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二人が出て行ったのを見た炎嘉が、維心を睨んで言った。

「あのな維心。確かに100年ほど前にあれをヴァルラムへと碧黎が言うておったのは知っておる。その時まだ維織が15歳にしかならなんだので、十六夜と維月が止めたのもの。育ったからと、主はいいようにしようと思うておるのではないのか。」

維心は、炎嘉を見てフンと横を向いた。

「何がいいようにぞ。あれの親権は我にない。十六夜と維月が決めることだ。しかし、ここでは我が面倒を見ておるのでの。維織が少しでもヴァルラムに興味を持ったのなら、引き合わせてやるのも務めぞ。」

炎嘉はハッと言うと維心を睨んだ。

「普段、見向きもせぬくせに。世話とて物を与えるだけであろう。主、ヴァルラムが維織に興味を持てば良いと思うたのではないのか。」

維心は、炎嘉を睨み返した。

「それの何が悪いのだ。世間の親は皆、そのようにして己の娘の嫁ぎ先を探すのであろう。少しは力になれればと思うたまでよ。」

ヴァルラムが、それを黙って聞いている。サイラスが、割って入った。

「当のヴァルラムを放って置いて、なんの話をしておるのだ、主らは!」サイラスは、二人を代わる代わる見て言った。「この100年、これがどれほど…!」

「良い。」ヴァルラムが、それを止めた。「もう良いと言うておろうが、サイラス。」

しかしサイラスは、止まらなかった。

「何を言う!あのな維心殿、炎嘉よ、ヴァルラムは、どうあっても維月殿を忘れることが出来なんだ。それというのも、あの100年前のイリダルの件のすぐ後から、ヴァルラムは記憶が混乱してしもうて…恐らく、黄泉へ行って戻ったためであるかと思うが。」

それを聞いた維心が、身を硬くした。思い出したくもない…ドラゴン城で、自分が維心であったという記憶を持ったまま、それは偽りの記憶で本当はヴァルラムなのだと言い聞かせながら生きた数ヶ月…。維月を知った身には、それは過酷な日々だった。炎嘉が、維心の様子に目を細めたが、黙ってサイラスの言葉に耳を傾けている。サイラスは続けた。

「しばらく、ヴァルラムはヴァルラムでないようだった。それでも、政務はいつも以上にきちんとこなしていた。数ヶ月してヴァルラムは記憶を戻したが、それでも…頭がはっきりしないと言う時も時々にあって。」サイラスは、気遣わしげにヴァルラムを見た。「そして、ほんの数十年前、ふと頭に他人の記憶が戻って参った。それは維心殿、主の記憶であったと。」

維心は、無表情でサイラスを見返した。我の記憶…恐らく、碧黎が消したと言っていた、我と入れ替わって維心として生きた数ヶ月の記憶であろう。それを知らないヴァルラムには、我の記憶が入って来たとしか思えなかっただろう。

炎嘉が、何も言わない維心に代わって言った。

「維心の記憶を、黄泉から持ち帰ったと申すか。」

サイラスは、頷いた。

「そうとしか思えぬのだ。何しろ、自分が維心殿として、龍の宮で暮らしていた記憶が確かに頭にあると言う。しかし、そんな事実はないし、それは維心殿に共鳴してしもうて、伝わった記憶であろうと話し合っての。こちらのことは思い出さぬようにと、最近まであまりこちらへ出かけて来ることもなかったのだ。何しろ、主らも知っておるから申すが、ヴァルラムは未だ維月殿を想うておる…であるのに、維心殿としてこちらで維月殿と暮らした記憶など、あっては生きるのにつらいだけなのだ。」

維心は、視線を落とした。それは、身につまされて分かる。自分は数ヶ月それに耐えたが、ヴァルラムは、思い出してから数十年耐えて来たと言うのか。しかし…維月は我の妃。だからこそ、維織を想うてくれたらと、引き合わせたというのに。

炎嘉が、考え込むような顔をして言った。

「そんなことがあろうか。しかし、現にあるのであるから、そうであろうの。しかし、それではヴァルラムはつらかろう…維月と幸せに暮らしておった記憶があるのに、離れて暮らしておるのであるから。そして、そちらこそが現実で、確かにあると思える記憶は夢であったと言われておるわけであるからの。」

黙っていたヴァルラムが、口を開いた。

「仕方がない。この記憶があるのは、こちらのせいではないからの。ただ、維心殿に申したいのは、我は身代わりの妃など迎えるつもりはないということぞ。己の身に替えて考えてみよ…もし主が我なら、同じ月なら維月でなくとも良いと思うか?」

維心は、ヴァルラムを見返した。確かにそうだ…いくら似ていても、別の命。そのようなもの、要らぬと思う…。

「…確かにの。」維心は渋々答えた。「我は維月でなくば要らぬ。」

ヴァルラムは、頷いた。

「ならば、我には構うてくれるな。維月に会いたい気持ちに負けてこうして来てしもうたが、顔を見ると一層辛くなる。来なければ良かったと思うほどに。」

維心は、黙った。ヴァルラムは、立ち上がった。

「長居したの。もう、戻る。」

「ヴァルラム…。」

サイラスが、気遣わしげに立ち上がり、それに従った。

維心は、思っていた。ヴァルラムの気持ちは嫌ほど分かる。自分がそうだったことを思うと尚更に。しかし、維月を一時でもヴァルラムの手に委ねるなど…。

維心は、どうにも出来ないジレンマで、潰されそうだった。


維月は、それを奥の間から聞いていた。

維心が維織を呼んだ時には、維織も育ったしもしかして、という思いがあった。なので、止めもせず黙って奥に居たのだ。

ヴァルラムは、あの頃の記憶を戻したという。恐らくは思い出したいという思いから、その力で碧黎の術を破って思い出したのだろう。それを思うと、維月は胸が締め付けられるようだった。ヴァルラムは、確かに優しい夫だった。維心だと思っていたからこそ、激しさが無くなって変わってしまったと思ったが、一人の夫として非の打ち所はなかった。なのに、あのように父の勝手で維心と入れ換えられ、記憶を操作されて…どれ程に辛いだろうか。

維月は、十六夜に話しておかねばならないと思い、日が暮れ始めた空を見上げた。どうにかしなければ…。全ては、私達のせいなのだから。


残った炎嘉は、維心の表情を見て言った。

「主…何か我に隠しておらぬか。そういえば、あの時主も様子がおかしかったの。何やら穏やかになってしもうて、この辺りが荒れて来て我が主に忠告に来たほどぞ。あやつの記憶の混乱のことも、主は何か知っておるのではないのか。」

維心は炎嘉を見た。

「知っておる。しかし我の一存で主に話せることではない。碧黎が絡んでおることであるからの。」維心は、苦しげに続けた。「あれが哀れとは思う。しかし、主にも許さなんだ維月を、なぜにヴァルラムに許さねばならぬのだ。まして、あやつと縁付けるのは子を成して次の王の器になるような強い気を持つ神を作るため。維月がヴァルラムと子を成すなどと…我には耐えられぬ。」

炎嘉は、維心を同情するような目で見た。

「確かにの。あれに許すなら、真っ先に我に許しておろうの。主はそういうやつぞ。しかし、年に一度は我に許しておるではないか。」

維心は、じっと炎嘉を睨んだ。

「あれは、レイティアの事件の時、先見で現れた未来を変えるため、仕方なく約したことぞ。我は約したことは違えぬからの。嘉韻のことでも、後悔しておるのに…まああれは、維月と子を成すことは諦めておるゆえ、見て見ぬふりをしてやっておるのだがの。あれも450歳を超えたし、我より長生きはしまい。それゆえでもある。」

炎嘉は、ふっと息を付いて椅子の背に身をあずけた。

「ほんになあ…維月絡みでは主も苦労しておるわ。将維も居るし、亮維も居る。あれらも前世よりずっと気軽に維月と過ごしておろうし、主も気が休まる暇もないよな。よう考えたら、十六夜、維心、将維、亮維、嘉韻、そして我。維月はもう満員ぞ。最初は乱暴なことをと思うたが、碧黎がヴァルラムに維織をと言う気持ちも分かるの。このままでは、維月一人に何人の夫になることか。」

維心は、憤慨したように言った。

「なんと申した?夫?!維月の夫は、我と十六夜のみ。後は同情でたまに過ごすのを許しておるだけぞ。ゆえに、維月も我と十六夜としか子は成さぬ。己を夫と思うておるとは、主、厚かましいぞ。」

炎嘉は、はいはいと手を振った。

「ああ分かった分かった。そうよな。我など一年に一度であるしな。」と、真剣な表情に変わった。「しかし維心、ヴァルラムのことは考えてやるが良いぞ。このまま放って置くことも出来まいが。あれに生きがいをいうものを与えてやるが良い。そうよな、一年。十六夜と主が最初にした約束と同じぞ。一年だけ維月をあちらへやることを考えてみればどうか。さすれば、腹に子を抱えた維月を見ることもないし、事が終わればこちらへ戻ろうぞ。」

維心は、炎嘉から目をそらして首を振った。

「出来ぬ!我は…我は十六夜にはなれぬのだ。」

炎嘉は、苦笑して維心を見た。

「分かっておるよ。そうであろうな。では、維月と十六夜の判断に任せるが良いわ。維月は恐らく奥でこちらの話を聞いておっただろう。ならば十六夜に話しておってもおかしくはない。あれらは、月で繋がっておるゆえ、いつなり話が出来るだろう。」

維心は、ハッと窓から空を見上げた。月が昇り始めている。確かに、今話しているやもしれぬ。あれらは、慈悲深い。ヴァルラムのことを知ったら許すだろう…遥か昔、十六夜が我に同情して維月を許したように。こんな時に思い知らされる。我だけが特別なのではない。特別なのは維月と十六夜であって、我はあくまで後から割り込んだだけ…。十六夜や維月にとって、他の神と、何ら変わりはない…。

そう思うと、今までの自信が音を立てて崩れて行くように思えた。我は、いくら維月を思っても、共に転生しても、特別ではないのだ。あくまで、対になっているのは、十六夜と維月。我ではない…。

維心が、暗く沈んだので、炎嘉は気遣わしげに維心の肩に手を置いた。

「維心?主、大丈夫か?維月は主の妃であろう。分かっておる。我が言いすぎたかの。」

維心は、首を振った。

「良い。分かっておることなのだ…対なのは、十六夜と維月。我は、主らと何ら変わりなどない。ただ、最初に維月を許された、十六夜以外の神であるだけで…。」

炎嘉は、驚いて慌てて首を振った。

「何を申す。維月は主を愛しておろう。我らのことは、同情はしておっても愛してはおらぬ。我には分かる。」

維心は、自分を気遣う炎嘉を見た。自分もつらいであろうに。我を気遣うのか。

「炎嘉…。」

維心は、言葉を失って、ただ月を見上げた。前世から変わらない…共に転生して、特別だと思っていたが、何も変わらない。もしかして維月にとって、我は夫ですらないのかもしれぬ…。

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