金属アレルギーの、その次
「色取君、調子はどう?」
景臣のところに色取が入院して、一週間ほど経った。
由布梨には、色取が日に日に調子が良くなっているように見えた。
それでもまだ、解毒は完全に終わっていないらしく、外出許可も出ていない。毎日、ただ寝ているような状況だ。
「もう、かなり良いんだけどな。先生はまだダメだって」
「そっか~、やっぱり解毒って回復呪文なの?」
由布梨がこの前、回復呪文をかけてみようとしたところ、全く効果がなかった。どうやら、回復魔法は使いこなすのが難しいらしく、あの後も挑戦してみたのだが、収穫はなかった。由布梨も治療に力添え出来たら良かったのだが、それは難しそうだ。
「そう、先生が一日の終わりに余力がある時やってくれるんだけど……ずーっと呪文を唱えて、終わった後は先生がぐったりしてるんだ」
「そうなんだね」
それが、この世界で病院が少ない理由の一つなのかもしれない。この街にも一つ、景臣先生のところにしかない。かなり体力的に厳しい職業なのだろう。
「ごめん、由布梨。迷惑掛けて……」
色取がふとそう口にした。
彼は優しいから、今の状況を申し訳なく感じるのかもしれないが、それは違う、と由布梨は思った。
――もしあの時、色取君が私を突き放してくれなかったら、私が苦しむことになっていたはず……。
だから、迷惑をかけられているなんて思うことは、一個もないのだ。
「かーけられてない。言ったでしょ?」
由布梨は色取のおでこを小突いた。
「そっか、ありがとう。でも、今は一人で境界のモンスターと戦ってるだろ? 毎日、心配でさ……」
「大丈夫、みんなもいるから」
境界の壁のモンスターと戦うことを生業にしているのは、由布梨だけではない。モンスターに関する危険はその場にいる全員が分け合っている。
そう思うことで、由布梨は一人で戦うことの不安を打ち消して頑張っている。
本当は、色取が全快するまで一人でちゃんと治療費を稼いで、やっていけるのかなあ、と由布梨は不安に思うこともあったが、それは絶対に零さないようにしていた。
――色取君、私頑張る。だって、一緒に元の世界に帰るって、約束したもんね。
約束を思い返していると、由布梨は色取に話し掛けられる。
「なぁ由布梨」
「何?」
「……何で景臣先生、包帯ちょっとだけ巻いてるんだ?」
色取の不思議そうな顔に、由布梨は思わず噴き出した。
*
いつものように由布梨が境界の壁でモンスター退治をしていた時のことだった。
魔呪文を唱え、モンスターに魔法が翔けていくその様子を、由布梨は落ち着いて見守っていた。
――これで、今日もどうにか無事に終わる。
そう思っていた時、由布梨は喉に何かが張り付いたような不快さを感じた。
「ごほっ、ごほん」
思わずせき込んでしまう。
「どうしたの、由布梨?」
「風邪引いたのかも? ほら、色々気苦労というか、それで疲れ気味なのかも」
柚葉と佳代が駆け寄って心配そうな顔を向ける。
「大丈夫、大丈夫……」
由布梨はそう答えた瞬間に、腕のあたりにぴりりと沁みるような刺激を感じた。
「んん?」
袖をまくって、腕を確認すると全体的に赤くなっていた。しかも、かゆみを感じる。
由布梨は嫌な予感に身を震わせた。この症状は、素手で金属製のスコップを握ってしまった時に起こる症状と似ている。つまりは、金属に対しアレルギー反応を起こしているかのような。
由布梨は周りを見渡す。金属なんて、いつの間に触ったのだろうか。由布梨は手のひらをひっくり返してみる。そういえば、赤くなっているのは肌の表面というより、もっと内側の気がする。
「何か、変なことが起きてるな」
たぶん一時的な体調不良だろう、と思い由布梨は数日間放置した。
しかし、治るどころか、何故かその症状は境界の壁を訪れるたびに再発する。
「まさか、境界アレルギー?」
そう考えたりもするのだが、すぐにそんなことあるわけないか、と由布梨は心の中で否定した。
たびたび起きるので、そろそろ原因が気になって来た。
由布梨は景臣のところに行って、色取と会う前に景臣に相談した。
「先生、最近肌が赤くなったり、せき込んだり。アレルギーみたいな症状が出るんです」
「アレルギー? お前、何アレルギーなんだ?」
「金属なんですけど、最近金属を触ってないのに起きるので、何か別のアレルギー発症してるんじゃないかと……」
「ほう。それで、どういう時に起きるんだ?」
「……境界の壁に近付いた時です」
由布梨が答えると、景臣はあからさまに頭を抱えた。
「分かんねえな……聞いたことねえ、境界に行くと具合悪くなるってのは……」
「そうですよねー」
「境界に行って、することと言えば?」
「モンスター倒します。魔法使います」
由布梨の答えを聞くと、景臣は額に指先をぐりぐり押し付けて首をひねっていた。
「もし、魔法を使うことが原因なら、今調べられる……か」
「えっと、私はどうすれば」
「――なんか、適当な魔法をこの部屋くらいの範囲で使ってくれ」
「この範囲、とは」
「お前、いつも魔法使う時、範囲指定してるか?」
「? いいえ」
範囲指定、耳慣れない言葉だった。由布梨は景臣に説明を求めた。
その後、景臣が解説してくれた内容をまとめると、だいたいこんな感じになる。
無意識かもしれないが、魔法を使う時はたいてい、どのくらいの範囲に魔法を適応させるか決めている。
大海に一滴の黒いインクを落とすとなれば、そのインクは海にあっという間に吸い込まれ、海の水の色は透き通って透明なままだ。
しかし、コップの中の水に黒いインクを一滴垂らしただけで、コップの中は黒く染まる。
つまり、大事なのは魔法を効かせる領域の指定範囲の問題である。
もし、この世界全体に魔法を発動させたのなら、攻撃力はその分低下され、六畳間を指定するのなら魔法の威力は強力に発揮されることになる。
魔法使いは全員、直感的に、魔法が指定領域外に漏れ出て、攻撃力が低下してしまうのを避けるために、シールドを張っているのだ。
シールドがなければ、魔法の発動条件としてはかなり不利になる。
「もしかして、いつも魔法が発動した時出てるあの、キラキラって……」
由布梨には思い当たる節があった。
「それがシールドだ」
「へえ……」
魔法使いの知り合いがいないので、今の今まで、由布梨が全く知らなかった知識だった。
「この部屋くらいの範囲で魔法を使ってみろ」
景臣はもう一度、指でひし形を作って差し出した。
由布梨は室内の何もない空間に向けて、魔法を発動した。もちろん、先生の指定した通りの狭い範囲で。
空中にキラキラとした銀の粉を吹きながら稲妻がほとばしって消えた。
「やりました……ごほっ」
由布梨は魔法を発動させた瞬間、また喉に何かが張り付いている気がする。思わず言葉の途中でむせてしまう。
景臣が由布梨の額を掴むように手を添えた。
「どうやら魔法の方がまずいみたいだな……」
景臣が短く呪文を唱えると、すっと不快感が消えていく。
「すごい――」
「そんなことより、お前、魔法アレルギーじゃねえか。正確には、魔法のシールドの粉アレルギーだと思うが」
景臣が眉を寄せて言った。
「あっ、どうしよう」
由布梨は割と現実的な問題に直面してしまっていることを実感し、一気に冷汗をかいた。
魔法使いに向いていると言われたのに、アレルギー体質が発揮されてきてしまっている。これはあまりよくない傾向だ。
続ければ続けるほど、寿命が確実に縮みそうな気がする。
――でも、色取君の治療費もあることだし……。
由布梨は眉を曇らせて悩んだ。
「転職すればいいだけだろ」
景臣がさもあたりまえのように言った。
「そんな簡単には……ちょっと」
「アレルギー体質を直すって相談なら、俺には手に負えねえぜ」
景臣は肩をすくめた。
「ですよねー」
それは、とりあえず色取君の見舞いを終えてから考えることにしよう。
由布梨は色取が入院している部屋に行った。
「色取君」
「由布梨、あのさ、なんかあった?」
「ええっ」
色取のいきなりの問いかけに、由布梨は思わず後退してしまう。
まさか、色取にはすべて分かってしまっているのだろうか。
「さっき、雷みたいな音が聞こえたから」
「あぁ……」
どうやら色取は、さっき由布梨が発動させた魔法のことを言っていたらしい。
「先生に魔法のこと教わってて、ちょっとね」
嘘は言ってないが、肝心なところは濁してしまっている。
「へぇ、由布梨が教わるってことは、やっぱ景臣先生ってすごいんだな」
色取が笑った。
「そっか。何かあったらすぐ言ってな」
「……うん」由布梨は浅く頷いた。
色取の言葉に由布梨の心は迷いだす。
今、打ち明けるべきか、それとも彼の体調が万全になるその時まで待つべきか?
その内たぶん、隠しきれなくなってしまう、由布梨の秘密。
ワンピース風の着物の、ふわりと広がった袖口の内側で包み隠している、由布梨の腕に起きている異変について。
魔法を使った後に赤みが出て、まだそれが引いていない肌。
由布梨は魔法を使うと同時にシールドを張ると発生する、あのキラキラしたパウダーがおそらく苦手だ。軽くむせてしまうし、肌が赤くなってしまったりもする。
れっきとした魔法アレルギーといえるかもしれない。
正確に言えば、シールドの粉アレルギーだけれども。
――それで、私はこれからどうしていけばいいのだろうか……?
由布梨は色取の病室を後にして、街をウロウロ歩き回りながら考えた。




