断絶
維月は、維心に言われたように、すぐにでも月へ帰れるように居間の大きな窓の前で、月を見上げて立っていた。維明の対の方が騒がしいのがわかる…やっぱり、ディークが知らせた通り維明を狙って来たのだ。
しかし、維明は月の宮で守られている。維月は、先に知っていて良かったとホッとしていた。まだ幼い維明が、さらわれてしまったら…。
前世で、6歳の将維がさらわれてしまった時のことを思い出して、維月は身震いした。もう、あんな思いはしたくない…。
すると、月から十六夜の声がした。
《維月!帰って来い!やつらの目的はお前だ!》
維月は急いで庭へ出て光に戻り始めた。十六夜が、月から手を伸ばすように光を下ろして維月を引き上げようとしている。そこへ、見たこともない神が二人、躍り出て来た…維月はびっくりしてそちらを見る。
「…させぬ!」
イリダルが手を上げて気を放つ。
「きゃ!」
維月は咄嗟にそれを避けた。しかし、十六夜から伸びていた月の光がそれで切り裂かれるように消失した。十六夜が、愕然としたような声で言った。
《…なんだ…オレの気をどうした?!》
維月は、再び光に戻りながら駆け出した。あの力に掴まってしまったら、いけない!
「逃さぬ!」
もう一人の軍神らしき男が、維月の行く手を阻んだ。維月は必死に月へ戻ろうと浮き上がった。しかし、もう一人の男が何かの光を維月に向けて放って来る。それが身を掠めると、維月の体が実体に戻ってしまう。身に当たらなくても、月と繋がる見えない力があるようで、それを断ち切られるような形で維月は月へ戻れなかった。
「維月!」
ヴァルラムと維心が、同時に到着してその状況に飛んで来て維月を庇う。二人は維月を背後にイリダルと対峙した。
「イリダル!我が妃に仇名すとは、愚かなことよ!」
イリダルは、歯軋りした。
「あと少しであるものを…邪魔をしおって!」
イリダルから、再び気が放たれる。その色を見たヴァルラムが、ハッとしてサッと手を上げると炎を放った。維心からも気は放たれたが、その強さにも関わらずその力は維心の気は難なく抜け、ヴァルラムの炎でやっと阻まれて相殺され、消失した。ヴァルラムは叫んだ。
「主の力では無理ぞ!これは普通の力ではない!」
ヴァルラムは、イリダルを睨みつけて維心に向かってそう言った。維心は、自分の気がまるで切り裂かれるように抜けられて行くのを、初めて見て驚いた。
「…イリダル。此度こそ決着をつけようぞ。生かしておった我が愚かであったわ。」と、炎を放った。「死ぬが良い!」
イリダルは、それをかわしてヴァルラムを睨みつけると、スッと手を振った。イリダルの気を遮断していた膜のような力が消失し、イリダルの気が解放された。それを見たサイラスが叫んだ。
「駄目だ!ヴァルラム!」
イリダルがそれを聞いて力を大きくして叫んだ。
「遅いわ!」
その気は、その場に居た者達を包んだ。ヴァルラムは、咄嗟に力を放ったが炎が全てを包むまで間に合わなかった。維心も同時に盾を作ったが、それは役には立たなかった。
「何が起こった…?!」
炎嘉が叫ぶ。サイラスが答えた。
「気を遮断されたのだ!気弾を打つでないぞ、身から気がなくなる!」
イリダルは、ふんと鼻を鳴らした。
「これはそんな簡単なものではないわ。」
維心は、自分の気の変化を感じた。まるで、何かで身に穴を開けられているように気が物凄い勢いで流出して行く。それなのに、気を取り込むことが出来なかった。横で浮いていた炎嘉も、浮いていられなくなって地上へ落ちた。
「気が…。」
何とか流出を止めようとするものの、まるで出血でもしているかのように止まらない。それに、どこを押さえていいのか分からなかった。身の全てから気が放出されているかのようだ。
イリダルは、フッと笑ってわざとゆっくり歩いてヴァルラムに近付いた。維心が庇おうとしたが、身が思うように動かない。他より多い自分の気ではあるが、それでももうかなり減っているのだ。
「く…っ、」
維心は、膝を付いた。維月が、必死に叫ぶ。
「ああ維心様!十六夜…!」
十六夜からは、光が降りて来ているが、その光もまるで切り刻まれるように皆の頭上で霧散した。
《そっちへ行く!》
十六夜の声が言うが、それは維心が止めた。
「ならぬ!主までこれに捕らえられる!」
確かにそうだ。既に炎嘉は地に倒れて起き上がれないような状態だった。サイラスも、気を失う寸前で必死にそんな炎嘉に這って近付いて、顔を覗き込んだ。
「炎嘉!」
イリダルは、そんな様を嘲るように見回すと、ヴァルラムを蹴り上げた。
「お前も殺してやる。だがな、一思いに殺すには、我らはお前を憎み過ぎておるのだ。」と、実体のまま動けなくなっている維月に近付いて行った。「さて、龍王よ。主は気を失う寸前で助けてやろうぞ。しかし、この妃をこちらに捕らえられてのことであるがな…月でも、所詮は気の塊に過ぎぬ。我の力に囲まれたら月へなど戻れぬわ。主は、これから我の望み通りに動くのだ。」
維心は、朦朧となって来る意識の中維月を見た。
「維月を…維月を利用するなど!」
すると、そこへイリダルのことを報告して来ていたディークが、いつの間にか居るのが見えた。イリダルがあの力を放った後に来たのだろう、何の影響も受けていないようだった。維心は、咄嗟に叫んだ。
「ディーク!維月を!」
ディークは、ためらいがちに維月とイリダルを見た。ヴァルラムも、ディークを見た。
「主しか動けぬ!維月を抱いて上空へ!」
少しでもイリダルから離れれば、上で十六夜が維月を引っ張って月へ戻すはず。
しかし、ディークは思いつめたような顔をして、スッと横を向いた。それを見たイリダルが、声を立てて笑った。
「無様なことよ!こやつはとっくに我の下に下っておるわ!」
維心とヴァルラムは、目を見開いてディークを見た。ディークは、横を向いたままこちらを見ない。イリダルは続けた。
「のう、この妃が、月の宮へ戻ることに反対はせなんだか?北西の宮を我らが襲うと入れ知恵しなんだか?全ては我の指示よ。ここの宮のことも、主らの詳しい内情も、全てはこやつから得た。」と、ディークを気で突き飛ばして倒し、笑った。「妃と子を、我の膜の中へ捕らえられただけであっさりとの。愚かよな!」
維月は、それを聞いてイリダルを睨みつけた。
「なんて…なんて卑怯な!」
イリダルはそんな維月を見てフンと鼻を鳴らすと、手を上げた。
「うるさいわ!小ざかしい女め!月など我には敵ではない!」
光が湧き上がる。維月は、もう駄目だと目をつぶった。それを見たヴァルラムは、必死に動いた。元々維心よりは気は少ないが、咄嗟に放った炎が盾になり、もろに食らったわけではなかったのだ。なので、他よりまだ気は残っていた。
「維月!」
維心が、残り少ない気を放とうと手を上げる。しかし、ヴァルラムの方が早かった。
「維月!」
ヴァルラムはもう、炎は放てなかった。しかしその代わりに維月に飛びついて、その力を自分の身に受けた。
「ああ!ヴァルラム様!」
維月が叫ぶ。イリダルはそれを見て放つ光を大きくした。
「ええい!まとめて捕らえてくれる!」
《やめねぇか!維月を月と分断したら、大変なことになる!》
十六夜が、必死に気を送っているが、やはりその気は霧状に変換された。そのうちに、維月とヴァルラムはまとめて一つの丸い球体のような膜に篭められ、持ち上げられた。
「預かって行くぞ、龍王よ!」と、上空で維心の身にまとわりついていたその力を止めた。維心が、ハッと息を付いて必死に空を見上げる。イリダルは高笑いをした。「せいぜい利用させてもらおうぞ!退却だ!」
『王!』
レムが、ロシア語で叫ぶ。やっと北西に居た敵を始末してこちらへ向かって来るところだった。
「王!」
慎怜と、龍の軍神達がこちらへ向かって来る。
しかし、イリダルは供のヴコールとディークと共にあっさりと結界を抜けてスッと気配を消した。
「維月!」維心は追おうと必死に気を補充しながら浮き上がった。「維月!!」
その様子を見たレムは、同じように空を見ていたがキッと維心達に向き直って降りて来た。そして、炎嘉、サイラスとまとめて炎を向けた。
「何を!」
慎怜が慌てて止めようとしたが、同じようにこちらへ来たサイラスの筆頭軍神のバリーが首を振った。
「あれで膜を焼き切らねばならぬ。我ら、あの膜に苦しめられて皆ドラゴンのこの炎に助けられたのだ。」
その炎が消えた後、炎嘉とサイラスに、ドッと大量の気が流れ込んで行くのが見えた。サイラスは、何とか身を起こして炎嘉の肩を掴み、ゆすった。
「炎嘉!炎嘉、しっかり致せ!」
炎嘉は、朦朧としながらも、まだ意識は失っていなかった。そして、戻って来る気を感じて必死に起き上がった。
「大事ない…気をこれほどに無くしたのは初めてであったゆえ。」と、維心を見た。「維心!無理をするでない!」
維心は、まだ高く飛べない状態だった。だが、追って行こうと必死に何度も飛び上がっては落下してを繰り返していた。それを見たレムが叫んだ。
「維心様!もう、追っては行けませぬ!我が王も維月様も、既に膜の中。イリダルも己の気を隠しておりまする。しかし行き着く所はヤツの城しかない。何か策を練ってからでなければ、我ら全てあの力に捕らえられて救出することも出来ませぬ!」
維心は、再び地に落ちたところだった。そこで膝を付いて、憔悴しきった顔でレムを振り返った。
「我の力も、十六夜の力も消されてしまう。どんな策を練ると申す…唯一対抗出来る主らの王すら捕らえられてしもうたのに!」
レムは、バリーを見た。そして、二人は頷き合った。
「我らドラゴンと、ヴァンパイアが力を貸しまする。まずは軍神をこちらへ呼び、すぐに協議を。」
炎嘉は、やっと立ち上がってふらふらと維心に歩み寄った。
「維心、あやつの言う通りぞ。策を練るのだ。あやつは維月を殺さぬ。殺してしもうては人質の意味が無くなるゆえ。」
維心は、首を振った。
「月と分断されてしもうたら、維月は自分で気を補充出来ぬ。一度空間を捻じ曲げる力で月と分断されたことがあったろう…前世、叔父上の屋敷の庭で一人で泣いておった時ぞ。あれは今、実体は月。月から離れたエネルギー体は、長くその身を維持出来ぬ。誰かが気を分けて補充しなければ…。」
レムは、維心の側に膝を付いた。
「我が王が居りまする。王は膜へ篭められても時さえあれば、微かな炎で外の気を引き寄せ、補充することが出来まする。それを維月様へお分けするでしょう。それに、イリダルは王をひと思いに殺すことはせぬと言うた。しかし、王だけ嬲ろうにも、維月様と共にあの膜へ篭めたゆえ、維月様に危害が加わるので出来ませぬ。個々に篭め直すにしても、あの膜を消すわけにも行きませぬ。消せば王が炎の気を放つやも知れぬし、維月様は月へ帰るかもしれぬ。つまりは、共に居ることで、お互いが無事であられるのです。不幸中の幸いでした。」
サイラスは、慎重に立ち上がって頷いた。
「ヴァルラムならば、維月殿を殺すようなことはさせぬわ。しかし、長くはそのままにはしておけぬ。さあ、すぐに協議ぞ!二人を助け出す手立てを考えるのだ。」
維心は、かなり戻って来た気を感じて、月を見上げて立ち上がった。十六夜が、言った。
《維心…同じ気持ちだ。オレがここであの城を見張る。お前は手立てを考えろ。何かオレに出来ることがあったら、言ってくれ。》
維心は、黙って頷いた。そして、炎嘉とサイラスに頷き掛けると、宮の中へと向かった。維月を目の前で連れ去られたその衝撃は、維心の心を深く痛めつけていた。




