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龍に

それからも、維月は昼間はずっと別次元の維心と共に過ごした。

そうして、一週間もした頃、ついに維月は龍として神格化することに成功した。陽蘭がたった三日で神格化したことを思うと、碧黎の力はやはり並ではないのだと、維心も十六夜も感じた。

「ま、ぶっ続けであったからの。」碧黎は、そう言って陽蘭を横に苦笑した。「身を持っておったなら、耐えられるものではない。我だって、途中気が尽きそうになって、陽蘭に止められたのだぞ?いくら最強でも、龍の維心に耐えられるものではなかろうの。」

こちらの王の居間は、やはりあちらの龍の宮のものとそっくり同じだった。その中で、こちらの次元の維心は正面の定位置に座り、維月はその前の椅子に、十六夜とあちらの維心に挟まれて座っていた。その横には、碧黎と陽蘭が並んで座っているという按配だった。

別次元の維心が、感心したように言った。

「我が父は、母を神格化させるのにひと月掛かったのだと聞いている。我が一週間で維月を神格化させられたのも、大概早いと思うておったのに、主はさすがに地よな。」

皆が、ホッとしたような雰囲気で居るのに対し、十六夜は焦ったように維月の肩を抱いて言った。

「じゃあ、とにかく一度帰ろう。親父、維月を月に上げられるんだろ?」

両方の維心が驚いたように眉を上げる。碧黎は、呆れたように手を振った。

「何を焦っておる。確かにそうだが、命が安定するまで待て。そのように案じずとも、維月をきちんと片割れに戻してやるゆえ。」

十六夜は、黙った。そうか、今は月でたった一人なのだ…昔、地上に降りて来られずに、たった一人で地を見下ろしていた頃と同じ。

維月は、十六夜を気遣って言った。

「大丈夫よ、十六夜。元々私達、お父様が月へ上げてくれて月になったのではないの。戻ったら、簡単に私をまた月へ上げてくれるから。ずっとこのままじゃないわ。」

あちらの維心も、維月の横から言った。

「そうよ、十六夜。我とて、維月が不死であるのに慣れておるし、今更龍であっては困るのだ…老いて、先に逝ってしまうやもしれぬではないか。それに、龍は病にもなる。月であれば、我も安心であるしな。反対したりはせぬから、そのように焦るでないぞ。」

十六夜は、頷きながら、別次元の維心を見た。

「シン、すまないな。お前のお陰で、維月を失わずに済んだ。しかし、寿命があるお前が、維月に命を分けて大丈夫なのか?」

維月は、驚いて別次元の維心を見た。そういえば、お父様は不死だから少々大丈夫だろうけど、維心様は龍なのに。命を分けたりして…。

維月の案じるような目に、別次元の維心はフッと笑った。

「心配する必要はない。我は、そこまでか弱い命ではないゆえな。だからといって、何人も神格化することは出来ぬが、生涯でただ一人ぐらい命を分けてもなんともないわ。」と、愛おしそうに維月を見た。「それに、そのお陰でこれからは時々にでも維月に会うことが出来るのだ。我は、幸せ者よの。」

あちらの維心が、少し眉を寄せたが、何も言わなかった。十六夜は、ふっと息を付いて、別次元の維心を見つめた。

「お前って…ほんと、欲がないっていうか、維心と違うよな。」と、あちらの維心を見た。「シンを見習えよ、維心。もうちょっと…なんて言うか、維月に対してがっつくのを止めろよな。」

あちらの維心は、顔をしかめた。

「がっつくとは何ぞ?前世から黄泉、今生と愛して来たのだから、離したくないのは当然であろうが。」

それを見た碧黎が、もううんざりといった顔で横を向いた。

「やめよ。主らはほんに…それでよう何百年も共に来たの。」と、陽蘭の肩を抱いて立ちあがった。「さて、では確かにこちらではすることが無うなったの。あちらへ戻ろうぞ。維心…いや、シンか。世話になった。これよりは我が娘が時々に世話になるそうであるの。よろしく頼んだぞ。」

シンは、立ち上がって碧黎に軽く頭を下げた。

「こちらこそ、主の娘を我に一時でも任せてくれること、礼を申す。こちらへ来た時には、決して不自由はさせぬと約す。」

碧黎は、驚いたようにシンを見て、そして、陽蘭を見た。

「…なんとの。同じ維心でも、こやつは我に礼を尽くして居るぞ。こっちの維心は当然なような顔をしておるのに。」

陽蘭は、ふふと笑った。

「前に会うた時、我も同じように思うた。シンは我を、維月の母として尊重してくれておるのに、維心は違うと。」

すると、あちらの維心が慌てたように言った。

「我らは生い立ちが違う。それに、最初に会うた時には、主らは敵のような存在であったではないか。それに、維月は主らから生まれたというのではなかった。命だけを、維月が若月から継いだのであって、それゆえの親であったしの。最初から親だと思うておったら、我とてそれなりに遇しておるわ。だが碧黎、主が我が宮へ滞在した時、舅として遇しておったではないか。」

慌てふためく維心に、維月は苦笑して言った。

「維心様、そのように一生懸命おっしゃらずとも良いのですわ。父も母も分かっておりまするから。冗談ですのよ。」

十六夜が、維月の手を取って立ち上がった。

「未だに冗談が通じねぇんだな、維心には。それとも、後ろめたい気持ちがあるからか?」

維心は、立ち上がりながら首を振った。

「そんなはずはなかろうが。もう良い。」と、シンを見た。「世話になったの。我は帰る。」

シンは、頷いて維月を見た。

「維月…待っておるぞ。」

維月は、微笑んで頷いた。

「はい、維心様。こちらへ参る時は、お知らせ致しまするから。」

シンは、微笑み返して維月の頬に触れた。

「早よう参れ。」

十六夜が、維月を抱き上げた。

「じゃあな、シン。また連絡するから。近いうちにこっちへ来させられると思うし、そんなに待たせねぇと思うぞ。」

シンは、頷いた。

「ああ。」

碧黎は陽蘭を抱き上げ、先に空へと舞い上がった。十六夜も維月を抱いたまま、それに続く。そして、その後をあちらの維心が追うようにして、五人は飛び立って行った。

それを見送って、見えなくなってから、別次元の維心はガクと膝を付いた。

「王!」

侍女が叫び、臣下達も、慌てて維心の周りに集まって来る。維心は、手を振った。

「構いない。疲れておるだけぞ。奥へ戻る。」

臣下達が気遣わしげに維心を見送る中、維心は奥の間へと一人戻って行った。

それを、あちらの次元の四人は、知る由もなかった。



維月の命が安定するまではと、龍であるので龍の宮へと戻って養生していた維月だが、大変に元気で体に異常は全くなかった。

今日も、維心に気遣われながら庭を散策していた維月は、奥の池の所で鯉を眺めていた。すると、維心が言った。

「十六夜が、来週にでも里帰りをと言うて来た。その時に、碧黎が主を月へ上げるのだと申して。」

維月は、頷いた。

「はい。十六夜も、落ち着かぬのでありまするわ。ずっと二人で来ましたのに、一人になってしまって。でも、龍としての自分もとても不思議な感じですので、私も月に戻らなければと思うておりまするし、良いかと思います。」

維心は、頷いた。

「確かにそうよ。我は、今まで主が病などと思うたこともなかったが、龍はやはり、そういうこともあるゆえの。龍である間に主に万一のことがあってはと、気が気でないのも確か。やはり、月に戻るべきであろうと思う。」と、じっと維月を見た。「…しかし、今は我と同じ龍…我が眷属ぞ。龍であるうちに、我は主に頼みがあるのだ。」

維月は、びっくりして鯉から視線を上げた。

「まあ。何でございまするか?」

維心は、維月の手を取った。

「我は、主の龍身が見てみたい。」びっくりしている維月に構わず、維心は続けた。「主ならば、どんな龍になるものか。」

維月は、悩んだ。龍身が、自分にも取れるのかどうか分からない。何しろ、人から月になって、一度死んで今度は生まれた時から月、そして龍なのだ。炎嘉のように鳥から龍になったのなら、体を変えるのなどお手の物だろうが、自分はそんな別の身を持ったことがないのだ。感覚が掴めなかった。

「あの…龍身を取るのに、どうすれば良いのかがわからないのでございます。」維月は、ためらいがちに言った。「記憶を探っても、月からエネルギー体で降りて来る方法ぐらいしか、知らないので…。」

維心は、それを聞いて維月を抱き上げて飛び上がった。

「大丈夫ぞ。我がそれを促すゆえの。龍のことであるなら、我に知らぬことなどない。案じることはないゆえ。しかし、ここでは皆が驚くであろうから、海の方へ参ろうか。」

維心は、すっかり維月を龍身にするつもりでいる。維月は、仕方なく維心の腕に抱かれて、海の方へと飛んで行ったのだった。


晴れ渡った真っ青な空に、美しい海の色。

維月は、久しぶりに見る海の景色に、龍身のことは忘れて叫んだ。

「まあ!久しぶりだこと…本当に美しいわ!」

維心は、微笑んだ。

「主は海が好きよな。さあ、では我が主を促そう。そのまま、素直にそこに浮いておるが良い。」

維心は、維月を腕から離すと、かなり離れて突然に龍身を取った。その大きさは、並ではない。いつ見ても、美しい龍…。維月は思いながら、間近に見える維心の龍身に見とれた。

《主も、こうしてすぐに龍身になれる。龍は本来、この姿であるから、この方が開放的で力も使い放題であるのだぞ。》

維月は、ゴクリと唾を飲み込んだ。全く初めてのことなのだ…維心がいとも容易く龍身を取るのは、何度も見て来たが、自分となると話は別だ。

しかし、目を閉じて、覚悟を決めた。

「では、維心様。どうぞ。」

《気を楽にしておれ。》

途端に、何かが自分の体を駆け巡り、大きく伸びをしたいような気持ちになった。なので、目を閉じたまま、維月は大きく伸びをした。空気が濃く感じる…とても、開放的な感じ。まるで、裸で四肢を投げ出しているような。

《…維月…。》

維心の念が聞こえて、維月は恐る恐る目を開けた。すると、そこには幾分小さくなったような維心の龍身が浮いていた。

《あら…?維心様、先ほどより小さく見えまする。》そして、自分が念で話しているのを感じて、慌てて自分の体を見た。《あ、私、もう龍身に?》

そう、龍身になったので、維心が幾分小さく見えたのだ。しかし、どう見ても維月の方が小さかった。人型になった時の大きさの差より、こちらの大きさの差のほうが大きいほどだ。そして、自分は明らかに維心とは色が違った。維心は、とても深い青い瞳で、体の色はもっと濃い、藍色のような感じでありながら、少しグレーがかった感じなのだが、維月は、真っ白だった。

《まあ、真っ白。少しは色があればいいのに。》

維月は、ぶーぶー文句を言った。しかし、ずっと黙っていた維心が、維月に巻きつくようにして寄り添って言った。

《何を申す…何と美しい龍か。我は、こんな龍は見たことがない。》と、頬を摺り寄せた。《おお維月、我は主が龍であろうとも何であろうとも、惹かれておったことは確かぞ。我の想像以上の姿であった。》

維心の声が弾んでいる。維月は、そんな維心がどこまでも愛おしかった。

《私には、自分の姿が見えませぬから…でも、維心様のお気に入ったのなら嬉しいですわ。》と、維心に尻尾をしっかり巻きつけた。《でも、どう表現したらいいのか分からないので、不便ですわね。》

維心は身を震わせた。維月がびっくりしていると、維心は言った。

《…維月、そのようにするのはの、男龍が女龍を娶ろうとする時の動きぞ。主からそのようにあからさまに誘われては、我は押さえが利かぬではないか。》

《ええ?!》

維月は仰天して、慌てて尻尾を引いた。いくらなんでも、こんな空の真ん中で、しかもこんなに大きな姿で、維心と愛し合うなんて考えられない事態だったからだ。しかし、維心の尻尾ががっつり維月の尻尾を掴んだ。

《逃さぬ。これを置いて、機はないしの。》

器用にくるくると尻尾を何重にも巻きつけて維月を引き寄せる維心に、維月は必死に叫んだ。

《駄目です!こんな空の真ん中で!龍身でなんて、他の龍がしておる所は見たことありませぬし!》

しかし、維心は落ち着いた声で言った。

《当然ではないか。こんな晴れた日の日中に空中でなど。》

維月は、ホッとして言った。

《そうですわよね。》

《ゆえにの。》と、維心はぐいと維月を引っ張って海へと飛び込んだ。《皆水中にもぐってするのよ。》

《ええー?!》

そうして、維心と維月が宮へ戻ったのは、夕方になってからだった。

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