対面
維明が一度自分の対へ戻って着物に着替え、父の居間へと入って行くと、父と母が並んで定位置に座り、その前にヴァルラム、サイラス、炎嘉が並んで座っていた。維明は少し緊張して、父に頭を下げた。
「父上。お呼びと聞いて参りました。」
維心は、頷いた。
「主も、顔ぐらいは見たことはあろうが、正式に面識がなかったのでな。」と、ヴァルラムと、サイラスを見た。「大陸のドラゴンの王、ヴァルラムと、ヴァンパイアの王、サイラスぞ。」
二人が、軽く会釈する。維明は、頭を下げた。
「初めてお目に掛かりまする。」
サイラスが、感心したように言った。
「これはまた、維心殿にそっくりであるの。前に会った将維殿もそうであった。こちらはほんにまあ、気の色も同じのような。」
維心はフッと笑った。
「まあ、これは我と魂自体が同じと言っても良いぐらいであるから。」と、維月と目を合わせて微笑んだ。「幸福になってもらいたいものと思うておるがの。」
維明は、驚いて維心を見た。そんなことは、初めて聞く。確かに、お祖父様もそのようなことを言っておったが…何かご存知なのだろうか。
しかし、言えなくて黙っていた。すると、維月が言った。
「維明、お座りなさいな。」
維明は、頷いて維月の横辺りに置かれた椅子へと腰掛けた。そして、そうすると正面になるヴァルラムを見た。ヴァルラムは、確かに整った顔をしていた。険しい表情で、父が政務に向かっている時の様を思わせる。すると、維明の視線に気付いたヴァルラムが、維明をちらと見ると言った。
「…我の顔に何か?」
その様子は、何かを抑えているような、どこか物悲しいような感じを受けた。維明は、首を振った。
「いえ…ただ、ヴァルラム殿を見た、と我の姉が言っておったので。」
維心と維月は驚いた顔をした。維織が?
「主に、姉と?」
それには、維心が答えた。
「十六夜と維月の間に、娘が居るのだ。母が同じであるから、姉弟になる。」
維月は、頷いた。
「姉と申しまして、維明と二年しか違っておりませぬ。維心様のご好意で、こちらにお世話になっておりまして、礼儀作法などはこちらで習いましてございます。」
サイラスが、ふーんと興味深げに維月を見た。
「主の娘と。では、似ておるのかの。」
炎嘉が、横からサイラスを小突いた。
「こら、サイラス。主はまた、維月に興味もないくせに。」
サイラスは炎嘉を見て心外な、と言う顔をした。
「何を言う。我とて抑えておるだけで、気を抜けば飲まれてしまうと気が気でないわ。月の気はほんに厄介な。ここまで我が望むような気、初めて見るのであるからの。」
維月が驚いて袖で口元を押さえた。維心が、それを聞いて怒るかと思ったが、苦笑した。
「…まあ、これの気には我とて悩まされておるのだ。本人にはどうしようもないからの。陰の月は侮れぬ。」と、維月を見た。「さ、そうと知ったら主はここに長く居るのはならぬの。皆が困る。奥へ入っておれ。」
維月は、素直に頷くと急いで立ち上がった。
「はい。では、失礼致しますわ。」
維月が奥へと入って行く。それを、名残惜しげに見送るヴァルラムに、維心は気付いていた。そして、言った。
「して、維織は何と言っておった?」
維明は驚いて、維心を見た。普段、維織のことは母上に任せきりで、特にご興味も無さげであられたのに。
しかし、維明は答えた。
「はい。他の女神達と共に、上から見たようで…大変に美しいかただと申しておりました。」
炎嘉が、片眉を上げた。維心も、同じように眉を上げた。
「ほう。」と、考えるように炎嘉を見た。「そうよな、維月の娘であるなら、我とてあまり放って置くのもと思うておったところ。主も居るのだし、あれも気兼ねあるまい。ここへ呼ぶが良い。」
維明は、驚いた。維織には、このことを言うなと言われておったのに…しかし、父上に言われては断ることなど出来ぬし。
「では、そのように。」
侍女を呼んで命じると、侍女はすぐに出て行った。炎嘉は、考え込むような顔をしている。維心は、サイラスを見た。
「十六夜と維月の娘であるから、姿は十六夜によう似ておるが、気は維月のように変化しての。恐らくまだ思う男が居らぬせいであるかと思うが、維月のように安定しておるが変化するのではなく、常に変化する。陰の月は、思う男の望むように気を変化させることが出来るようなので、維月の気は我のためにああなったのであるがの。それでも、陰の月というのは面倒なもので、少しでも興味を持ったりすると…例えば、姿が好みであったりすると、その男の望みを感じ取ってそのように変化してしまう。」維心は、フッとため息を付いた。「維月が我を思うておるなと分かる瞬間は、そんな風に変化した気が、スッと元に戻る時ぞ。あれが、思う男が居らぬと戻らぬのだ。維織のように、常に変化する状態になるのだの。それも、最近分かって来たことであるのだが。」
サイラスは、ほうっと感嘆のため息を付いた。
「何とのう…気を変えるなど。そんなことが可能であるとは。」
炎嘉が、少し案じるような顔をした。
「…しかしの、維月は真の陰の月であるが、維織はその子。陰陽の月の子であるから、両方の要素を持っていて、どちらかというと陽の月よりだと聞いておる。姿も、十六夜によう似ておるしの。」
維明が、それには頷いた。
「確かに、姿は十六夜によく似ておりまするね。」
維心は、炎嘉に言った。
「まあ何にしろ、見れば分かろうよ。」
炎嘉は、黙った。すると、そこへ戸惑ったような顔をした維織が、頭を下げて入って来た。母は居ない…なのに、どうして私は呼ばれたのかしら。
維織がただただ戸惑っていると、維心が言った。
「よう来たの、維織。維月は奥へ入っておるが、維明も居るゆえ。主を、大陸の王達に会わせておこうと思うたのだ。」
そう言いながらも、維心は維織の手を取る様子はない。普通は、親代わりならそうするものだが、維心はそういうことには徹底していて、維月以外には触れようとしなかった。なので、見かねた炎嘉が立ち上がって維織の手を取った。
「さ、こちらへ。こやつは未だに女の扱いに慣れないのよ。困ったやつであろう?」
維織は、ホッとして炎嘉に手を引かれてその横へ座った。炎嘉は、何かと維織の世話をしてくれていた。たまに会うだけなのだが、いろいろなことを教えてくれて、一緒に居ると安心出来た。だが、炎嘉から感じるのは娘に対するような感情で、それを知っていたので恋愛感情など持ちようもなかった。
維心が維織が座るのを待って、言った。
「これが、維月の娘の維織ぞ。」
サイラスは、ふむふむと頷きながら、遠慮なく維織を見て言った。
「ふーむ十六夜に似ておるとはいえ、よう考えたらあれは綺麗な顔立ちをしておったものの。何と美しい娘ではないか。期待しておらなんだ分、我は気に入ったわ。妃にしても良いのう。」
維織が驚いて真っ赤になるに、炎嘉が、ぐっと眉を寄せた。
「こら。これは十六夜と維月の娘なのだぞ?あれらの許しもなく簡単に決めるでない。そもそも維月が言うておったが、これの祖父が100年ほど前にヴァルラムにと言うてまだ若いと大騒ぎになったらしいではないか。なので、維月と十六夜は話し合って、これが成長して自分で決められるようになってからと定めたとか。こちらが何某言うて、どうにかなる娘ではないわ。」
面倒そうにしていたヴァルラムが、驚いたような顔をした。
「我に?なぜにそのような…。」
維心が、ヴァルラムを見た。
「主には分かるのではないか?」と、鋭い視線でヴァルラムを見た。「維月の娘であるしの。」
ヴァルラムは、じっと黙ると維心を睨み返した。炎嘉が、ため息をついた。
「維織が驚いておるではないか。とにかく、ここは維明、主が維織を連れて参れ。我らには我らの話があるからの。」
炎嘉が、維織をここから逃がそうとしているように思った維明は、慌てて立ち上がった。
「はい。では、失礼致します。」と、維織に手を差し出した。「維織、行こうぞ。」
維織も、なんだか分からないがここから出たほうがいいように思って、急いで維明の手を掴むと、一緒にそこを出た。維明は、あの父の様子に、覚えがあると思った。前にも、母上を望む男が後を立たないと憤っていたことがあって、その時の気と似たような気を発しておられた。では、もしかしてヴァルラム殿も母上を望んでいたことがあったのか?だから維織を?…分からない。
維明が、考えながらとにかく父の近くから出なければと回廊を急いでいると、維織が苦しげに言った。
「維明、痛いわ。歩くの速過ぎるの。」
維明がハッとして維織を見ると、自分がまるで維織を引きずるようにして歩いていたのに気付いた。そうだった。母上にも、もしも女と歩くようなことがあったら気をつけるように言われておったのに。
それで、慌てて歩く速度を落とした。
「すまぬ。気付かなんだ。」
維織は、ホッと息を付いた。
「急に呼ばれて、急に出て…いったい、どうしたのかしら。お母様は?」
維明は、首を振った。
「母上は奥へ戻るよう父上に言われ、戻っておったのだ。どうも我が父上は、ヴァルラム殿が母上を望んでおるように思うていらっしゃるのではないか。」
維織は、驚いたような顔をした。
「お母様を?…そういえば、そのようなこと、月の宮に居った頃聞いたような。でも、まだ幼い頃のことであったから、私も深く考えたことがなかったわ。では、私がお母様の娘であるから、お祖父様はあの時あのようなことをおっしゃったのかしら。」
維明は、渋い顔をしながら頷いた。
「恐らくの。乱暴なことよ。我でもそのようなこと考えられぬのに。ま、主はこうしてここで好きに暮らしておるのだ。良いではないか。」
維織は頷いたが、複雑だった。そうか…あちらから望まれておったのではなかったのね。確かに、私を最初ちらと見ただけで、あまり興味もなさそうだった。サイラス様は、何かおっしゃっておったけど。
維明は、そんな維織を見て、笑った。
「さあ、主を望む神は多いと聞くぞ?王など堅苦しくて面倒であろう。主なら軍神などと縁付くのが良いのではないのか。」
維織は、維明が自分を気遣ってくれているのがわかった。そして、少し膨れっ面で言った。
「まあ。私はまだ結婚はしないわよ?お母様もお父様も、好きにすればいいと言ってくれるもの。維明こそ、妃の話が出始める頃だからと、お母様が心配なさっていたわよ?」
維明は、それは嫌そうに顔をしかめた。
「ああ、面倒ぞ。我こそまだそのような気にはなれぬ。」と、歩く速度を上げた。「早よう戻るのだ。我はもう休んで、明日はまた夜明けに訓練場へ参る予定であるからな。」
維織は、必死にそれについて歩いた。
「あ、ちょっと維明!もう、ゆっくり歩きなさいよ!」
そうして、二人は各々の部屋へと戻って行ったのだった。




