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厄介な力

イリダルは、ヴコールを横に軍の将達に向かっていた。月の光も入らない、軍務を協議する時だけ使う窓もないその会合の間で、ヴコールは説明を続けた。

「龍王は陰の月である正妃、維月を溺愛しているということです。」皆が揃う中、ヴコールは落ち着いた声で言った。「月は二人。陰陽で、維月の他に陽の月、十六夜という男の人型が居る。この二人は本体は月で、地上に降りているのはその思念がエネルギー体として実体化したものなので、通常の方法では捕らえることは出来ませぬ。」

イリダルは、頷いた。

「我ならば、そんなもの気にはせぬ。」

ヴコールは鋭く頷いた。

「はい。我が一族で、王として君臨するほど力の強い者でなければ持ち得ないその能力でなければ、あれらを捕らえることは出来ませぬ。なので、相手も油断しておるはず。正攻法で龍王の力を得ることが出来ぬのであれば、その弱みを握るしかありませぬ。」

イリダルは、頷いた。

「気取られてはならぬ。月であるなら、我らの動きも筒抜けであろう。軍は動かさぬ。密かに動くよりない。」と、ヴコールを見た。「あれを使え。その隙に我らが水面下で動こうぞ。」

ヴコールは、頭を下げた。

「は!仰せの通りに。」

ヴコールは出て行った。イリダルはそれを見送って、フッと笑った。待っておれ、ヴァルラムよ。一族の恨み、今晴らして見せようぞ。


一方、龍の宮では維心が居間でため息を付いていた。十六夜があれから答えない。維月が必死に説得しているが、聞く様子はなかった。維月も月なのである程度は見ることが出来るのだが、十六夜ほどよく見える訳ではないのだという。何しろ、地上を向いているのは十六夜なのだ。あくまで、維月は月の裏側で十六夜に守られている状態なのが、月なのだ。新月であれば維月からも見えるようなのだが、今のように十六夜が明るく光り輝いている期間は、かすんでよく見えないのだと維月は言っていた。

維月が別室で十六夜を説得している間、炎嘉と維心は再びヴァルラムとサイラスに向き合っていた。サイラスが、急ぐように言った。

「主に言わねばならぬ。」サイラスは、何か切迫しているような様だ。「我らが、気を補充出来なくなっておった経緯を。ヴァンパイアが、生き延びる為血を啜るより他無かった理由だ。」

維心は、驚いた顔をした。

「…その地の気が枯渇したせいではなかったのか。」

サイラスは首を振った。

「そうではない。あれはイリダルの種族に伝わる能力のせい。イリダルの種族は、我らの地では珍しい世襲制で王が決まる。あれの父の代、我らの地へ侵攻して参った時、我らの方が気も能力も優れておったので、逆にあちらへ攻め込むほどの情勢になった。であるのに、その王が出て来て我らに知らぬ力を放ちおった…直後は、何も問題のなかった我らであったが、戦ううちに気が補充出来なくなっておるのを知った。気弾を放つにも、己が生きるための気を残さねばならぬので、放つ事が出来ぬ。我が軍は撤退を余儀なくされ、その地を捨てて行くよりなかった…そして、地下へ潜んでその訳を調べ、それがイリダルの血筋に受け継がれておる能力、回りから気を遮断するという能力のせいであることが分かったのだ。」

炎嘉は、息を飲んだ。そんな能力があるのか。

「…仙術であるのは知っておるが、神の能力でそのようなものがあるのか。」

サイラスは、頷いた。

「まるで我ら一人一人を包むように、目に見えぬ膜がまとわりついて離れなんだ。そのせいで、始めは人のように食物を摂ってみたりしたが、それでは神の気を維持することが出来ぬ。そのうちに、飢餓のあまり迷い込んで来た神に、我らが生まれつき持っておる牙で傷を付け、生き血を啜ることで気を補充するようになった…それより他に、我らに充分な気を補充する術がなかったのだ。元々太陽の下が苦手な種族であったし、その頃には夜に行動するようになっておった。」

ヴァルラムが、頷いて口を挟んだ。

「そんな噂を聞いた我は、我がドラゴンがそれに襲われたことを知って、放って置けぬと偵察に向かったのだ。我が王座に就いてすぐの頃よ。そこで、サイラスに会った。」

サイラスは笑った。

「我は、ヴァルラムの気の大きさを見て、勝ち負けより先に良い食事が来たと思うた。久しぶりに気が満たされると嬉々としてヴァルラムに襲い掛かって…簡単に捕らえられたというわけよ。」

ヴァルラムが引き継いだ。

「そう。そこで、訳を知った。我らドラゴンは、吐く炎で浄化することが出来る。もしかしてその身を焼くことで、まとわり付くその面倒な力を消せるやもと提案したのだ。それで生き残れるなど思うても見なかったので冗談のようなものだったが、サイラスは大真面目に頷いた。身を焼けと申すのだ。」と、その時を思い出したように遠い目をして小さくため息を付いた。「…あれほど神経を使ったのは初めてよ。殺してしまうつもりはなかった。どうしても助けてやらねばと思うたからの。しかし、我は浄化に成功した…サイラスは、身を焼かれることもなく再び大気から気を補充出来るようになったのだ。」

サイラスは、身震いした。その時を、同じように思い出したらしい。

「あの時のことは生涯忘れぬ。ドラゴンの炎に焼かれるなど、一生経験しとうないわ。しかし、あれからヴァルラムが送ってくれたドラゴンの軍神達のおかげで、全てのヴァンパイアがその呪縛から解き放たれた。中には亡くなった者も居ったが、大半が生き残った。そして、厄介な能力を持つ者を排除しようと、ヴァルラムと我らはあちらへ攻め入ったのだ…そこで、ヴァルラムだけが放てる炎で相手の力を阻止し、攻め滅ぼした…はずだった。」

それには、ヴァルラムは視線を落とした。維心が、険しい顔をした。

「…残したのか。」

サイラスは、ヴァルラムを気遣うような素振りを見せた。

「いや、まだ幼かった。イリダルは、ただの皇子でしかなく、力も発現しておらなんだ。なので、ヴァルラムはこのまま弱いままであろうと…我らの観念では、王の子が必ずしも次の王にはならぬので…イリダルを殺さなかった。一族皆を滅するほど、あの頃のヴァルラムは非情ではなかったゆえ。」

ヴァルラムは、後悔しているような顔をした。

「甘かったのだ。世を正すためには、後のことを考えて全て滅してしまうべきだった。我はそれで、その後の戦では女子供すら残すことはなかったがの。」

維心は、眉を寄せたまま視線を下ろした。

「…我も、前世平定した時は同じであったわ。子は育つ。女は媚びて煽る。一族の遺恨を残さぬためには、全て根絶やしにせねばならぬ。でなければ、後で己の一族に仇名すものとして立ちはだかる可能性があるからの。」

ヴァルラムは、頷いた。

「わかっておる。我は王の器ではないと申したであろう。最初から全てを見ておった訳ではないのだ。」

サイラスが、気遣わしげに横から言った。

「まだ若かったのだ。今はそのようなことはせぬ。誰でも知らぬことはある。」

「そうよの。」炎嘉が突然に言ったので、また何を言うのかと維心は肝を冷やしたが、口調は厳しくはなかった。「経験から、後の事に生かして参るのだ。我とてそうであったわ。」

維心は、それに頷いてヴァルラムを見た。

「そう、それよりもそのイリダルを何とかすることを考えねばならぬのだな。主を恨んでおるのだろうし、恨みほど力を発揮する動機はないゆえな。十六夜が最後に見たのが、軍議であったようであるし、こちらへ来ると考えて間違いないだろう。」

サイラスは頷いた。

「間違いない。あれは、時を待てるほど気が長くはない。何とか、あちらの動向が知れれば良いのだが…。」

維心は、奥宮の回廊へと続く、居間の戸のほうを見た。維月は、十六夜を説得出来るのだろうか。恐らく出来るであろうが、それがどれほど掛かるのかわからぬ。だが、月から地上を広く見渡すことが出来る者は、あやつの他には…。

維心は、ハッとした。蒼。あれは十六夜の子。そうだ、蒼が居るではないか。あれなら、十六夜ほどではなくとも少なくとも維月よりは見えるのではないのか。

「炎嘉、蒼よ。」炎嘉は、あ、という顔をした。「蒼なら、維月よりは見えるはずぞ。蒼はどこだ。」

炎嘉は、維心と同じように回廊の方を見た。

「己の部屋ではないか。あやつは、立ち合いは出来ぬからと訓練場にも来なんだし、事を知らぬ。」

維心は、頷いて声を大きくした。

「蒼をこれへ!」

急いで出て来た侍女が頭を下げてまた引っ込んで行った。蒼を呼びに行ったのだろう。サイラスは、まだ気遣わしげだった。

「蒼殿は見えるのか…急がねば、今にもイリダルが仕掛けて来るやも知れぬのに。」

ヴァルラムが、サイラスの様子を案じるようにちらと見た。維心は、その様子に、サイラスが本当にイリダルの力を恐れているのを感じた。一度は、一族をそれで失いかけたのだ。ヴァルラムは、その暗い淵から引き上げた神。だから、サイラスはヴァルラムに従ってこうして共に戦っているのか…。

炎嘉も、黙ってそれを見ていた。そのまま四人が黙って蒼を待っていると、突然に慎怜が駆け込んで来て膝を付いた。

「王、結界外に!」

維心を含めて四人は思わず立ち上がった。

「来たのか。」

慎怜は、皆が険しい顔で自分を睨んでいるので、心持ち驚いた顔をした。

「いえ…恐らく王が思われておる神ではありませぬ。ディーク様が、王に急ぎお目通りしたいとこちらへ!」

「ディーク?」ヴァルラムが、眉を寄せた。「なぜにあやつが今来るのだ。ただ訪ねるにしろ、このような時間に。」

そう、今や月が昇っていた。維心は、慎怜を見た。

「…結界を通した。ここへ案内せよ。」

慎怜は頭を下げ、くるりと踵を返すとサッと歩み去って行った。

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