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黄泉

サイラスは、必死にヴァルラムに気を補充し続けていた。

目の前では、実体化した十六夜と維月が、目を閉じて同時に何かを唱えている。十六夜が維月を背中から抱き、胸の前で手を合わせる維月の手に自分の手を重ねて何かを念じていた。すると、二人の体が光輝き、その体を目指して月から光が降りて来た。

激しく光り輝く二人を、サイラスはただただ驚いて見守った。月…この二人は陰陽の月。その感じたこともない力の波動に、サイラスはただ圧倒されていた。

ふと、同じようにヴァルラムに気を補充していたバリーが、目の前でふらついた。

「王…我では、この強大な月の力の波動に、耐えられませぬ…!」

そう言うが早いか、バリーはがっくりと膝を付いた。サイラスは叫んだ。

「とにかくここを出よ!主は、城へ戻って情勢を調べて参れ!」

バリーは、体を引きずるようにしてその部屋から出て行った。無事に部屋を出たのを確認すると、十六夜が目を開いた。

「よし、開くぞ!」

何かが、きしむ音がした。

サイラスが驚いて後ずさりながらもヴァルラムへ気を補充し続けていると、何もない空間に突然に亀裂が生じて、斜めに開いた。それを見た二人の光は消え、維月は歓声を上げた。

「開いたわ!十六夜、出来たわね!」

サイラスが、おずおずとそれを見ながら、言った。中は、不安を感じさせるほの暗い空間だった。

「それで…黄泉と繋がったのか?」

十六夜は、振り返った。

「そうだ。これが皆死んだら歩く空間だ。」と、その中を凝視した。「…だが、ここへは入れねぇな。」

維月が、驚いたように十六夜を振り返った。

「どうして?行けないと連れ戻せないのに!」

十六夜は、維月を見た。

「あのなあ、ここがどれだけ広いのか、知ってるだろうが。どこに居るのかわからねぇ。維心や将維は慣れてるし、その近くへ行く術を知ってるが、オレ達は知らねぇだろうが。」と、中を覗いた。「開けば気取れるかと思ったんだが、オレにはわからねぇな。お前、分かるか?」

維月は、顔をしかめた。確かに、わからない。いつも、維心や将維と共に行った空間だったからだ。開きさえすれば、簡単なことだと思ったのに。

「どうしたらいいの。」維月は、黄泉の空間に向かって叫んだ。「ヴァルラム様!」

しかし、何も返っては来ない。当然だった。

「やっぱり、あいつらを呼ばなきゃならねぇのか!」

十六夜は、天井を見上げた。上にある、月から地上を見ているのだ。今、維心と将維は別行動をしている…さっきより、もっとこっちへ呼ぶことなど出来ない。

三人は、なす術もなくその亀裂を見つめていた。


将維も、維心と同じくその波動を感じ取っていた。しかし、十六夜と維月の両方の力を感じるということは、二人の命に別状がないということ。なので、今はレイティアが先だった。ディークに抱かれたレイティアは、気を補充しても回復が難しいほどに消耗していた。本当に、気の枯渇一歩手前であったのだ。

「我には、どうしようもなくて。」ディークは潤んだ目で将維を見て言った。「ラティアを見守っていたレイティアは、恐らくこんな気持ちだったのだろう。我は…我は己の無力さをこれほどに恨んだことはない。」

将維は、義心に合図した。義心はラティアの遺体を寝台に敷かれていたシーツで優しく包むと、気で持ち上げた。将維は、ディークを睨んだ。

「嘆いておっても始まらぬ。最初から我らを信じて託せば良かったのだ。さすれば、娘も助かったやもしれぬ。全ては己の判断の誤りぞ。王として、その結果は受け止めねばならぬ。主も王であるなら、分かっておろう。」と、ディークに背を向けた。「参る。ヴァルラムの城に月の結界を敷いておる。そこで養生するが良い。ここを制圧するドラゴンの軍神を、一刻も早くこちらへ来させねばならぬからの。我らとて、暇ではないのだ。」

将維は、そこを出て行った。それについて来るのが当然といった感じだ。義心も、頭を下げてその背に続いた。ディークは、義心に運ばれて行く小さな包みにまた目頭を熱くしたが、首を振ってレイティアを腕にそれに続いた。そう、将維の言う通りだ。自分の判断の誤りからこんなことになってしまった。どうしても失いたくないと、必死になったゆえに失ってしまった。我は王として、情に流されずもっと慎重に判断せねばならぬ…。そして、それを息子のリークにも伝えなければならぬ。

将維と義心、ディークは、ドラゴンの城へと飛び立って行った。


「将維!」

蒼が、嬉しそうに将維を迎えた。横には嘉韻も立っている。将維は心持ち不機嫌になりながら、蒼を見た。

「蒼。こちらは始末は済んだか?」

蒼は頷いた。

「皆を元へ戻して、宮の清掃を言いつけた。体に他人の血が大量に降り掛かってるのを見て気を失ったドラゴンも居たけど、その他はみんな元気だよ。」と、憔悴しきったディークを将維の背後に見て、言った。「無事だったんだな、ディーク。それで、レイティアは?」

蒼はディークが抱いているレイティアの気を読んだ。レイティアは、死んではいないが虫の息だった。

「え、何を落ち着いてるのさ将維!治癒の者!」

蒼は急いで叫んだ。ドラゴンの数人が、慌ててやって来て蒼に膝を付いた。

「蒼様。お呼びでしょうか。」

蒼は、慌てて二人を指した。

「ディークとレイティアを!特にレイティアをすぐに治療してくれ!」

治癒のドラゴン達は、わらわらと集まって来て二人を連れて、さっと治癒の部屋へと連れて行った。蒼は、ホッと肩を落とした。

「ほんと、維心様とそっくりだな。母さん以外には優しくなれないのか。」

将維は、横を向いた。

「こちらこそ問いたいわ。なぜに維月以外に気を使わねばならぬのか。」と、嘉韻を見た。「主、義心と共にラティア皇女をどこかへ安置しておけ。」

ぶっきら棒にそう言うと、将維は踵を返した。蒼は慌ててそれを追った。

「将維!それで、どうだったんだ?無事に終わったのか?」

将維は歩きながら頷いた。

「父上が仕損じるなどということはない。レムはどこか。あれをすぐにあちらの制圧のために送らねばならぬ。」

蒼は頷いた。

「ああ、レムは軍に。命じられた通り準備して待機してるよ。行かせればいいんだな。」

将維は、頷いた。

「父上があちらを離れられぬからの。すぐに行かせよ。」と、空を見上げた。「何やら不穏な力を使っておるではないか。碧黎の子であるのだから、二人が力を合わせて出来ぬことなどないが、黄泉への道を開けた後が問題ぞ。あれらには黄泉の空間に対する知識も経験もない…勝手に入り込むなど、無ければ良いが。」

蒼は、同じように空を見上げた。

「誰かが死に掛かってるのか。」

将維は、首を振った。

「あれを開いたということは、もう死んでおるのだ。困ったの…我が向かっても良いが、勝手にここを動いて父上の逆鱗に触れたくもない。何しろ、維月の命に別状はないようであるし。」

蒼は呆れた。

「ここはオレが守ってるから大丈夫だ。あっちへ行ってやった方がいいんじゃないのか?いくら母さん絡みじゃないからって。サイラスが何かあったんじゃないのか。」

将維は、渋々足をそちらへ向けた。

「行って参る。」

蒼は、頷いた。

「頼んだぞ!きっと母さんに感謝されるから!」

将維は、サイラスの領地へと一人飛んで行ったのだった。



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