぱりここだったのね。遅いから心配したわ。」
ママが、優しく抱きしめてくれた。
「花さん。やっぱりここだったね。かつらに関しては私たちの意見はぴったりね。」
私は、泣きながらも不思議に思った。
「ど、ひっく、どうして?ひっく。ママとおばあちゃん、ひっく、いっつも正反対でケンカばかりじゃない。」
ママがウィンクした。
「いつもケンカしているようにみえるだろうけど、おばあちゃんとママ、実はすごく仲が良いのよ。かつらは分かってくれていると思っていたのに。」
おばあちゃんが、私の頭をなでて
「私達は家族なのよ。ケンカなんて仲良しの証拠よ。全てはね、かつらの名前が表しているんだよ。」
と言った。
ママとおばあちゃんが、交互に話してくれた話はこうだった。
私が生まれる時、それはそれは難産だったそうだ。
だから、ママは出産後の体調も良くなかった。
おばあちゃんは、実家が遠いママを必死で世話した。
ママの言葉を借りると、『実のお母さんのような、心のこもったお世話だった』そうだ。
そのおかげで、ママは安心して養生し、無事回復した。
そして、みんなが落ち着いてから初めて、私の名前のことで家族会議が開かれたらしい。
あんのじょう、そのころからママとおばあちゃんは正反対だったから、パパは名前のことでひともんちゃくあるだろうなぁと気をもんでいたようだ。
ところが……だ。
名前はあっさり決まった。
「お義母さん。私、いつも逆らっているようだけど、お義母さんの生き方を尊敬しているんです。母として、精一杯家族に尽くしてくださるその生き方は、誰にでもできることではありません。嫁の私にまでとても良くしてくださって……。ひいおじいちゃんがつけたお義母さんの名前、杉子。どんな風雨にも負けずにまっすぐ育つ杉。ひいおじいちゃんの思いを感じます。そして、それはまるでお義母さんそのもの。この子にも、樹の名前をつけたい。」
「花さん。私こそ、あなたを尊敬しているわ。働きながら、子育てをする。そんな大変なことに挑戦しているんだから。逆らっているなんて思ってないよ。意見を言いあえるのは、家族だからだと思っている。本音で言い合えるなんて、実の親子と同じでしょう。花は、すべての人に愛される。まるで、花さんみたい。女の子だし、花の名前から、つけることにしない?」
「あの、あのさ。」
パパが遠慮深く言った。
「じゃぁさ、樹と花とくれば葉っぱだろう?もみじなんてどうかな?かわいいだろう。」
ママとおばあちゃんは、はっとしてパパを見た。パパは、とたんにおどおどした。
「じょ、じょうだんです。好きに決めてください、はい。」
「「かつら!!」」
ママとおばあちゃんが、同時に叫んだ。
「ひいおじいちゃん、かつらの葉っぱの形が家族のそれぞれの心で、それが合わさって、一つの樹、家族になるって玄関に植えたんだわ。」
「そうですね。ひいおじいちゃんの思いも素敵だし、かつらは葉がハート型で、幸せをつなぐこの子にぴったり。」
「お義母さん!」
「花さん!」
ぼうぜんとしているパパをしりめに、二人は、かたく抱き合った。
こうして、この日から私は佐々木かつらになったのだ。
私は初めて聞く自分の名前の由来におどろいた。「かつら」にそんな意味があったなんて。
「かつら!!」
息を切らしながら、熊谷君が走ってきた。
「熊谷君。」
「心配かけるなよ。死んじゃうんじゃないかと思って町中さがしたよ。」
「ごめん。」
「まぁ、おれになんか心配されたくないだろうけど。」
「ごめん。あれは気が立っていてつい言っちゃったの。」
「つい?焦って損した」
「かつらのお友達?」
ママがたずねた。
「はい。熊谷健太郎です。はじめまして。」
「あら、とってもかっこいいじゃない。」
おばあちゃんが耳打ちした。
私はばつが悪くなって、ぶっきらぼうに言った。
「熊谷君、もう大丈夫だから。」
「かつら、これやるよ。」
熊谷君はくしゃくしゃになった包み紙を私に渡した。
「なかなか勇気が出なくて遅くなっちゃったけれど、四年生のときのお礼。覚えていないだろうけど、あの時おれのKの消しゴムを雨の中探してくれただろう?」
そういえば、そんな事あった……。
あの子、熊谷君だったんだ。
あの時、熊谷君は今よりずっと小さくて細くて、壊れちゃいそうな子だったから、今の今まで気づかなかった。
雨の中、傘をさして下を向いて歩く男の子がいたから心配で声をかけたんだ。
だって事故にあったりしたら危ないでしょう?
そうしたら、入院しているおばあちゃんに買ってもらった消しゴムを落としちゃったって。
それで二人で帰り道をくまなく歩いて見つけたんだっけ。
熊谷君は、くるっと背を向けながら言った。
「かつら、いい名前だけどな。かりんよりずっとすきだ。」
私は、どきっとした。
そして何だか胸がほわほわした。
お母さんとおばあちゃんが「おおっ」って言ったので我に返ったけど。
そして、私が家出をして帰ってきたその夜。
私は気になって包み紙をすぐ開けた。そこにはkの形をした消しゴムが入っていた。
『これ、かつらのk?』
私は、普段はみんなにやさしい池田さんが、なぜあんないじわるをしたのか何となく分かった気がした。
そしてあらためて、熊谷君とのやりとりを思い出した。
あの時、私は自分の思いを初めて他人にぶつけた。
もしかしたら、仲良くなれるかな?ケンカしても大丈夫な友達になれるかな?
いつもより遅くなった晩御飯には、ママのとりのから揚げとおばあちゃんのとりのから揚げが並んだ。
私は、ほっとしたのか、すっきりしたのか、何とも言えない清々しい気分でぱくぱく食べた。
ママとおばあちゃんみたいなあっさり味もこってり味も、死ぬほどおいしかった。
でも、ママとおばあちゃんは相変わらずだ。
「花さん、かつらみたいにぱくぱく食べなさい。」
「お義母さん、私、メタボになりたくないんですよ。」
「女性は、ふっくらしとったほうが、かわいいわよ。」
「それは、古い考えです。やはり、適度にやせていませんと。」
今日という日がなかったら、いつもどおり、あきれて、ため息をついたかもしれない。
でも、今の私は楽しく聞いていられた。ケンカするほど仲が良いってほんとうだな。こんな大好きなもの同士のケンカなら悪くないな。私は、嬉しくて笑顔になった。
パパが私に耳打ちした。
「この家の女は強い。かつらは、気を付けてくれよ。」
私は、満面の笑顔でパパに返した。
「私も強くなるよ。見てて。」
パパは、複雑そうに「う~ん。」とうなった。
明日から、楽しく学校にも行けそうだ。
かつらって素敵な名前よね。
気に入っちゃった。
どんなにからかわれても、もう平気。どうどうとしていられる。
それでも、かつらという名前を悪く言われたら、はっきり「私は好き」って言えばいい。仲良くなりたいという思いをこめて。
あれ?私、もうすでに強くなったのかな。
まだ言い合いをしているママとおばあちゃんを見ながら、私は明日からの学校生活にわくわくしていた。
佐々木かつら。
そう私は佐々木かつら。
佐々木家の幸せの象徴の名前をもらった子。
そうか。自分を誇りに思うってこういうことなのかな。
私は、最後に一つずつ残ったから揚げを一度にぱくっと口にほうりこんで、玄関に行ってかつらの樹をなでた。
「ひいおじいちゃん、私、このかつらの樹にぴったりの人になるね。」
何も返事は返ってこなかった。けれど、私はとてもとても満足だった。
おわり
お読みくださり、ありがとうございました!