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殲滅

ヴァルラムの城の中では、皆が回りに倒れて、動きは全くなかった。

老いも若きも、男も女も、皆無造作に四肢を投げ出して回廊や部屋で倒れ、多数の気も感じられなかった。

その中を、維心を先頭に炎嘉、将維、義心、慎怜、嘉韻、蒼が歩いていた。皆、一様に返り血を浴びて甲冑がところどころ赤く染まり、そしてどす黒くなっている場所もあった。

「サイラスはバリーと共に己の城へ戻ったか。」

維心が言う。将維が、頷いた。

「は、結界を簡単に抜けて、ここより北の方角へ。」

維心は、フッと笑った。

「ま、ヴァルラムはサイラスに対して結界の効力を使っておるとは思えぬ。ヤツにヴァルラムの結界などないようなものであろうの。」

炎嘉が、回りを見た。

「見事に何の気配もなくなったぞ、維心。して、どうする?」

維心は、目の前に血にまみれて転がるレムを見て、ニッと笑った。

「準備は整った。」と、刀を持った手を上に上げた。「結界を破ろうぞ!」

維心から出た光は、白んで来た空へと打ちあがった。

そして、ヴァルラムの結界はまるでガラスが砕けるような音を立てて破られた。


イリダルは城で報告を待っていた。空が白んで夜が明けて来るのが分かる。まだヴァルラムが生きているので、結界が健在で中が見えない。龍王は結界を敢えて破らず、レムを人質に入って行ったようだと部下からの報告を受けていた。どんなに攻めようとしても、決して領土内には入れなかったヴァルラム…。イリダルは、空を睨みつけた。今は、あの人質の月の女の世話をさせるために生かしているが、近いうちに両方をじわじわと殺してやろう。龍王は、妃がまだ居ると思うてそれは必死に戦うだろう。そして時が来たら、あの龍王も殺さねばならぬ。自分より大きな気を、長く放置して置くのは得策ではない。

イリダルがドラゴンの領地の方をじっと探っていると、不意に結界が破れたのが分かった。

イリダルは、立ち上がった。

「ヴコール!」

既にこちらへ飛んで来ていたらしいヴコールは、すぐにやって来て膝を付いた。

「結界が破れました。どうやら中から破られた様子。」

イリダルは、ヴコールを見た。

「して、中の様子はどうか?」

ヴコールは顔を上げた。

「今、軍神達が中へ入って調べに参りました。龍王との接触はまだでありまする。」

イリダルは頷くと、ヴコールを見た。

「主が確認に参れ。龍王と対面するのだ。そして、我の元へ報告へ参れと命じよ。」

ヴコールは、頭を下げた。

「は!」

ヴコールはそこをサッと出て行った。

イリダルは身震いした…たった、一夜で殲滅したのだろうか。我らがあれほどに手こずったドラゴン族。それを数人の龍が、簡単に滅ぼしてしまったのだろうか。

まだ、どうなっているのか分からないが、イリダルはそんな強大な力を、大陸を平定するまでとはいえ操れるのかと不安が心を過ぎった…絶対に、月の妃を月へ返してはならぬ。

イリダルは、側の軍神に言った。

「人質を見て参れ。」

その軍神は頭を下げると、出て行った。

イリダルは、知らず震えて来る身を引き締めた。我は地の王なのだ。あの強大な力を持つ龍王を、使いこなしてみせる!


ヴァルラムと維月は、地下道を通ってイリダルの領地を抜け、サイラスの領地へと入っていた。地下なので全く日が入らず、外の様子が分からない。相変わらず物凄いスピードで走るヴァルラムに小脇に抱えられて、維月は思っていた。そろそろ、夜も明けた頃かしら…。

維月が思っていると、不意にヴァルラムがよろめいた。維月は驚いてすぐにヴァルラムの腕から降りると、慌てて支えた。

「ヴァルラム様?!いかがなさいましたか?!」

ヴァルラムは、額を押さえてつぶやくように言った。

「…我の結界が破られた。」

維月はびっくりしてヴァルラムを見た。結界が…ヴァルラムの気はかなり大きい。そんなヴァルラムの結界を破る。そんなことが出来るのは、維心のほかに居なかった。

「え…維心様が…?」

ヴァルラムは、頷いた。

「恐らくそうであろう。」と、維月を見た。「我らの考え違いやもしれぬ。維心殿は、主を助けるためならば、ドラゴンなどどうでも良かったのやもの。」

維月は、呆然とした。そんな、維心様が…ドラゴンを殲滅してしまったと言うの?私のために…イリダルの言いなりになっていると言うの?

「そんな…維心様はそんな神ではありませぬ。真実は優しい心根のかた。誰彼構わず斬ってしまわれるなど…。」

しかし、維月の口調は迷っていた。ヴァルラムは、首を振った。

「無理をするでない。良い…とにかく、我らは今、世を背負っておるということぞ。主だけでも、絶対に逃れねばならぬ。維心殿は、主のため幾人でも殺す。このままでは、こちらの神が残らぬ。残っても、イリダルに支配されて暗黒の世となろう。さあ、急ぐぞ。もう、すぐそこがサイラスの別宮。あれは我に対して結界は無効にしておる…通れるはずだ。」

維月は、まだ立ち直れないまま黙って頷いた。維心様が。前世でも、もっと良識があられたのに。確かに今生では、まだお若い。でも、前世の記憶を持っていて、しかもそれを制御出来るまでになられていたのに。でもでも、確かに維心様は私のことになると、とても必死になられる…今生では、お若いからか前世以上に…。

考えられないと思いたいが、維月はそれを否定出来なかった。維心が、ドラゴンを滅した。そんなことが、本当であるなんて思いたくない…!


ヴコールがヴァルラムの城の王の間に入って行くと、そこの玉座に維心が座って前に刀を立て、それに両手を乗せてこちらを見ているのが見えた。既にここへ来るまでに散々にドラゴン達の亡骸を見て来た…皆、簡単に一突きにされたらしく傷は少ないが、倒れて既に気は抜け去りなんの生命の気配もなかった。この様を見てすぐに報告に戻ったのか、他の自国の軍神達の気配は既になかった。ヴコールも早く済ませて龍王を連れ帰らねばと、玉座へと足を進めた。

最期まで抵抗したらしい、ヴコールも覚えのあるレムの遺体が王の間にあるのを見たヴコールは、軽く目を伏せて敬意を表した…今まで、戦って来た男。こんな最期を迎えねばならなかったとは。出来れば、我が黄泉へ送りたかった。

龍王は、それを面白げに眺めていた。龍王の両隣には、見覚えのない龍達が数人立っている。たったこれだけの人数で、こちらを滅してしまったのか。しかも、たった一夜で…。

ヴコールは、無表情に龍王を見上げた。

「維心殿。確かにこちらを攻め滅ぼしたこと、確認し申した。我が王の城へ、報告に参られよ。」

維心は、ヴコールを見た。

「ふん。イリダルは維月に会わせると申したの。なぜに今居らぬ。」

ヴコールは笑って見せた。

「まさか大事な人質をこのような場へ連れ参るはずはありますまい。共に参られよ。維月殿のお命は、我が王の手の中。主とて我が王の力には敵わぬではないか。言うことを聞かれた方が、御身のためぞ。」

維心はほんのりと目を光らせたが、立ち上がった。

「では参る。案内せよ。」

ヴコールは、後ろを振り返りもせずに先に歩いて行く。

その後ろ姿を忌々しげに見ていた維心は、蒼に頷きかけると、将維と炎嘉、義心を連れて歩き出した。蒼と嘉韻、慎怜はそのままそこへ残った。

依然として月には、十六夜の気配が宿ったまま、大陸は朝を迎えていた。

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